第6話 名もなき侍
外へと向かっていくシンを、ソラはとめなかった。
それもまた一つの選択であるからだ。
リョウマたちとの決別か……。
あまりにも早い分かれ道に頭を抱えていると、カエデが心配そうに顔を除く。
「あれ……カエデは行かないの?」
どうして。そう質問すると彼女は鼻で笑う。
「正解は誰にもわからない。ゴールするために必要な工程が遠回りの道中にあるかもしれないだろう?シンはシンで勝手に行動するだろうし、ソラがリョウマを裏切ったわけじゃない」
二手に分かれただけ。カエデはそう笑うのだった。
「ありがとう」
伝えたいことは沢山ある。言葉に出来ないことも全て、一言に込もっていた。
夜明け前、最後の見張り交代で先ほど助けてくれた侍が戻ってきた。
「先ほど、個性的な服装の方が険しい表情で出ていかれましたが……?」
「大丈夫、きっとまた会えるよ」
「そ、そうですか」
「それより、さっきは助けてくれてありがとう。改めてお礼を言わせてください」
「いえ、戦の中でしか価値を示せぬ生ける骸ゆえ」
「私は高木ソラ。貴方は?」
「……」
伸ばされた手に戸惑い、下を向いてしまう侍。
「……?」
「私に名前はありませぬ。これまでもこれからも、ですので
「そういう奴なんです。どうか気にしないでやってくだされ」
既に出来上がったと思っていた大将が両手をあわせて謝る。
「ここにきた理由も、己自身もわからぬ不甲斐のない流浪ですから」
「如何にも。私自身、それを求めている訳でもありません。ただ、只管に斬るのみ」
色は違うがダンダラ模様の法被には見覚えがあった。
「そっか……」
しかし、何もいう必要はない。
これ以上問い詰めるのは目の前の侍に失礼というものだ。
ソラは話題を変え、ツクヨの話を始める。
「戦いには、なるよね」
「国の在り方に物申す。それ即ち反逆と見なされるでしょう。その為に、彼女は一人で居るのでしょうから」
「そうだよね……」
「彼女を招くだけならば戦をあげるだけで可能ですが、問題は紫電にあります」
「凄かったね……」
真実はわからないままであるが、あの時はシンが何らかの方法でツクヨの攻撃を流してくれていたのだろう。彼女を失った今、それを知る事も出来ないのだが。
「どうしようか……」
行動したくとも、対抗策を持たぬ以上、それは自殺にも等しいだろう。
唸り声をあげて思考を巡らせる中で、後ろから声がした。
「苦しんでいるのはカラクリも同じならば、彼の者たちにも協力を仰いでは?」
「おはようアズキ。朝早いんだね」
「早起きは三文の徳!日々の積み重ねが魂を磨くのです!」
ふふふ、尻尾をぶんぶんと振りながら笑う彼女は、膝上に座るマリアを持ち上げ、ソラの膝に座る。そして、自身の膝の上に彼女を座らせる。
「ソラは君の主じゃないのかい……?」
「主様ですが?」
「主の上に座る臣下なんて聞いたことないぞ……」
「それはそれ、これはこれ。任が敷かれるまで拙者は飼われる者。ペットが飼い主にじゃれつくのは当然のことです!」
「なんて意味不明な主従関係なんだ……」
マリアがアズキの屁理屈に頭を悩ませている間、結局彼女の言ったこと以上に出来ることはなさそうだった。
「それじゃあ、皆が起きたらからくりたちの街に行こうか」
「なりません」
「え?」
「主様も数刻は体を休ませるべきです。眠れずとも瞳を閉じ、瞑想するだけでも判断能力・身体能力においても差が出ます」
「ええ、そうしたほうがよいでしょう」
無名、アズキたちの視線は真剣なものだった。戦の中に生きる者たちの言うことに歯向かう方が野暮だろう。
「そうだね、私も少し眠ることにするよ」
「はい!燕が鳴く頃にアズキが目覚ましのちゅ~をしに参ります」
「あはは、それじゃあ失礼するね」
寝室となっている部屋へと向かうことにした。
「不敬。やっぱりエロキツネじゃないか」
「なんですと!拙者は良妻賢忍を目指しているだけですから!」
「色目ばっかりつかって何言ってるんだ!化粧なんかしやがって!」
「あ!こら!手から水を出すとは!貴方も忍なのですか!」
「天才美少女はなんでもできるのさ!喰らえ水遁・水竜弾の術!」
「ぐわわ~!乙女に水遁とは卑怯な!ならばこちらは!どんぐり手裏剣!」
「あいたたたたた!や、やめっ!どんぐりを飛ばすのはやめるんだ!」
遠ざかる彼女たちの話し声が名残惜しい。
「先生」
知らない声がした。
警戒しながら後ろを振り向くと、そこには着物姿の少女が一人。
「君は……?」
「私はエンヒ。貴方にとってはただのエンヒでありたい」
「……?」
「いつも誰かと居たから……、その、急に現れてごめんなさい」
「大丈夫だよ。よくわからないけど、こっちこそ気づけなくてごめんね」
「いえっ!いえ……、そのようなことは決して……」
言葉の節々、抑揚や仕草からだけでも感じ取れる気品。
小髪も肌も雪の様に白い、重そうだが色鮮やかな十二単。平民というにはあまりにも浮世離れした少女だった。風に吹かれれば霞と共に消えてしまいそうな儚さ。
不思議と緊張はなく、どこか安らぎすら感じる。
「直陰と花曇りに気を付けて。椿と梅の話を聞いてあげて」
「なんのこと……?どういうこと」
「私は貴方の味方。でも、今は助けてあげれない」
少しずつ薄れていく少女に走り寄り、引き留めようとする。
「星を集めて……。楽園に広がる輝きを……」
ついにはたどり着く前に姿は消えるも、天から声は続く。
「終末と運命すら晴らす、ただ一つの愛を」
――まだ、間に合います
「待って!」
「ひゃあっ!」
飛び起きるとそこは寝室。
気が付けば眠りについていたようで、布団がパタンと音をたてる。
「あ、あるじさま……?」
突然のことに腰をぬかしたアズキに「ごめん」と一言、頭を撫でる。
「起こしに来てくれてありがとう」
「えへへ……、忍として当然のことですがぁ……えへへ」
体を起こし、そのままジャケットを着ようとしたがアズキに止められる。
「物を大事にすることも素敵ですが。汗が張り付き、動きずらいのもなんです」
黒紋付羽織袴……!?
「あの、これ立派な礼装じゃない……?」
「はい!主様にふさわしい一品にございます!」
「お金とか大丈夫なの……?」
「この程度!拙者こう見えて倹約家ですので、この程度はお安い御用です!」
「今度、何かお礼するね」
「!」
――で、では今度帝都にて、で、で、で、デートでも……にへへ
アズキと襖越しに会話しながら礼装へと着替える。
これで行動するのもどうかと思うが、スーツよりはよっぽど目立たないだろう。
「よし、お待たせ。それじゃあ行こうか」
「わぁ……」
頬を染め、ただ見とれるだけで言葉が出ないアズキ。
その手を引き、出迎えにきたクルミたちと顔合わせをする。
「遅いですよ!」
水で軽く髪を濡らし、気合を入れる為にかき上げた。
その姿が余程珍しいのかメノたちも言葉に困っているようすだった。
「……」
「……」
「……」
「いつもよりかっこいいな」
「ああ、存外色男じゃないか」
「いいと思う」
羅生姉妹、マリアだけが声をだし、他の者は黙りこんでしまった。
――そんなに変だったかな
「ふふっ、似合ってますよ。いつでも行けます」
「じゃあ、からくりの国に……、いざ出発だね!」
――――To be continued
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