第5話 取捨選択

「どういうつもりですか」

月夜の影で隠され、会話しているものたちの顔は見えない。

「なんのことだい?」

「とぼけないで下さい」

「あれは、自ずと真実へ向かう。君たちにはいい刺激になるんじゃないかな」

光に当たり薄っすらと姿が見えてくる。

「果てに至れば、どうなるかお分かりでしょう」

「いいや、彼らは必ず止まる。あれは世界の終点。それより先は存在しないからね」

「どうだか。貴方は本当に不愉快でなりません。

襖を締め、そのまま離れていく背中に、リョウマは軽蔑の目を向ける。

「どうせ貴方も間もなくの命だ。精々自由に暴れるといい」



焚火の音、鈴虫とコオロギの鳴き声。

先ほどまでの華やかな宴は終わり、子供たちは眠りについていた。

「むにゃむにゃ……。ソラ、それはチョコではなくメスのカブトムシですよ……」

恐らく幸せな夢だと断定し、顔にかかったクルミの髪の毛を耳にかける。

「藤の国の重要戦力である忍の解雇、結局理由は分からず終いか」

アズキから話して貰えるだけの情報を聞いたが、結果は前進ならず。

見張り番が交代を済ませ戻ってきた。

「よう兄ちゃん。さっきは助かったよ」

よっこらしょ、重い腰を下ろし木箱にしまわれていた盃を取り出す。

「私はお酒苦手なので。すみません」

一緒にどうだと差し出されたお猪口をそっと弾くと、物わかりよく侍は元の位置に座りなおす。

「私もあの子たちに助けてもらってばかりなので」

快適とは言えない環境でも眠れる時に眠るメノたちに目を向け、微笑む。

「随分と腕の立つ姉ちゃんたちだったな。志願者ってわけでもないだろ?」

「咄嗟かつ衝動的なものです。過ぎた真似だったかもしれません」

「戦は日常だ。今日戦わなきゃ明日はねえ。本当に助かったよ」

その言葉は晴れやかで感謝に満ちたものであったが、終わると同時に見えた暗い表情が気になる。

「あいつらも同じだろうけどな……」

「あいつら……?」

「カラクリさ。椿ではカラクリも俺たちも同じ国民だ」

「感情を持っていると?」

「当たり前だろ?構成してる部品が肉か鉄か、それくらいしか違いはねえ」

「クルミのようなものさ」

マリアが腕の間を通り、ソラの膝上に座る。

「ふう」

「……」

「クルミは肉で構成されたカラクリのようなもの。侍の言う事に違和感はない」

「そっか」

納得する他ないだろう。ソラがクルミを人として見るのと同じなのだから。

「こら博士、アイスは一日1本までですよ……むにゃむにゃ」

時折聞こえるクルミの寝言に微笑みを浮かべながらも、出来るだけ情報を集めておきたい。ソラは口を開く。

「無粋な質問かもしれませんが、何故同じ国民であるカラクリと争いを?」

「資源は有限だ。何もかもな。消費に対して生産が追い付いていなければ、集団外から奪うのは昔からそうだろう?」

「争いは発展の対価と言われてますしね……」

「どれだけ生産をあげても、国が課す税は割合。困窮するようになってる」

「どうしてそんなことを……」

「さあな、本人に直接聞いてくれ」

「……」

「さっき見たように、実力の差は日々思い知らされてる。戦う気すら沸かん」

「姫に反逆するか、同じ苦しみを味わうカラクリと争うか……」

「両者が互いに争うことを選んだわけだ」

言葉が自然と止まってしまう。なんと声をかけたらよいのか。

最初に沈黙を破ったのはマリアだった。

「姫がそこまでの重税を課す理由はわかっているのかい?」

「わかってたら、まだ納得できたのかもしれねえけどな」

「そうか……」

「畑を増やし、工場を増やしても、変わるのは徴収される量だけだ。反旗を翻した者たちもいたが、帰ってきた奴は一人もいねえ」

――独裁

それが、椿の国の現状。話を聞いて、ますますツクヨがわからない。

行動の全てが理解できない。その果てに何を望んでいるのだろうか。

「ママ……どこ……?おなか……すいたよぉ……」

眠りながら零した涙が土に染み渡り、声は寝息に戻る。

「他の国に移住するのはどうでしょう?」

「国民は姫の財産だ。それは各国共通認識でな。相互監視状態さ。抜け駆けで豊かになろうとすれば密告され、売国者としての罰が待ってる」


がんじがらめの詰み。明日を生きるために今日を賭ける。シンが言っていたことは一切の誇張がない。日々散っていく命、それをソラは見過ごすことができなかった。

「もう一度椿姫に会おう。それで問いただそう」

ソラが立ち上がり、決心しようとしていた所でシンも廃寺へと戻ってきた。

「アホか。騒動起こしてどうすんだよ」

「黙って見過ごす事も出来ないよ」

「聞くに、ここは既に滅んだ世界だろ?全員死んでるはずの「もしも」に過ぎない」

「それでもだよ。今こうして、侍さんやカラクリたちは生きていて、苦しんでる」

「そんな時間はねえって言ってるんだ。龍宮そのものが元に戻れば全部終わる」


合理を詰め、最短距離で解決に至ろうとするシン。

どんなに回り道だとしても、目の前にある問題を見過ごせないソラ。

二人は信念でぶつかりあった。


「アンタと一緒に行動してちゃ何年かかるかわかったもんじゃねえ」

――俺は、勇者でも英雄でもねえ。

「じゃあな」


早すぎた別れ、第一歩で躓いた物語。

シンの背中が少しずつ暗闇に染まっていく。

虫のさざめきが大きくなる頃、足音が遠ざかっていくのをソラは追わなかった。



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