第4話 紫電一閃

――戦の絶えぬ国があったという

我こそ武を極めしものと名乗りを上げ、支配者たる所以を示さんとする時代。

血の絶えぬ時代、野に咲く花々は血に塗れ、雨で流され、また血を浴びる。

戦を繰り返す内、水の代わりに血で育った花は赤い実をなしたという。

――ならば、我こそがこの国の象徴。地となった民の意志を引き継ぐ椿となろう。

紫炎と共に生まれた戦の神、事に善悪なし。千寿の下に全てを裁こう。

戦場に彼女あり、曇り空と共に下る罰そのもの。


「千樹……ツクヨ」

「いきなりかしら直々にかよ……。参ったなこりゃ」


――シャン

鈴の音が一つ。雨音さえ間に合わぬ一瞬に鳴り響く。

龍が吼え、一筋の光が見えた時、既に一撃は振るわれていた。

未だ見た事のない光景だった。

大地が削れ、音は遅れ、空間が引き裂かれ黒い亜空が生まれている。

時にして0.1秒にも満たない内の出来事である。

白い光で視界が染まり、何も理解できぬ間に存在そのものが消えていたはずだった。

しかし、その一撃は打ち消された。

何も、ソラたちには何も理解できなかった。

ツクヨの視線はシンへと向き、シンは刀身を鞘に納めているようだった。

何が起きたのかは、この二人にしかわかっていない。

「神秘さえ喰らうか。人の手には余るだろう」

「力任せな奴ばかりだからな。こっちも力勝負ってことよ」


ツクヨが再び姿勢を低くして構える。

「何度喰えるか見物だな」

刀には紫電がなびき、バリバリと空間に弾ける音が聞こえる。

雲が一層黒く染まり、静電気が頬をつつく。

「此度の一撃、そうたやすくないぞ」

「くっ……」

刀が振るわれる瞬間、ツクヨが重力で床にひざまづいた。

ソラ達の周囲に煙がたかれ、音も気配もなく体を担がれる。

――なんかどこかで体験したことある……。

「噂の人物、確保ー!ニンニン!他の者も拙者に続いてくだされ~!」

獣耳を生やした和装とセーラー服を混同した服の少女がソラを抱きかかえ先導する。

ツクヨが何者かに抑えつけられている内に謎の少女に続き、撤退する。

拘束時間は10秒程度、しかしツクヨはソラたちの気配を見失う。

「どういうつもりだ!」

右腕に黒い渦が浮かびあがり、結界術を壊す。

「何故邪魔をした、マコト」

それまで姿を消していた梅の姫は、紫色の煙と共に姿を徐々に鮮明にする。

「今ここで殺してもうたら、待った意味がないやろ。泳がせて乱して、その為に自由にさせてるんやから、そっちこそ邪魔せんでよ」

「……すまなかった」

「それに……」

(旦那はんを運んどったのは藤んとこの忍。なんや策でもあるんかいな)

「ますます興が乗るわあ。でも、旦那はんは絶対うちのもんや」


獣耳の少女に運ばれる事数分。

侍に先導され、隠れ家に案内してもらうことになった。

「ささ、つきましたぞ」

足を床につかせ、少女に礼を言う。

「ありがとう。助かったよ」

言葉に反応して彼女の頭上に電球が見えた。

「礼ならば言葉ではなく態度で示していただけると、その、嬉しいのですが」

「態度……?」

「あ、頭を……」

少女は目をつむり、黄色の尻尾をピンっと張っている。

(間違ってたらやだなあ)

そう思いつつも、こちらに差し出された頭をよしよしと撫でる。

「えへへへへ」

狐の少女は尻尾を犬のように大きくぶんぶんと振っている。

どうやら正解だったらしい。

「お前、藤の所の忍だろ。どうして椿にいる」

シンが短刀を抜き、少女に向ける。

少女はシンの方へ体を向け、しゅんとした表情になる。

「主様は我々を解雇なさいました。好きに生きろ、とも」

「は?」

「拙者たちは今や帰る場所なき彷徨い人。主も使命も持たぬ流浪の身」

「ふむ……」

「で、ですが!もしどうしても何かを成したいのなら、どこかにいる星の加護を持つ男の助けになりなさいと!」

「……?」

「こいつのことか……?」

シンがソラの方を指さし、冗談だろと肩を落としている。

「えへへ……。はい、その、一目でわかってしまいました……」

「私の助けになってくれるってこと……?」

「はい……、拙者はアズキと申しまする……」

ぽっと頬を染め、恥ずかしそうにしているアズキに誰も共感できなかった。

「ソラはクルミの従者ですよ!」

クルミがぷんっと頭から煙を出しているのを一切気にも留めず、アズキはソラの手を握る。

「ソラ……というのですね。ソラ殿こそ……拙者の……、私の主様になってくださるのですか?」

ウルウルと瞳をうるうると濡らすアズキに、ソラのテンションはどうにも崩れる。

「えっと……、好きにしたらいいんじゃない……かなあ?」

「えっへへへへへ~!主様~」

許可が降りたとわかると一目散に腕にしがみつくアズキ。

「……まあいいや。疑うのも馬鹿らしい。ただ、怪しい素振り見せたら殺すからな」

「主様に忠誠を誓ったこの身、不忠の際には死んでお詫びします。が、貴方こそ主様に色目をつかおうものなら殺しますからね!」

「つかわねえよ、このエロキツネ!」

「えっ、えr……!?」

「まあまあ、その話はともかくとして。藤の話を聞かせて貰えるかな」

ソラが間に入り、アズキに尋ねると目の色を変えて元気な返事が返ってくる。

「と言いましても、主、ヤクモ様も多くは語ってくださりませんでした。やるべき事があると。そして、私たちに与えられた最後の任は、自由に生きろ。それだけです」

「自由に生きろ……か」

「そう言われましても、拙者は主の喜びを我がものとして生きてきた身です。今更一人で生きていくというのも叶いませぬ」

「そして、当主が宛てがなければこいつの助けになれと?」

「それはわかりません。星の加護というのは目に見えるものではありませんし」

「は?」

「拙者は……、なんといいますか、その、一目見た時にびびっときたといいますか」

「……」


「お生憎、大の偽善好きでね。見てるだけが一番嫌いなんだ」

「結果的に間違っていたとしても、今正しいと思ったことをする」


・・・・・・


「アズキ、主様の言葉にときめいてしまいました……」

いやんと頬を染めて恥ずかしそうにしている。

はずかしいのは私だよ。聞かれてたんだね。


「あー、もういいや。なんか冷めちまった」

「え?」

「路頭に迷っていたら一目惚れしたってか、捨て犬かお前は」

「なっ」

「エロキツネはほっといて話進めようぜ」

「えっ」

「え?」

「エロキツネじゃないですから~!!!!!!!!」

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