第3話 月光ノ龍
「ついたぞ」
「これが……椿の国」
中央を桜として西に位置する椿の国。
武を極めしサムライの国。剣技もさることながら、秘儀を持ち、それは奇跡や魔法と呼べるほど異質なものである。桃楽龍宮の治安維持を務める組織もあり、各地にからくりを遣わせている。シンからは道中そのように聞いていた。
しかし、目の前に映る光景は……。
「死体だらけです……」
祈るように両手で刀を握り床に突き刺す者。荒く上下に切り裂かれた死体。
そして、それは未だに終わっていないようだった。
金属のぶつかり合う音と共に大量の雄たけびが聞こえてくる。
黒煙と火の粉が昇り、草履が土を擦る音と共に爆発音が定期的に繰り返される。
「ここは内乱が酷くてな。治安維持とはよくいったもので、国に十分な蓄えがないばっかりに明日を生きるために今日を賭けてる」
カラクリと人間による戦。
人が次第に息を荒げ、刀を振るう力が落ちていくのに対し、核を壊されるまで一切変化することなく戦い続けるそれとでは、あまりに不毛な争いである。
「さて、カラクリは現在、椿の長・千樹ツクヨが賊潰しの為に作りだしたものだ」
城壁の中で繰り広げられる戦を背に、シンは語り掛けてくる。
「お前らにはどっちが正義に見える?」
「国の事情を知らない我々がどちらが正しいかなんて……」
ケイが惨状から目を背けようとする。
「別にあいつらだって自分たちが正しいとは思ってねえよ」
「え……?」
「戦に正解もクソもねえってことだよ」
「……」
「お前らはさっき何の気なしに助けてたが、椿の姫に最短で近づくにはカラクリをむやみに壊すべきじゃねえ」
「うわあああああああああ」
「死にたくない!死にたくない!」
「和彦、お前だけでも逃げるのだ!」
「でも父さん、父さんは!」
「馬鹿野郎!早く逃げろ!いいから!」
「お前らはどうしたい」
これからの方針。それをシンは問うているのだろう。
別にどちらを選ぼうと間違いではないのだと。
戦そのものに善悪などなく、機械だから人だから見過ごせないなんてことはない。
荒い口調ながらもどこか慰めるような声音のシンの肩をソラは掴む。
「お生憎、大の偽善好きでね。見てるだけが一番嫌いなんだ」
「ソラは戦力としてなんの役にも立ちませんけどね!」
(クルミ……、ここは恰好つけさせてよ)
気を改めるために咳ばらいを一つ、肩から手を放し、戦場へと足を向ける。
「結果的に間違っていたとしても、今正しいと思ったことをする」
「そうこなくちゃな!」
「ソラさんらしいです」
「皆!カラクリたちの無力化頼んだよ!」
ソラの一声に皆が笑みを浮かべ、一斉に飛び込んでいく。
その姿に呆れながらもどこか嬉しそうに、シンもニヤリと笑う。
「お前らとは気が合いそうだ!」
灰色に染まった空の下、メノたちの参入によって戦場は一層激しくなる。
カラクリと一定の距離を取りながら人に当たらないように位置を調整して射撃。
リロード間際に不意をついてくるカラクリを銃身で殴り、詰め寄られれば体術で距離を取りなおす。彼女たちにとって、カラクリとの戦いは造作もないことだった。
一機、また一機と機能停止していき、戦況が変わっていることに侍たちも気づく。
「すげえ身のこなしだな、あの姉ちゃんたち。只者じゃねえ」
「他を気にしている場合か!粛清者が来る前に決めるぞ!」
「応ッ!」
乱戦となると指示しようにも役にたてず、眺める事しか出来ないソラ。
少し気が抜けていたのかもしれない。
上空から鉄の羽を持つカラクリの姿に気が付かなかった。
気づく頃にはもう間合いだったようで、カラクリから無慈悲に伸びる刃が首元まできている。
――くっ、油断した
そこでようやくソラの危機に気づいたメノがこちらに手を伸ばしている。
――キンッ
「……?」
咄嗟に閉じた目を開くと、そこには灰色の羽織を纏った侍が一人。
結われた金髪が風に揺れ、マフラーがその顔を隠している。
「大丈夫ですか?」
綺麗な顔立ちではあるが、細く筋のある体つきからは想像出来ない声が聞こえた。
「ああ、助かったよ」
伸ばされた手を取り、立ち上がらせてもらう。
戦況は好転していき、見る見るうちにカラクリの数は減っていく。
――なんとかなりそうかな
そう思っていたが、侍たちの表情は焦りに満ちていた。
――刹那
雷が落ちた。一瞬の輝きではあったが、それは龍に見えた。
赤き目で大地に立つ人々を睨みつける紫電の龍が見えたのだ。
先ほどまで鳴りやまなかった音が止み。
静寂と共に雨音が徐々に激しさを増す。
眩しさに閉じた瞳を上げると、先ほどまで戦っていた侍たちは黒い煙を放ち床に倒れこんでいる。
――何が起きたんだ……?
ただの落雷と呼ぶにはあまりに歪なものであった。
まるで空から一筋の光が狙いを定めて下ってきたかのように、精密に……。
「間に合わなかったか」
神社らしき場所で力なく鳥居の方へと視線を向ける侍が一人。
それに続くように皆もそちらへと視線を向け、表情が絶望に染まる。
雨音で声など通るはずもないのに、その声は鮮明に聞こえた。
――付和雷同で運命を狂わせるか
再び落ちた雷がその者の後ろを照らし、顔には影が落ちる。
翠の瞳が不気味に輝き、紺色の髪が雨を弾いている。
「梅の言う通りだ。随分と生き急いでいる」
マコトとは違う圧。
その場にいるだけで感じる等しき殺意。
背後に龍が見える。今一歩でも足を動かそうものなら射貫かれるだろう。
侍たちはそれを知っていた。
この国の支配者。力が権利となり、弱きものを許さぬ乱世を作りだした張本人。
椿のものたちは彼女のことをこう呼ぶ。
――
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