椿の巻

第1話 永遠の楽園

「桃楽龍宮ってもう滅んだんじゃ!?」

「確かにうちは……終わりを……見届けたはず……でも」

――それがいつの出来事で、どのように滅んだか思い出すことができない――

衝動的に大きな声が出ていた。周りを見渡すと住民たちは怪奇な目を向けている。

――まずいっ

「ようこそ桃楽龍宮へ」

声の方へ視線を向けると、そこには武装したものたちを背に侍らせた女性が一人。

如何にもな風貌をしており、扇子で口元を隠し、着物が地に擦れないように付き人が端を持ち上げている。

「郷楽マコト……」

「そんな他人行儀な。同じ鬼族、家族みたいなもんやろ?」

「よくもそんなことっ!」

「ふふっ、怒りっぽいのも相変わらず」

冷静さを欠いているミコトの袖をメノが引っ張る。

「どうやら歓迎されてないみたい……」

物陰から囲うように武装したものたちが四方に現れる。

「大人しくついてくれば、悪いようにはせんよ」

「どうする?戦う?」

「……そうしたいのはやまやまなんやけどね」

一族の長だけが使うことが許される鬼の奇術。それは反乱を抑えるために編み出された封印術。不可視の結界によりミコトは身動きが自由に取れなかった。

「卑怯な……」

鬼族に対して即効性を持ち合わせているが、人に対して効かないという訳ではない。

次第にソラたちの体も脱力していき、床に膝をついてしまう。

勝負あり。誰もが諦めたその時。

――風が吹いた。細く鋭い風が吹いた。

閃光の一瞬が、その場にあった不可視の領域を切り裂き、ミコトたちを運んだのだ。

何事かと足元を見つめると、そこには伝説の生物・龍がいる。

黒い鱗を震わせ、蛇行にうねる龍はそのまま空高く舞い上がり、どこかへ消える。

「ちっ」

誰にも聞こえず、見えない舌打ちを小さくするマコト。

「情報が早いことで。でも、全部無駄」

――ここは閉ざされた永遠の楽園。誰も去ることは叶わない。



「おはようございます!ソラ!」

気を失っていたらしい。薬品の香りがするシーツが鼻までかけられている。

目の前には笑顔のクルミと知らない木製の天井。よくベットで目覚めるものだ。

「おせえぞ、ノッポ」

荒々しい聞きなれない声音。そちらへと体を起こすと、そこにはソファーに座り、行儀悪く足を机へと乗せる女性が居た。

白い無柄の着物に黒い革ジャンに茶色の革ブーツ。個性的な服装をしている。

タイミングよく扉が開かれ、そこには一人の男と空に浮いている少女の姿があった。

「お目覚めかな。体調はどうだい?」

「この人たちが私たちを助けてくれたみたいです!」

「連れの女の子たちは先に集まってくれている。起き上がれるようだったらシンに案内してもらってくれ」

「クルミも先に行ってますね!」

そうして、謎の男にクルミはついていき、空間はシンとソラだけになる。

どうしたものかと行き場のない手を膝に添え、シンの方へとわずかに視線を向ける。

左腰に鞘に収まった刀。胸にはマガジンホルダーがついている。

和というにはモダン、現代的というには和を感じさせる歪な風貌も何故か「らしさ」に見える。それは彼女と凛とした表情によるものなのだろうか。

「お前、俺が誰かわかるか?」

「いや……、初めましてだと思う……けど」

これだけ印象に残る人物もそういないだろう。確かに初対面のはずである。

しかし、彼女はその言葉を聞くとどこか悲しそうに、愁いを帯びた表情で指先を見つめている。

「そうか……。ならいい」

そのまま足を床に下ろし、シンは立ち上がる。

「そろそろ起き上がれるだろ。さっさと行くぞ」

シンの後を歩きながら、景観を眺める。

中央に庭園があり、そこを囲むようにいくつもの襖が置かれている。

雅さというものだろうか、大きく聳え立つ大木から零れる桜の花が池に一弁。

風と水の流れに揺れるがままに、水面を少しずつ、また一つと埋めていく。

鹿威しの音、どこからか香る線香。きっとここは身分あるものの住処なのだろう。

気が付けば平安を思わせる景観ではなく、レトロやアンティークと言われる作りになっていた。襖は木製の扉に代わり、窓はモザイク硝子で作られている。

――本当に同じ建物なのか……?

違和感を感じるも、聞く事は叶わぬままに目的地についた。

シンが扉を開くとそこには、クルミと謎の男、そしてメノたちがいた。

「せ、せんせいっ……」

ケイは恥ずかしそうに頬を染めて顔を逸らしている。

「こ、これは……!」

ケイたちも着物に着替えていたのである。

メノは黒を基調にした紫色のストライブ柄がはいった着物。

ケイは緑を基調にした白い牡丹柄の着物。

羅生姉妹は矢絣柄の着物を赤・青・緑と分けている。

「皆、とっても似合ってるね。綺麗だ」

「ソラ!クルミも!クルミも着物ですよ!」

「うんうん。ピンクの兎柄とってもかわいいね」

そして、いつもと変わらない服装の子もいた。

「ミコトはそのままなんだね」

「なんや~?うちの着物姿見たかったん?せやったら言ってくれたらよかったんに」

「そのままのミコトも十分素敵だからね。ん?」

足元を何かに引っ張られた。

そこには着物と伊達兵庫のカツラを被ったマリアが無言で立っていた。

「はいはい、可愛い可愛い」

「そうだろうそうだろう」

世辞でも満足げなマリアであった。

「楽しそうで何よりだ。そろそろいいかい?」

一瞬気を張りそうになったが、彼は先ほど助けてくれた人なのだろう。

クルミたちの反応からも見て、警戒するのは失礼というものだ。

促されるがままに席につき、男と向かい合わせになる。

シンが背後に立っていることで妙な緊張感があるが、意識しないようにする。

する……。するつもりなんだけど……。

「こら、カエデ。近すぎだぞ」

「む、そうか?」

目の前で宙に浮きながら頬に手を置き寝転ぶ女性である。

二足の足はなく、黒い渦のようなものが風になびいている。

赤い瞳がこちらをみつめ、気のせいか圧を感じる。

男に注意され起き上がり、あぐらを掻いたまま宙をゆっくりと回転している。

「すまないね。まずは、面識を持つために自己紹介から、僕はリョウマ。ただのリョウマ。そこで浮いているのはカエデ。龍と人のハーフだ」

「私は高木ソラ。ここにいる生徒たちの教師をしています」

「教師とは随分と徳の高いお方だ」

ここはどこなのか。そう伺おうとしたがリョウマに遮られる。

「大丈夫。事情はそこのレディたちから聞いてる。君たちが来ることも知っている」

「どういうこと……?」

「僕は探偵をしていてね。何よりここにとっての異物という意味では私も同じだ」

「……?」

「説明不足なのは否めないが時間がないのものでね。本題に入らせてもらう」

両肘をつき、真剣な表情になったリョウマを見てソラはただうなずく。

「君たちはここから出なければならない。僕は仕事を果たしたい。どちらも条件は同じだ。協力しないかという提案なんだ」

「条件……?」

「この世界を終わらせる」

「!?」

「滅びたはずの桃楽龍宮は一人の願いによって顕現している。外界と遮断された独立した世界。ヴァリアスに実在する跡地を侵蝕することでね」

「難しい話です……」

クルミは両手を頭にあて、混乱している。

「侵蝕によって跡地が再び桃楽龍宮となればそこから戻れるんじゃないのかい?」

マリアの提案にリョウマはNOと指をふる。

「侵蝕が済めば終わりさ。さっきも言ったが、独立した世界として本来の世界とは別の時間軸を進み始めるだろう。そうなれば元の世界には帰れない」

――あの侍が私たちをここに連れてきた理由はなんだ……?

ふとよぎった疑問を今ではないと振り払うソラ。出来る事はそう多くないらしい。

「終わらせる方法はわかっているんですか?」

それまで黙っていたシンがナイフを机に突き立て吠える。

「この世界を望んだ原因を殺す。そして、星の核を壊す」

「星の……核?」

「幻の桃楽龍宮を顕現させている力のことさ。ここは今一つの惑星なんだ」

「望んだ原因というのは?」

「恐らく五華姫の誰かやろね」

ミコトが真剣な眼差しで窓の外を見つめる。

そこには城の屋根を突き破り天へと至る勢いで伸びる五つの大木の姿。

「椿・藤・菊・梅・桜、五つの花木を国の象徴とする姫たちの誰かが策を弄して滅びの間際にこの世界を顕現させた。僕も同じ見解だ」

「その五華姫の誰かを殺して、核を壊す?」

「そう。こうしている今も侵蝕は進んでいる。地道に探っている時間もない。かといって焦りすぎても好機を逃すだろう」

リョウマは立ち上がり、こちらへと手を伸ばす。

「納得できない事も多いかも知れない。だけど今は一つでも多くの戦力と知恵が欲しい。どうか、どうか力を貸してほしい」

不安そうな表情でケイたちはこちらを見つめている。

ミコトの表情も暗いままだ。

帰らねばならない。やらねばならない。

何が正しくて、何が間違っているのか。そんなことは後から考えればいい。

私は、誰よりも前に向かっていかなければならないのだ。

何もわからないのはいつものことだ。それでも、進んできた。

自分が信じたことを、生徒たちの未来の為に。


「貴方にしか出来ない事がある。その為に必要な身分と役割を与えているのです」


ミトラの言葉を思い出していた。

どこまでが彼女たちの想像通りなのか。

これが偶然だろうと、必然だろうと歩みを止める訳にはいかない。

ソラはリョウマの手を力強く握りしめ、覚悟を決めた。

――例え何があろうとも、生徒たちを、クルミとマリアを守ると


「噂以上だね。愚かな予言者【イスカリオテ】」








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