第13話 夜明け

生まれた時より、存在を否定され続けてきた。

外を出歩けば石を投げられ、近づくなと拒まれた。

我が何をした。何故我を拒む。

何もしていないではないか。何も望んではいないではないか。

そこに在ることすら、許されないのか?

何故だ、何故許されない。


その答えは単純なものだった。

――差異があるから。

たったそれだけのことなのだ。

角が生えている。尻尾が生えている。奴らにはそれがない。

天使らには羽があり、光輪がある。我にはそれがない。

その違いが不潔に見え、不愉快なのだろう。

自分たちこそが正しく美しいのだと、信じて疑わない。

ならば、我も同じくあろう。

自分こそが最も正しく美しい。奴らは反対に位置する汚点だ。

奴らが外を歩けば石を投げ、近づくなと拒む。

そうすることでしか、分かり合えぬと思っていた。

――死骸レイナが、天理コトネが現れるその日までは

闇に染まり、天使を拒む。秩序など意味を為さず、力と金だけが全ての裏世界。

そんな世界を奴らは変えていった。


ドミニオン学園はアマリリスの武力によって統一された。

そう思っている者は未だ多くいるが、それは嘘だ。

奴らは語りかけ、平和を訴えかけてきた。

石を投げられようと、拒まれようと。

私たちはわかりあえると、傷だらけになろうと立ち上がった。

闇で覆いつくされた裏世界は少しずつ変わっていった。

己の為でなく、誰かの為、平和の為に、自身を犠牲に戦い続ける者が増えていった。

これは病だ。妄信し、傷を勲章と笑っている。誰かが気づかせなければならない。

魔族は魔族だ。天使になれる日はこない。奴らは拒み続ける。

目を覚ましてやらなければ。魔族が傷つかない為に、我がやらねばならない。


そんなある日、観測者ジ・オールと名乗る者が現れた。

「この世界を、天使の世界を壊したくないか?」

ああ、壊したいとも。あいつらの掲げる正義とやらを壊したくて仕方ない。

各地に眠る終末をもたらす『オールドデウス』なるものの復活が奴らの目的だった。

オールドデウスはヴァリアスの神聖、星の輝きを喰らう破壊者と呼ばれている。

この者たちも世界に疲れたのだろう。

だが、奴らはいつも笑っていた。

「何故、お前たちは笑っている」

世界を滅茶苦茶にするというのに、拒まれた者が、何故笑っているのだ。

「滅びは芸術です。破壊の美学をこの手で為すというのに、笑わないのですか?」

ああ、そうだな。我も笑おう。我を拒む全てを破壊し、嘲笑おう。


しかし、ニグラスは笑えなかった。

口角を上げてもどこか苦しく、疲れるばかりだった。

何故だ、何故お前は笑えるのだ。何故まだこの世界に絶望していない。

「アマリリスゥゥゥゥ‼」

発砲しながら詰めるも距離は縮まらない。

コトネは半弧を描くように方向を転換し、ステップで下がり続けている。

残弾も残り少ない。このままでは埒があかない。

痺れを切らし、飛び掛かるニグラス。

確かに距離を詰めることが出来たが、コトネはニヤリと笑う。

空中にいる事で動きの予測が容易であるからだ。

羽をもたないニグラスはこれ以上体制を大きく動かせない。

沈んでいくも、取れる選択は攻撃するか回避に専念することだけ。

――誘われていた!?

コトネはアサルトライフルを床に落とし、羽で体を隠す。

能力による攻撃か、体術か、選択を迫られる。


誤算だった。

戦闘能力に自信はあるが、アマリリスに1対1で勝つ自信はない。

ミサイルにより大幅に弱っているはずだった。

破片が体中を引き裂き、柵にぶつかったことで骨は軋んでいる。

学園を奇襲され、精神も弱っていると読んでいた。

それでも届かない。それでもアマリリスは立ち上がる。

お前は強いから笑っていられるのか。お前も天使と同じなのか。

弱者を見ようとせず、前だけを走っていくのか。

「クソォォォォォォォ!」

黒い渦がニグラスの両手を包み、サブマシンが消え、ショットガンへと変わる。

――近距離ならば耐えられまい。その羽ごと貫通してやる!

引き金に指を重ねたその瞬間、動かないと思っていた翼がニグラスを床へと叩きつける。

勢いと翼の重さによって体は弾み、脳が揺れる。

歯を食いしばり、なんとか体制を整えようとするも勝負は既についていた。

「終わり」

コトネの右腕にはナイフが握られており、見えない速度で振り下ろされる。

――ここまでか

どうすることも出来ず、そっと瞳を閉じる。


いつまで待とうと痛みが来る様子がない。意識がだんだんと鮮明になり、瞳を開く。

ナイフは首元に当てたまま動いていなかった。

翼の代わりに馬乗りになったコトネの顔が見える。

「何故だ」

説教でもするつもりか。

不満そうな表情で睨むとコトネはフフッと微笑む。

「貴方を殺しても、私の望む平和は訪れないんでしょ?」

ナイフを足にあるホルダーにしまい、立ち上がる。

「だったら殺さないわ。負けたのだから大人しくして頂戴」

柵から校庭を見下ろし、戦況を確認している。

「また、お前を殺そうとするぞ」

「何度でも来なさい。あ、学園ごとはやめて」

くっ……!

意味がわからない。何故だ。何故恐れない。何故拒まない。

ここで逃がせば襲撃されるとわかっていながら、何故殺さない。

「天使はそんな愚かな事をしない!」

自分で何を言っているのかわからなかった。

しかし、認められなかった。

ここまでの事をされながら、逃げるという屈辱に耐えられなかった。

「私は天使じゃない。そんなこと知らない」

「我が気に食わないのではなかったのか!?」

「ええ、気に食わない。だから矯正してあげる」

「は……?」

「貴方が諦めるまで、私の正義を貫くわ」

「……どういうことだ」

「悪いことをしようとしたら阻止する。それだけのこと」


それは、信頼と呼ぶにはあまりに歪な形をしている。

なのに不快感はなく、心地よささえあった。


そうか、我は誰かに……。

いや、血迷うな!

頭を振り、答えをかき消す。

「必ず、必ず!貴様はこの選択を後悔する!」

そういってヘリへと乗り込み、どこかへと飛び立っていく。

校庭で自動人形と共に戦っていたヴァーチェ学園の者もそれを見て退却した。


「いいえ、私はこの選択を後悔しない」

だって、同じ魔族に生まれた者同士、分かり合えると信じている。


広報が避難誘導、書記は点呼とリスト化。

会計が現在校内にいる生徒と地区救援生徒の数を確認。

監査は被害状況の確認と情報整理。

生徒会総動員での対応が進んでいることが生徒会長から報告される。

「特殊武装と戦いながら……器用ですね、会長」

二人で校門から侵入してくる特殊武装した自動人形を対処しているミコトとレイナ。改めて二人の戦力の高さに関心しながら連絡を返す。


屋上での戦いが終わった。

生徒会の活躍により生徒たちの混乱は徐々に収まるも、戦況は大きく変わらない。

際限なく現れるオートマターたち、その勢いは増すばかりで、ヴァーチェ学園が撤退し、防衛に割く人員が増えたにも関わらず防戦一方。状況を変えるため、会長に報告し、コトネは飛び立つ。


――To be continued


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