第12話 堕楽園

ソラの部屋を後にして、コトネとレイナは生徒会室に居た。

「……」

「考えすぎは体に毒ですよ。貴方もどうです?」

レイナは目を閉じ、紅茶の香りを楽しんでいる。

「私は……間違ってない」

「先生の事を気にしているのなら謝りますよ」

「会長のした事に間違いはない。だけど、納得も出来なかった」

「会って間もないというのに随分と評価しているのですね」

「今はまだ、何かを成し遂げた訳じゃない。何故迷っているのかわからない」

「ふむ……」

「会長が確認した以上、彼女あれが兵器なのは間違いない。それでも、私は撃てなかった。撃ちたくなかった」

「迷いがあるのは私も同じです。ですが、私たちが迷えば後に続く者たちも止まってしまいます。一人の涙で多くが救えるのなら、私は喜んで悪になります。あれが兵器でなかったとしても、同じことです」

「……」


コトネは正義がわからなくなっていた。

多くの為に正義を掲げてきたつもりだった。それが正しいと疑わなかった。

しかし、それは傍にいる者が多数であっただけに過ぎないのではないか。

少数が自身の仲間だった時、大切な人だった時、私は同じ正義を貫けるのだろうか。


「優しいんだね」


そう笑うソラの顔が頭を離れない。

彼は悪い人じゃない。守らなければならない弱き人だ。

そんな人が守ろうとしている存在もまた、弱き者なのではないだろうか。

力だけが弱さではない。居場所のないものだっている。


「クルミは兵器なんかじゃない!クルミは誰かと笑える。誰かの為に泣ける。誰かの為に怒れるんだ!」


あの人もまた、自分の正義を貫いていただけのこと。

誰もが己の正義の為に戦っている。衝突することはおかしいことなんかじゃない。

私は、ドミニオンの生徒を守る義務がある。

だから、先生を……殺すの?それが私の正義?そうして切り離し続けるの?

「くっ……」

何を迷っているの天理コトネ。ずっとそうしてきたじゃない。

誰も泣かない平和な世界の為に、戦ってきたじゃない。


――相手の裏には守るべき者が居て、私の正義で誰かが泣いていたとしても?



「外の空気を吸ってくるわ」

生徒会室を出て、屋上へとエレベーターで昇る。

街の風景を眺めれば迷いも晴れるだろうと信じて、覚悟を決める為に。

道を違えた以上、先生とは戦うことになる。引き金に手をかけるときがくる。


屋上から見える繁華街。

ネオンがギラギラと輝き、粒のように小さい人の群れが行き交っている。

「……綺麗ね」

一人で感傷に浸り、ぼーっと眺めていた。


「オールドデウスが動きだした。始めろ」


らしくもない行動のせいか、気が抜けていた。

風を切る音の正体に気が付かなかった。

「――ハッ!」

息を呑んだ時には遅かった。


とてつもない風と共に爆ぜた。

コトネはフェンスへと吹き飛ばされ、背中を強打する。

周りを見る間もなく、空から雨のように爆撃が行われる。

学園が次々と攻撃されてゆき、校舎が崩れてゆく。

悲鳴をあげる者、逃げ惑う者、涙を流し座りこむ者。

黒煙と炎で包まれたドミニオン学園はまさに地獄と呼ぶに相応しい光景となる。

それを、空から眺める謎の女性。

そのままヘリは屋上へと降り、女性はコトネへと近づく。

軍帽を深く被りなおし、床に倒れるコトネに唾を吐きかけ、足で踏む。

「やはりお前だったかアマリリス。手間取らせてくれるじゃないか」

意識が飛びかけていたが、踏まれた痛みによって耐えた。

コトネは顔をあげ、女性の名を呼ぶ。

「ニグラス……」

ヴァーチェ学園生徒会長にして、裏世界の女王。

金と力が支配する世界と呼ばれる所以は彼女にある。

目的の為なら手段を択ばず、人を駒としか考えていない悪人。

「ドミニオンは前から気に入らなかった。正義を謳い、その実は綺麗事を建前に力で支配しているだけではないか。偽善者。魔族の恥。貴様らは消えて然るべき存在だ」

より強く踏みつけるニグラス。今一度強く蹴ろうと足を上げた瞬間、コトネは翼で体を起こし、体制を整える。

「腐り果てた悪の貴方に言われても、何とも思わない」

ハッと鼻で笑うと、ニグラスは両手を広げ空を仰ぐ。

「腐っているのはこの世界だ。双対の星の因果で生まれし望まれない生命の我々魔族が悪を為すのは当然の事だろう。恨むなら天使を恨むといい」

「貴方の意味不明な演説は聞き飽きたわ」

コトネの瞳が力強く輝き睨みつける。

紫の光が渦巻き、そこから生まれたARを手に取り、ニグラスへと向ける。

周囲の状況はどうなっているのかと一瞬下を眺める。

庶務の皆が生徒たちを誘導して避難させている。それと同時に特殊武装をした自動人形が校門を抜けている。

(まずい……。ニグラスに構っている暇は……)

生徒たちの安全を先に確保しようとするも足を止める。

「ミコト……」

通行止めするように自動人形に立ちふさがるミコト。

「鉄屑風情が生意気に、ウチが上下関係叩き込んだる」

心配ないと手を振る彼女の表情は笑っていた。

「頼んだわ……」

そうつぶやき、視線をニグラスへと戻す。

「ここに先生はいないわ。もう殺したもの」

事態が収拾するとは思えないが、様子見程度に嘘を言う。

「オールドデウスは処分し損ねたのか?」

嘘だとニグラスは嘲笑う。

(確認する方法なんて……)

そして、コトネは思い出した。

今ここにいる自動人形たちとソラが庇っていた少女兵器を。

「貴方たちが絡んでいたのね……」

下水道での出来事。管理から外れた自動人形の出現。それら全てがここに繋がっていた。

「全てが思い通りにはいかなかったがな。もう少し時間がかかるかと思っていたが背中を押してくれたようだな」

「……?」

「オールドデウスはマリアによって抑制されていた。記憶領域を破壊するつもりだったが貴様らが手間を省いてくれたではないか」

――この世に存在してはいけないのだと理解させたのだろう?

全てを理解することは出来ずとも、間違えたことだけは理解できた。

半端な行動が招いた結末。

あの時取るべきだった行動は、迷わずに破壊すること。もしくは信じることだった。

しかし、後悔して嘆く時間はない。

銃を握る指に力がこもる。

「例え、先生や自動人形を殺しても、貴方たちがいる限り平和は訪れない」

「私を殺そうとも、争いの種が存在する限り、貴様の望む平和は訪れない。」

コトネの言葉を遮るようにニグラスは笑う。

「あの男は貴様が思っている以上に厄介だぞ」

「ええ、知ってる」


先生のせいでこんな大事になったのかもしれない。

先生がいなければヴァーチェと争うことはなかったのかもしれない。


でも、先生がいなければ自動人形の少女は早くに兵器となっていたかもしれない。

先生がいなければ、私は迷い続けて燻っていたかも知れない。


何の力もないあの人が頑張っているから。誰かを守ろうとしているから。

私も頑張らなきゃって思う。自分を顧みることが出来た。


「戦う口実が出来て丁度いいわ。私も貴方が気に食わなかったの」


だから、迷わない。私の正義はここに在る。

間違えたとしても、全てを救う策を探し続ける。何度でも間違え続ける。


「何故笑っている、アマリリス。状況がわからない訳ではあるまい」


ニグラスには彼女が何故笑っているのかわからなかった。

校舎を襲撃され、特殊武装した自動人形たちが次々と増えていく中で、

この絶望的な状況で、何故笑えるのか。

「信じているからよ。先生あの人を、生徒たちを、私を」

「希望的観測……、堕ちたなアマリリス。それは弱き者が抱く儚い夢だ」

「いいえ、どうにかして見せる。するまで諦めない」

「愚かな!」

怒りに震え、二丁拳銃を構え距離を詰めるニグラス、

近づかせまいとコトネは羽を広げ、後ろへとステップを踏む。


「貴様は全てを失う。判断を間違ったばっかりにな!」

「力の差を教えてあげる、ニグラス。指令室に居ればと後悔しなさい」



――堕落した欲望の楽園、屋上にてヴァーチェとドミニオンによる決戦が始まる――

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