第14話 0.0001%の賭け

20mはある巨体で障害物を気にすることなく女王は進み続ける。

ガスが爆発し、ガラスが割れ、炎が広がっていく。

移動するだけで、世界を地獄へと変える大災害。

潰されないようにと逃げる人々の先には小型の自動人形たちが待ち構えており、無慈悲にも襲い掛かる。倒せど視界に増え続け、疲弊し武器を下ろしたが最後。

体を拘束され、チェンソーを思わせる両刃が高速で回転し、もがく少女の腹を貫く。血飛沫と悲鳴が止んだ頃、死体を背中から伸びる鉄の触手で女王が飲み込む。

手持ちの拳銃で射撃するも跡すら残らず、これ以上離されないように追いかけるのがソラとマリアの限界だった。

「クソっ!このままじゃ何も出来ないまま終わってしまう」

「ドミニオン目掛けて一直線。寄り道も無しとはね」

「動きを止めなきゃ」

「戦闘での足止めは必須か」

マリアは腹部から何かを取り出し、それを空へとかざす。

「一か八か!こい、ヘラクレス!」

拡声器がサイレンを鳴らし、道路を突き破り、地中からレーンが現れる。

鉄の箱が勢いよく空へと打ちあがり、それを何かが突き破る。

――巨人!?

10m程度の筋肉質な巨人は女王の前に着地する。

それまで止まる事のなかった女王の進行が止まり、巨人を見つめている。

「あ、あれなに……?」

「よかった!格納庫はやはり見つけられていなかった」

ヘラクレスは姿勢を低く、両手を広げ突進する。

女王の足に腕を巻き、装甲に指を差し、押し出そうとする。


「あの体格差じゃ……」

女王がヘラクレスを刺し、引き離そうとするも動きは止まらない。

グググと鉄が潰れる音がしばらく鳴るだけの光景が続く。

しかし、女王の足が一瞬浮いた。

バランスを崩した隙を見逃さず、ヘラクレスはそのまま足を持ち上げる。

「なんという怪力!さすがヘラクレスちゃん!」

持ち上げた両手を前へと突き出すように、女王を投げ飛ばした。

巨体が倒れたことによる衝撃は凄まじく、砂埃と強風が頬を突き刺す。

「くっ……、今だデカブツ!胸にある装飾部分にクルミはいるぞ!」

起き上がろうとするも、ヘラクレスが顔を殴り時間稼ぎをする。

巨体同士の戦いによる風は凄まじく、近づくことすら容易ではない。

なんとか金属のへこみを利用してよじ登るも、押さえつけようと殴るヘラクレスの衝撃が来るたびに振るい落とされそうになる。

「クルミ!一緒に帰ろう!クルミは機械の女王なんかじゃない!」

強風でかき消されそうな程小さい声でソラは叫び続ける。

「クルミッ!」


体が軽い。

食い込ませ、へこみを掴んでいた両手が上へと上がった。

――まずっ

暴れる女王の手が、体制を崩したソラへと向かう。

――自身より大きな手、鉄が、当たれば死ぬ!


思わず目を閉じると、暗闇の中で白い数字が浮かんだ。

――3268

目前まで迫っていた腕から放たれていた風が止んだ。

何事かと目を開くと、それは先ほど見た光景である。

へこみを掴んでいた両手が上へと上がり、女王の手が来る。

「何が起きてる……?」

再び目前まで迫る手は、風と共に消えた。

手が吹き飛ぶ程の衝撃はソラの体をも吹き飛ばす。

しかし、なんとか這いつくばることで落とされずに済んだ。

何事かと音がしたほうを見ると、そこには煙を吹くライフルが見えた。

その後ろにはケイとフタミが立ってこちらを見ている。

「皆……!」

正面にはメノが風を遮るようにソラの前で屈んでいた。

「これがクルミちゃんだな!?」

「ああ……!まだ助けられる」

「まだなんとかなるって!」

ケイたちに手遅れではないことを叫び、ソラを抱えて飛び上がる。

――クルミをっ!

そう思って下を眺めると女王は既に立ち上がる姿勢で、あのまま居れば落ちていただろう。小さな羽でゆっくりと落ちていく二人、それを睨む女王。

ヘラクレスの方を見ると、既に体中刺し傷だらけで、力尽きている。

「ありがとう、ヘラクレス」

進行を再開するかと思っていたが、女王はケイたちを眺め、体を向ける。

「まずい!離れろっ君たち!」

女王の眼が紅く光り、頭上に黒い光輪が浮かび上がる。

光輪からは白い雪のようなものが落ち、地面を溶かしていく。

女王の装甲にも降りかかり、溶けていく。

カタカタと震え、機械音声で叫び始める。

「レディアント、神聖、強い輝キを……」

途中途中、クルミの声が混じっている気がした。

「神秘を消化したかっ……!同化してしまう!」

「皆!あの装飾部分にクルミがいる!なんとか引き剥がせば間に合う!」

丁寧に状況を説明している暇はない。

あの日、コトネと生徒会長に報告したのはケイたちなのか。

だとしたら、何故助けにきてくれたのか。

聞きたいことは沢山ある。

でも、今はクルミを助けるのが何より最優先だ。


ヒトミがライフルを肩に担ぎながら屋上から屋上へ飛び移り、ケイが女王の視線を集め、足元を動き回る。邪魔が入らないように他の自動人形たちはフタミとミツミが対処している。メノは女王の周りを飛び回り、装甲の脆い部分から射撃で破壊していく。

「思ったよりなんとかなりそうだね」

助けが入ったことにより、状況は好転しただろう。そう思っての発言だった。

「まだ1%の実力も出しちゃいない。時間はないぞ」

頭上に輝く黒き光輪を眺め、外側に二つ目が形成されつつあるのを確認する。

「外から説得する余裕はない。力づくで引き剥がせ!」

そういって小さな手でソラの足を掴み、軽々と浮かせる。

「えっ!?」

円を描くように回し、その勢いで投げ飛ばした。

「うそっ!しぬっ!死んじゃうって!」

こちらに飛んでくるソラに気が付き、女王は叩き落とそうとする。

――ガシャン

再びライフルがその手を貫き、腕を弾く。

先ほどまではそのままだった穴が、次々と埋められていく。

「再生……鉄が?」

手が動きだす。特別仕様のライフルの再装填は間に合わない。

このままでは手に塞がれ、圧で潰れてしまう。

メノがショットガンを手の方向へと向ける前に、声が聞こえた。

「装飾部分を破壊してくれ!このまま突撃する!」

「無茶だ!潰されて死ぬぞ!」

「お願いだ!」


――どうなっても知らないぞ。

そう呟きメノは言われた通りにする。

装飾部分が剥がれ、中に大量の管につながれたクルミが眠っているのが見える。

それを横目に、なんとか出来ないかと銃を向けようとするが、当たる直前である。

――くそっ……。

再装填中、ケイもフタミもミツミも手が離せる状況じゃない。

私が、私がなんとかしなきゃっ……!


――3269


あれっ……?間に合う。

確かにどうにもならないと確信した状況は変わっていた。

ソラと女王の手には距離が十分にあり、装飾部分を打ち終わったばかりだというのに、ショットガンは手を弾ける位置に向いている。

――そんなことっ!どうでもいい!

銃弾は確かに指を弾き、ソラは手を通り抜ける。

クルミが入っている部分へ向かって勢いよく。

「間に合えッ!」

中にある管を吸収材代わりに、両手を広げてソラは入っていく。

「帰ろう……クルミ」

繋がっている管を薙ぎ払うように剥がし、クルミを抱き上げる。


降りるときのことを考えていなかった。

二人分の重さを持ち上げてもらうのは不可能だろう。

クルミだけでもメノに預け、自分はゆっくり降りるか……?


メノは肩に乗り、攻撃の手を緩めない。

「これ、効いてるのか!?すぐ治っちゃうぞ!」

揺れが止まることはなく、このままでは落ちてしまう。

しかし、飛び降りることも……。

見下ろしていると、マリアがこちらに向かって手を振っている。

「大丈夫!キャッチするから!」

疑っている暇はない。目を閉じ、クルミを体で包むように飛び降りる。

マリアの手から落ちる先にエアバッグが放出され、二人をキャッチする。

「た、たすかった……。大丈夫?クルミ」

顔にかかった髪を除け、顔を見つめると、その瞳は紅く光っていた。















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