2章:正義の在り処

第10話 最善

逃げたはいいものの、ずっとこのままという訳にもいかない。

仕事をしなければ、生きていくことさえ出来ない。

ケイとメノもあそこにいた以上、隠し通すことも難しい。

今住んでいる場所もコトネが契約してくれたものだ。

敵対行為とも呼べる行動をしている以上、ドミニオンでの活動は難しい。

その上でここに住まわせる理由もないだろう。

私が、クルミ自身がどうあろうと、彼女たちには不安の種でしかないのだから。

――こっそりここを抜け出してスローン学園に匿ってもらおうか。

いや、規模を拡大させるだけだ。


出てくる答えは納得の出来るものではない。

このままクルミと逃げても、自分だけでどうにかすることなど出来ない。

かといって他に手を貸してもらえる状況でもない。己の首を絞める者などどこにもいないのだから。

プログラムに組み込まれている以上、取り除くことはできないのだろうか。

そうすれば……、そうする事が出来たら、わざわざ処分を勧める訳がない。

解決策は思いつかない。止めることも出来ない。どうすればいいんだ……。

「ソラ……おはようございますぅ」

眠そうに目を擦りながら、枕を抱えたままクルミが寝室から出てくる。

――どうにかしなければならない

このまま考えていても仕方がない。残されている時間もそんなにない。

荷物をまとめて、とりあえずここから出よう。

「いいえ、その必要はありません」

カラスの鳴き声が静寂の中響く。いや、そんなはずはない。

窓の外からならまだしも、何故室内で烏の鳴き声がするのだ。

声の方へと体を向けると、そこには見知らぬ女性と烏が一匹。

軍帽にコートを羽織い、寒気がするほど人間味のない肌白さをしている。

人差し指を顎に添えているが、その指は骨かと思う程細く、魔女を思わせる程長い。

透き通る白い前髪が揺れ、隠れていた赤い瞳がかすかに映る。

蛇に睨まれているようだ。視線だけで身動きが取れなくなる。

今足を動かせば死ぬ。危険を察知しているのか体中から嫌な汗が流れる。

頬から零れ落ちていくのが繊細に伝わる。視線を彼女から逸らせない。

「選択の精度は過ちの数だけ増し、正解の数だけ鈍るものです」

絃の切れそうなバイオリンのように細い声音、しかし鮮明に、脳へと届く。

目を伏せ、一歩こちら側に歩いてくる。

「大人しくその子を渡して下さい。目の前で壊されたくはないでしょう?」

玄関からこちらに向かう足音が聞こえる。

勢いよく扉は開かれ、コトネが見えたかと思うと銃口をクルミへと向ける。

「え……?」

何が起きているのかまったくわからない様子。

怯えた表情で立ち尽くしているクルミを庇うように立ちふさがるソラ。

「ダメだ」

まだ何か出来ることがあるかもしれない。彼女はまだ何もしていない。

どれも届かないのだろうか。他に手はないのだろうか。

コトネは歯を食いしばり戸惑っている。迷っているのだ。

「先生、何故庇うの?それは人間じゃない。人を殺す兵器」

「違う!クルミは兵器なんかじゃない!クルミは誰かと笑える。誰かの為に泣ける。誰かの為に怒れるんだ!」

「……」

クルミの方へと視線を移し、その表情を見て迷いは更に深まる。

「コトネ、構いません。この人ごと撃ちなさい」

「え……?」

「近頃、管理されていない自動人形の事件が増えています。ヴァーチェの件も時間がありません。それに、大元を絶てるいい機会ではありませんか」

「で、でも先生はヴァリアスを平和にする為に」

「そう、彼が平和の為に戦うからこそ私たちは助力を申し出たのです。それがどうです、彼自身が戦火となり、私情で兵器を匿っている」

「……」

「観測者、ヴァーチェから狙われる重役にも関わらず、本人は記憶喪失で無力。百害あって一利なし。存在する前から戦ってきた私たちにとって、彼が消えても損失はありません。いえ、むしろ利益となるでしょう」

コトネは銃を下げ、俯いている。

「私は……」

「わかりました。最善の為、正義の為に、私が執行します」

迷っているコトネを見て、女性はホルダーからデザートイーグルを取り出す。

「生徒会長として、よりよい世界の為に、恨み、呪ってもらって構いません」

――残念です。先生

銃口が額へと当てられる。

「ここまでか……」

そっと瞳を閉じ、自分の無力さを恨む。

彼女たちは何も間違っていない。しかし、納得することもできない。

「ダメッ!!」

クルミが女性へと飛び込む。

予想外の行動に一瞬の隙が生まれる。

銃口をクルミへと向けようとしたその瞬間。

一発の弾丸が女性の頭を貫く。

「会長っ!」

窓の外から白い煙が立ち、ガラスに穴を開けている。

「今だ」

何かが転がる音と共に室内を煙が覆い、何も見えなくなる。

コトネが羽をはためかせ煙を払う頃にはソラとクルミの姿は消えていた。

倒れこんだ女性が黒い液体となり、床に溶けていく。

烏の群れがどこからか現れ、液体を覆い、飛んでいく頃には女性が立っていた。

「会長、大丈夫ですか?」

「確認出来ませんでした。第3勢力ですね」

「会長……」

「いいんですよ、コトネ。彼は譲らなかった。期待以上です」

弾痕が残る、穴の開いた窓ガラスを眺める生徒会長。

「先生は守られているようですし、私たちは私たちの問題を解決するとしましょう」


――――To be continued





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る