第9話 機械の女王

――任せときなって、天才エンジニア✕✕✕がなんとかするから

――生き方は、貴方が選んでいいんだよ


うるさいうるさいうるさいうるさい!

嘘つき!嘘つき!

ずっと傍にいるって、生きる意味をくれるって約束したのに。

私は、ゼロから何かを生み出せない。どうしたらいいのか教えてよ。

――ク✕✕は、✕✕なんかじゃないよ

少しずつ記憶にノイズが混じり、記憶が消去されていく。

嫌だ。嫌だ嫌だ。

次第に、誰を思い出していたのか曖昧になっていく。

私は……誰……?

「クルミ?」

珍しく眠っているのかと眺めていると、瞳から涙が零れている。


「また遊ぼうねクルミちゃん」

「おはようクルミ。ご飯にしようか」


「すぅ……すぅ……」

頭を撫でているとその表情は次第に穏やかなものになっていく。

アンドロイドも悪い夢を見るのだろうか。

「大丈夫だよ、クルミ。なんとかしてみせるから」

ぎゅっ。

撫でていたソラの手を、眠っているとは思えない程力強く握るクルミ。

「どこにも……行かないで……」

再び怯えた表情になり、その手は震えている。

「どこにも行かないよ。傍にいる」

寝る前に着替えようと思っていたが、その手を離すのが躊躇われ、そのまま自分も眠ることにした。


時は少し前に遡る。

ドミニオン学園が治安維持を担当している地域の巡回を済ませ、特に大事にならずに仕事が終わり機械工房へと向かった。

扉には「求ム!美学を追求せし者」とロボットのイラストと共に仕事仲間の募集チラシ。中に入るとオイルとリンの濃い匂いが鼻を襲い、溶接マスクをした作業着の人物がこちらに向かってきた。

「やや、そんな綺麗な服装で、何用です?あ、商談セールスなら結構ですぞ」

「少し尋ねたい事があって、自動人形について」

「なんと!同志でしたか!ささっ、こちらへ!ゆっくり濃厚に話を聞きます!」

少し変わった口調だが、溶接マスクを外すと、癖っ毛が羊の様にもこもこしているワイン色の髪をした少女が顔を出した。

そのまましばらく歩き続け、事務所のような部屋に通して貰い、話は始まった。

「尋ねたいこととはなんですかな?」

作業着のチャックを開け、熱を逃がすように扇ぎながらこちらを見つめる少女。

「アンドロイドが何なのか、自動人形かどうか調べてくれませんか」

ケイが端的に目的だけを伝えると、少女は4人をゆっくりと眺め、納得する。

「この大柄な人間擬きですか?」

その視線の先は、ソラを見つめていた。

またこれか……。

「いえ、こちらの子です」

背中についていたゼンマイを机に置き、クルミの方に手を向ける。

「ふむ……。どう見ても人間ですが?」

それは、自動人形作成のプロから見てもただの人間にしか見えなかった。

「でもまあ、ドミニオン生徒会が冗談でこんな所まで来るとは思えません。わかりました、引き受けましょう。ささ、お嬢様こちらへ」

「クルミですか?わかりました!」

クルミに後をついてくるように伝え、扉を開き、こちらをニヤッと笑い見つめる。

「貴方の方が余程気になります。今度調べさせてくださいね?お代はそれで」

この部屋で待つようにと言われ、色々調べにいったクルミたちを待つことにした。


数十分が経ち、扉が開かれる。

その少女の表情に先ほどの余裕さはなく、困った顔をしていた。

「クルミさんは?」

「ああ、色々姿勢を固定してもらったりと疲れたようで、眠ってます。」

片手に抱えられた大量の資料を机に置き、そのうちの一枚を皆に見えるように出す。

――オールドデウス・エクス・マキナ

なんだ……これ?

「これは私が断定して付けた名前です。毎回こう呼ぶのも大変なので以降はマキナと省略して説明させてもらいます」

クルミの全体図から線が伸び、内部についての解説が長々と書かれている。

やはり、クルミは機械だったのだろうか……?

「皆さんの言う通り、彼女は機械でした。アンドロイドがなんなのかはわかりませんが、オートマターと定義することも出来ません」

「……?貴方たちが造ったのではないのですか?」

ケイの予測ではここまで精巧な人間らしい機械を造れるのは機械工房しかいないと思っていた。

「御冗談を。我々にここまでの技術力はありません。悔しいですが、分析がやっとで構造や原理はまるで理解出来ませんでした」

「で、では一体誰がこんなものを?」

「それはわかりません。しかし、今わかっている全てをお伝えします」

皆の表情が硬くなる。少なくともいい話をする時に漂う空気ではなかった。

――彼女の処分を強く推奨します

「え……?」

何を言っているんだ。

思わず立ち上がってしまう。

「落ち着いてください。話を最後まで聞いてください。殴るのはそれからで……」

そんなつもりはなかったが、自身の顔が今、そう思われるような表情なのだろう。

冷静になろうと一度深呼吸をし、再び座りなおす。

「マキナ。いえ、クルミちゃんの製造元は不明です。内部武装も見られませんでした。しかし、彼女は兵器そのものです」

クルミの全体図の中心部。心臓部分を指さす。

「最初はコアなのかと思っていましたが、彼女に核はありません。今稼働している事自体が不思議なのですが、それは置いといて。核と思っていた部分から信号が発信されてまして、分析した結果、ハッキングと権限を上書きするためのものだとわかりました」

「ハッキング……?」

「独自アルゴリズムで構成されているので、分析した所でどうにか出来るものじゃありません。つまり、彼女がその気になれば、命令一つで機械の反乱が起こります」

「クルミはそんなこと……」

「ええ、実行する為に存在するプログラムを彼女は行使しない。そこが謎だったんです。原因を探る為、彼女の記憶領域を調べてみると現在3つの人格が存在していることがわかりました。2つ目のプログラムが1つ目の権限を無効化していますが。実行するしないではなく、出来ないが正しいです」

「2つ目の人格は、誰かに作りだされた?」

「自身で獲得したとは考えにくいですからね。そして、2つ目の人格が消去されつつあります。後は、お分かりですね?」

「3つ目は」

「3つ目にそのような権限はありません。二つ目が完全に消去されれば、自動で1つめがメインとなるでしょう」

「なるほど……。クルミちゃんがどうであろうと、2つ目の抑制が無くなれば1つ目が姿を現す。その前に手を打つということですね」

「ええ、時間の問題です。人殺しをさせたくないでしょう?」

だから、殺せというのか。

罪もないクルミを、いづれ来るかも知れない驚異の為に。

彼女たちの言っていることは正しいのだろう。

彼女がする事、それを目にした時、自身の行為を理解した時、どう思うか。

「でも、それでも……」

わかった。その一言は出てこない。肯定することは出来ない。

そうなった時、自身にどうにかする力がないことをわかっていても。

「そ、ソラ……?」

音もなく、そっと扉を開け、半分だけ顔を出して覗かせるクルミ。

――出来るものか

勢いのままクルミを担ぎ逃げ出した。

彼女たちが本気で追ってくれば逃げきれないとわかっていながら。

その現実を直視できなかった。

「ソラ……?」

意味がなくとも、例え全てに意味がなくとも。

生きているだけでいいじゃないか。

クルミは今こうして生きている。

それを、脅威になり得るからと、勝手こちらのな都合で殺せる訳がない。

クルミはそんなことしない。力を取り戻そうと、クルミはクルミだ。

虚しい言い訳だとわかっていても、そうするしかソラには出来なかった。

この世界に来て孤独を知り、信じてくれる者がいる暖かさを知った。

名前を貰い、家族を貰った。

目的もわからず、何を頼りにすればいいのかと自身がわからない不安を知っている。

――誰かが信じなきゃ、歩みよらなければいけない

何もわからないのは、怖いのは、不安なのは、クルミも同じなんだ。

「大丈夫……、大丈夫!絶対……絶対に離さないから!」


必死に走り続けるソラを見つめ、どうすればいいのかわからなかった。

しかし、体を包むソラの腕は暖かく、心地が良い。

いつの間にか、クルミは眠りについていた。


その背中を、ただ見つめることしか出来ないケイとメノ。

追いかけて止めるべきなのだろう。

わかっていたが、どうすることもできなかった。

ソラの気持ちが痛い程わかる。

大切な家族に時間は関係ないのだ。

「ソラは私の大切な家族なんです!」

そう笑うクルミの姿が脳裏を離れない。

「出来るかよ……」

「ソラさん……」

ここで見逃せば、大事になる。

正義と最善が天秤にかかっている。

報告しなければならない。けど、これをコトネに、生徒会に知らせればどうなるか。

――問題の種は摘まなければならない

――常に最悪を想定しなさい

生徒会長の口癖、それがドミニオン学園の考え方である。

勝手に解決する問題でもない。時はいづれ来る。決断をしなければならない。



迷いと不安、後悔と選択。クルミが言うアンドロイドとは。

笑い、怒り、涙を流し、喜べる機械の少女の中に眠る女王。

誰も傷つかない世界の為に、誰も泣かない世界の為に、意志と意志がぶつかり合う。

観客無き劇場シナリオは、最高潮クライマックスへと向かっていく。


――叛劇のマキナ 編 1章 眠れる少女オートマター -Fin-


           2章 正義の在り処 へ続く













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