第7話 不思議の国から

そのまま放置する訳にもいかず、とりあえず話しかけてみることにした。

「もしもーし」

「……」

「こんばんはー」

「……」

綺麗な姿勢で顔から床に倒れ込んでいる謎の少女。

このまま部屋に入っていいものなのだろうか。

声をかけても返事はない。呼吸しているか確認したほうがいいのだろうか。

放置する訳にもいかない。かといって部屋に連れ込むのもどうなんだろうか。

とりあえず、背中のゼンマイから目が離れないので回してみることにした。

グル、グル、グルルッ。

限界まで回したことを知らせる音が鳴り、ゼンマイは硬くなる。

そのまま眺めている事数秒。少女はカタカタと震え始める。

静止していた虫が突然飛んだような姿に驚き、距離を取る。

「……」

また止まったかと思うと、ゼンマイが回り始めた。

そして、倒れていた少女はゆっくりと立ち上がる。

周りをキョロキョロと確認し、こちらの視線に気づく。

「……」

「……」

そして、知らない人だとわかり視線を逸らし、扉を叩き始める。

「博士―!私です!クルミです!帰ってきました!開けてください!」

その声量はとてつもない。このまま叫ばれては近所問題になる。

「あの」

「?」

「そこ、今は私の部屋なんだ……。間違えてたりしないかな……?」

「……?」

扉の番号とこちらの顔を見続けている。

やがて頭に両手を当て、唸り始める。

――ピコーン!

左手を開き、右手をグーにして当て、閃いたという表情をした。

「貴方が博士なんですね。どうしてそんなに大きくなっちゃったんですか?」

「……博士っていうのは?」

「質問の意味がわかりません。ここは博士の部屋です。貴方はここに住んでいる。それは、貴方が博士であると言っているようなものじゃありませんか」


話が進む気がしない。

このまま大声で扉を叩かれても困るので、とりあえず鍵を開き中に入ってもらうことにした。

「いやー!博士は凄い変わっちゃったのに、部屋は相変わらずですね!」

(まぁ、住み始めたの昨日だし……物は揃ってたからね)

「とりあえず、何か飲む?」

情報を整理するためにもとりあえず話をしなくては始まらない。

「?」

「?」

何かおかしなことを言っただろうか。

少女は何を言っているんだと不思議そうな表情をしている。

「私はアンドロイドですよ?」

そっか。アンドロイドは水分補給しないんだね。そっかそっか……。

自分の分の珈琲をコップに注ぎ、テーブルに着く。

「私は昨日からここに住み始めた高木ソラ。博士っていう人は引っ越したんじゃないかな?」

「え……?」

そのまま、硬直してしまった。

彼女にとって、ここは帰るべき場所であり、それがもうないとなれば仕方の無いことかもしれない。何か手伝えることはないだろうか……。ん?

ショックを受け、硬直しているかと思っていたが、そうではなかった。

彼女の後ろのゼンマイは動きを止めていた。

先ほど床に倒れていた時と同じ状態になっているのだろうか……?

そう思い、再び彼女の背中にあるゼンマイを全力で巻く。

こんな短時間で機能停止してしまうのなら、生活はさぞ大変だろう。


どうしたものかと少女の方を見ながらゼンマイを巻いていた。

よそ見をしてしまった。

バキッ!

どう考えても機械を触っているときに聞こえてはいけない音が部屋に響く。

見たくはなかったが、見なければならない。

手元を見ると、彼女のゼンマイは背中から外れ、自身の手元にあった。

彼女の背中には空洞などなく、折れてしまったのだと理解した。

――あー……。

この世の終わりを体験した。

取り戻すことのできない悔いという冷たさが足元から全身に染みていく。

そのままゼンマイを手に持ったまま立ち尽くしていると、少女がしゃべり出した。

「私はくるみを割る為に生まれてきた人形。私はくるみを割る為に生まれて……」

壊れたおもちゃがする挙動である。

ひたすら同じ言葉を無機質に繰り返し、その目はどこか遠くを見つめている。

――私が一体何をしたっていうんだ。


どうすることも出来ず、部屋の中で無機質な言葉が繰り返される中。

とりあえず冷静になる為に珈琲を飲んでいるのだが、その苦味が珈琲から出ているものなのか罪悪感から出ているものなのかわからない。

そもそも、彼女は自身をアンドロイドと言っていたが、こんな精巧な人間の形をしたアンドロイドがいるのだろうか。

任務や街中で自動人形オートマターと呼ばれる者をいくつか見てきたが、言語能力や感情を持ち合わせていることはあっても姿だけは鉄であった。

自分の持ち合わせている知識だけではいくら考えても答えが見えてこない。

「明日庶務室に行って、色々と聞いてこなきゃな……」

進んでいる気がまったくしないが問題は増え続ける。


すっかり考え事で頭がいっぱいになっていた気が付かなかったが、

無機質に繰り返される少女の声は止んでいた。

「ゼンマイで動いていたし、止まっちゃったのかな?」

彼女の方へと視線を向けると、少女は体育座りをしながらこちらをじっと見つめている。

「……?」

目が合い、どうしたんですかと言うように微笑む少女。

何がどうなっているのかまったくわからない。

「どうしましたか?」

こういう時、どうするのが正解なのだろう。

さっきの状態のままなのだろうか。

ゼンマイが外れたせいで初期化されていたりするのだろうか?

「……じ、自己紹介をしてくれないかな」

「はい……?」

すると、彼女の目は青く光り、機械音を上げる。

すぐに目の色は元の緑色に戻り、説明が始まる。

「製造日不明。接続更新日は本日となっています。番号不明。ログは既に初期化されています。声帯認証・本機体の名称が初期化されています」

完全にヤバい流れである。

早口すぎて上手く聞き取れないが、名称が初期化と言っていた。

扉の前で自身が名乗っていた名前を思い出し、それをもう一度呼ぶことにした。

「く、クルミ!」

「登録中……。これよりクルミという音声と貴方の声帯によって行動を規定します」

やばいやばい……。

彼女を元の場所に送り届けるつもりだったのに、状況がどんどん悪化していく。

「私は何をしたらいいですか?」

(それはこっちが聞きたいよ……)


とりあえず、AIか何かはわからないが、初期化という以上この子は話せる赤子である。明日までに最低限の生活が出来るようにしなければならない。

「見せてもらおうか……。ヴァリアスのAIの性能とやらを……」

「はい!学習を開始します!」

そうして、睡眠時間を削り、ネットで子育てについて自身も学びながらクルミにラーニングさせるのであった。


――To be continued.





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