番外1話 安らかなひと時を
言われていた書類全てに確認とサインを済ませ、コンビニに何か買いに行こうと思っていたのだが、どうやら眠ってしまっていたらしい。
空いたままのカーテン、ついたままの灯り。机の上は書類が散らばったままである。
今も暗いせいで勘違いしそうになるがここは裏世界。
携帯で時間を確認すると現在時刻は6時。
体内時計が正常な事に安心し窓から外を眺める。
眠そうな顔でのんびりと歩いている生徒、灯りのついていたファミレスやファーストフード店も暗くなっていく。
これからが、
――約束の時間まで随分とあるし、体力作りにランニングでもしようかな。
少ない荷物のうちの一つ、エンジョイ部の皆とキャンプに行く前に買っておいたジャージに着替え、ランニングシューズとタオルを用意する。
(皆、元気にしてるかな)
今日も学校があるだろうし、まだ寝ているだろう。
いい大人なのだし、一人立ちをしなければと頬を叩き、気合を入れる。
「とりあえず、まずは5kmくらいかな」
携帯のアプリをいくつか起動してイヤホンを付ける。
靴を履き、タオルを首からかけ扉を開ける。
そこにはリンの姿があった。
「やほー。元気にしてるかなって」
見慣れない学校指定のジャージを着ているが武器はしっかりと携帯されている。
「先生もジャージだー。ランニング?」
「うん、リンもよかったらどう?」
「そだね。立ち話もあれだし、付き合うよ」
他愛のない会話ばかりが続いていた。
知らない道を二人でなんとなく走っているだけなのに、とても心地がいい。
まだ別れて1日も経っていない。
このまま帰ったら二人でスローン学校に向かうのではないかと言う錯覚に陥る。
「どう、上手くやってけそう?」
「ああ、コトネがなんとかやってくれてるよ」
「へぇ~。副生徒会長と上手くやってるんだ」
心なしかリンの走る速度が速くなっている気がする。
どんどんと距離を離され、背中が遠くなっていく。
追いつくことに必死で、ペースを乱したソラはそのまま床へと倒れそうになる。
「おっと」
先に待っていたリンが、体を支えペットボトルを差し出す。
「おつかれさま。帰りは歩こうよ」
息一つ乱れていないリンのタフさに驚きながらも、頷くソラ。
ゆっくりと歩いている内に呼吸が整い、再び会話に戻る。
「リンこそ学校はどうしたの?」
「むふふ、帰ったら説明してしんぜよう。ずる休みじゃないから安心して」
生徒会でコツコツと働き、小さな功績を積み上げて本来の業務への復帰を目指していることを伝えるとリンは「そっかー。なんとかなりそうだねぇ」と笑う。
「近いうちに天魔会談もあるし、それまでにって感じなのかな」
「天魔会談?」
「うん。表世界の代表・セラフィム学園と裏世界の代表・ヴァーチェ学園の集会。天使と魔族の集会だから天魔会談」
「何をする集会なの?」
「う~ん。会議の内容自体は知らないけど、和平条約の更新だったりを大々的に報道することで表裏間での争いを収めるのが目的なんじゃないかな」
「それが私となんの関係が?」
「結局、表面上では仲良しに見せてるけど、こっそり争いは起きてる。
だから、セラフィムから招集された先生がドミニオンで貢献したっていう事実があればヴァリアスでの架け橋になれる。ってな感じじゃないかな」
「なるほど……」
「まぁ?私としては、こぉ~んな体力がなくてダラしない先生にそんな大
役が勤まるのかな~って思うけどね」
からかうように笑っている。彼女のなりの励ましなのだろう。
「頑張るよ。少しでも皆が笑って過ごせるように」
グッと拳を突き出しガッツポーズをして格好つけてしまった。
その手を優しく包み込み、リンはそっと呟く
「背負いこまないで。辛い時は頑張らなくていいから」
その小さな呟きは、リンにしか聞こえず、ソラの元には届かなかった。
「ん?リン、もう一回言って」
手を離し、走っていったかと思うと、振り返り眩しく笑うリン。
「耳が遠いなあ。早く稼いで僕にご飯奢ってよって言ったのー!」
そのまま家に戻り、「これこれ」とここにきた用事の物を取り出す。
「ほら、忘れ物!」
情報局から受け取った特別指導教員を証明する腕章である。
「あ!」
「もー。あれほど忘れ物しないでねって言ったのに」
怒ったり笑ったり表情が忙しいリン。用事は済んだと帰ろうとするリンの手を取る。
「よかったら汗流していきなよ」
「え……?」
顔が赤くなったかと思うと自身のジャージを伸ばし、匂いを嗅ぐリン。
(そんなに臭かった……!?)
「ひゃっ、え、と、そ、その」
わざわざ表世界から来てくれたんだ。リンも忙しいだろう。
気が回らなかったなと反省し、手を離す
「忘れてくれ……。忙しい中来てもらったのに呼び止めてごめん」
しかし、リンは無言のまま中に入っていく。
「どこ……シャワー」
「あ、そこの右の扉開けたら……あるよ」
真っ赤なままシャワー室に入ってしまった。
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