第2話 功績を求めて

校舎内は至って普通そのものだった。

ゴミ一つなく綺麗な廊下、楽しそうに会話をしている生徒たち。

(裏世界とは言っても、学校は学校なんだなぁ)

しかし、それはあくまで途中までの感想である。

当然のように配置されているエレベーターに乗り、B1Fのボタンが押される。

「地下があるんだ……」

1階から地下1階へ。移動フロアは一つ分。それなのにとても長い。

(本当に地下1階……?)

暗くなっていくエレベーター。

何も見えなくなった頃、照明が起動され、10秒程度経つと扉が開いた。

扉の先に普通はどこにもなかった。

そこにあるのは城のような場所。本当に同じ建物?

階層を移動しただけ?本当に?


左右の壁に設置された松明たいまつ

石材の床、どこまでも伸びるカーペット。

まるでダンジョンを歩いているようである。

少年心がくすぐられ、わくわくしながら進んでいると目的地に着いたようだ。

コトネが立ち止まる。

目の前には、魔王が待ち構えているのかと思う程、大きく、重そうな扉がある。

(な、中に入ったら本当に魔王がいたりして……)

地下に来てからコトネは一言も話さない。

ま、まさか……。


「お前を呼んだのは、魔王様に生贄としてささげるためだ!」

魔物に変身するコトネを想像して、勝手に震えてるソラ。

それを気にすることなく、つけていた黒手袋を外し、扉に優しく触れる。

すると、紫色の魔法陣が浮かび上がり、自動で開かれていく。

「ハイテク……?スピリチュアル……?」

「すぴ、何……?中に入って、ここなら安全だから」

中に入ると勝手にしまっていく扉。

コトネが再び扉に触れると、カチャリと音がなり、魔法陣が浮きでる。

「この世界での……鍵?」

「実体のない鍵。生徒会以外には開けられない」

(まるで魔法のようだ)


空間は静寂に包まれており、辺り一帯、人の気配がない。

レコーダー、ティーカップ、高そうな絵画。

並ぶ品々から貴族の宮殿を思わせる。ここがドミニオン学園の生徒会室らしい。

4つ置かれた椅子の一つにコトネが座り、正面に来てとこちらが座る椅子を示す。

気持ちが浮き立ったまま平凡な感想を述べるソラ。

「なんか……宮殿みたいだね」

コトネはため息をつき、死んだ目で絵画を見つめはじめる。

書記ヴィヴィの趣味。予算の無駄遣いと言っても効かないの……」

「色々と大変なんだね……」

少し休んだ所で、本題に入ろうとコトネはお湯を沸かし、書類をまとめる。

重ねられていく書類は、気が付けば山となり、その頃にはお湯も沸いていた。

「インスタントコーヒーしかない。カフェオレにも出来るけど、どうする?」

「ブラックで貰おうかな」

一つ目のコップにお湯を注いでいると、「あっ」と大きな声が聞こえる。

どうしたのかと近寄ると、顔を赤くしながら下を俯いている。

「紙コップがない……。……私ので我慢して」

「……」


何も言わなければ、心置きなく飲むことが出来た珈琲。

今となっては口をつければ監獄へと導かれる罪の象徴となった物が置かれる。

(おぉ、神よ。どうすればいいのです)

思考を巡らせた。

これまでにない程、最大全開の速度で思考を巡らせた。

・・・

うん、淹れてもらって悪いけど、残そう。

大人として守らなければいけない誠実プライドがある。

正解のない問いに悪と為る道を選ぼう。

一人で納得していると視線を感じた。

影を帯びた表情で、こちらをじっと見ているコトネの視線を。

「……」

「コトネ……?」

「そうよね、私の普段使っているコップだもの……」

「コト……ネ?」

「汚くて、飲めないよね……。ごめんなさい」

先ほどの言葉を思い出した。

『私は……、怖がられる事が多いから』

(う~ん)

(う~~~~~~~~~~~ん)

(う~~~~~~~~~~~~※以下略)


葛藤の末、飲むことにした。

ヴァリアス 男性 存在しない。

人間 皆 女の子

私は女子学生 コトネも女子学生 皆女子学生

コトネを傷つける訳にはいかない。

仕方ない……。仕方のないことなんだよ。

(表面上)気にする事なくコーヒーを飲みはじめると、安心したのか、コトネの曇りは晴れ、笑顔になった。

コトネ、そういうとこだぞ。本当に。

そもそも私は大人。向こうが気にしていないなら気にする方がおかしい。

子供と大人。明確な線引きがあるのだから、何も悪いことはない。

思春期男子は、もう卒業したんだ。


ソラの頭がヴァリアスしていることも知らず、コトネはニコニコと書類を取り出す。

「本題に入るね。先生は今、ヴァリアス学園全体の特別指導教員という身分な訳だけど、それはここに書いてある数々の功績が認められているから」


(あ、コトネ。コーヒーに練乳入れてる。え、待ってそんな沢山入れるの?)


「記憶喪失で、生活するのがやっとな今の先生は別人と捉えていい。でも、ヴァーチェの動向を見るに、のんびりと記憶が戻るのを待つ訳にもいかない」


(ああ……全部入れちゃった。半分以上あったよね?甘いの好きなのかな……)


「そこで、私の目の届く範囲内で、先生には功績をあげて貰う。先生自身の安全に繋がるだろうし、本来の職務に戻れば、ここにいるより更に手を出し辛くなる」


(こっちを見て話してるのにカップを混ぜてる。器用だなあ。苦いの苦手ならココアとかどうかな?)


「一人で功績をあげてもらうと言うのも酷だし、単独行動は危ない。

 だから……って先生、聞いてる?」


(そもそも裏世界の農産業とかはどうなっているんだろう。ココアが収穫できない

 とか?カカオ豆とコーヒー豆が摂れる場所の気候ってそんな違うの?)


「……」


(でも、コーヒーに練乳を入れて飲むというこだわりかも知れないしなぁ……)


どう考えても話を聞いていない。

私の方を見てはいるけど、目が合わない。

こっちを見ているようで、瞳の先は暗闇だけを映している。


(この人は……)


コトネは、座りながら右の翼だけを大きくし、先生の方へと伸ばす。

ハリセンのように柔らかくしならせて、頭をはたく。

――パシィィン

ぐにゃぐにゃとゴムのようにソラの頭が弾む。

はっと驚いたような顔、どうやら帰ってきたようだ。


「ごめん、続けて」

「はぁ……。聞いていた……?」

「功績だよね。それが私の自己防衛に繋がるし、仕事にも取り掛かれるから」

「……そう」

意外にちゃんと聞いていたことにコトネは頬を赤くする。

「だから、先生はとりあえず生徒会うちで働いてもらう」

「え?」

「別に労働力に困っていたから先生を呼んだわけじゃない。いや、人手不足だけど、そういうことじゃない。とにかく、給与はちゃんと出る。休日もあるし、仕事は私が指示するから、それを庶務と一緒にこなしてくれればいい」

「そんな簡単に入社?というか関わっていいものなの?」

「先生は学園全体に関与する権利があるから問題ない」

「恥ずかしながら戦闘に自信は……」

「戦うだけが仕事じゃない。大事なのは積み上げること。

 成果の大小も替えが利くかどうかでしかない。気にしなくていい」

「……うん、そうだね。やっぱり、コトネはいい子だ」

「なんの話……?どういうこと……?」

必要な書類にサインを済ませ、後で読む書類、今書くべき書類の分別を済ませると

コトネは席を立つ。

「裏世界では毎日問題が起きている。ドミニオンやヴァーチェ。学園の生徒でない放浪者や組織。対処すべき事は尽きない。だから、一緒に頑張ろう」

コートのポケットからカードキーを取り出し、ソラへと投げる。

「先生の家がないのも聞いてる。空き部屋がある、そこを利用して」

そうして、書類を鞄にしまい、学園を出ることにした。


辿り着いたのは如何にも高級そうなマンションの一室。

明日の22時、庶務長が迎えに来るのでそれまでゆっくりしていて欲しいとの事だ。コトネが学園に戻った後、渡された書類の確認とサインをしているだけで一日は終わってしまった。

休憩しようと部屋の中を探索すると生活に必要そうな品は綺麗に揃っている。

(冷蔵庫とか電子レンジ、それに洗濯機も……。家賃も高そうだし、大丈夫かなぁ)

スマホで確認した心もとない残高を見て、請求に怯えるソラなのであった。


――To be continued


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