第5話 大切な贈り物

リンの退院手続きが終わり、念の為学校を休むように伝えた。

先生はリンが寝ている間に自分の少ない荷物を鞄にまとめ、旅立つ準備をしていた。


事態は予想を上回り、大きく動いている。記憶を取り戻すよりも手早く功績を収め、自身の存在をヴァリアス全体に周知してもらう方がヴァーチェ学園を動きづらく出来るだろう。その為に面識があり、力による圧力をかけることができる天理コトネを頼りにドミニオン学園へ行く事が最善手である。これが生徒会長と先生の答えだった。

「先生と彼女の言う通り、現時点でヴァーチェ学園の襲撃に応戦できる程の戦力はスローン学園にありません。彼女アマリリスが承諾したのでしたら、その監視下にいる事以上の備えはないでしょう」

事実を受け止め、学園の為、生徒たちの為、先生の為の最善策だとわかりつつも、

彼女の顔は少し寂しそうにだった。

そして俯いたまま、絞り出したように先生に問いかける。

学園ここはどうでしたか」

スローン学園 というより、ここでの生活は殆どをエンジョイ部で過ごした。

仕事をする為にここに来たのはわかっている。それを今は果たせていないことも。

しかし、職務を抜きにした上で、ここでの生活が良いものだったかと考えた時、

クロやシロ。ナナミやリンとの学校生活は掛け替えのないものだった。

私情で答えていいものか、アンケートのような形式的なものなのかはわからない。

答えは思考より先に口から出ていた。

「寂しいかな」

このままここに残れば彼女たちを、学園を戦いに巻き込んでしまうかもしれない。

ドミニオン学園なら戦いの場になってもいいという事でもないが……。

「力が必要なら私を呼んで」

コトネの言葉を思い出し、学園を力で纏め上げたという彼女なら

どうにか出来るかも知れない。という希望に頼ることしか今はできない。

それほどまでに、今の自分には知恵も力もない。

「アマリリスに押し付けるような形になり、申し訳ありません。私たちだけでどうにか出来ればよかったのですが……。今の生徒会にそのような力は……」

嫌な事を思い出しているのか頭を痛そうに抱えている生徒会長の言葉を先生は遮る。

「ありがとう生徒会長。いつか必ず、上出来になってここに帰ってくるよ」

生徒会長は少し驚いた顔をしていたが、席を立ち、こちらにゆっくりと歩き、正面に立つとそっと手を握ってきた。

「生徒会長としてもそうですが、一生徒・花木ミサとしてもお待ちしております」

「もちろん。今度はゆっくりお茶でもしよう ミサ」

「ええ。それと借りていたIDカードです。空港を利用する際にも役立つのでお忘れなく」

青い紐で首からかけれるようになったIDカードをつけ、先生は教室を去る。


(明日のキャンプに備えて部活は休みらしいし、早く帰ろう)

家は鍵がかかっておらず、リンがいることを確認するために靴置きを確認すると

いつもより靴が多い事に気が付いた。

「ただいま」

そっとリビングへの扉を開くと、エンジョイ部の姿が見えた。

「おかえり先生~。今日はシチューだよ~」

「先生、おじゃましてる」

「トースト、ジャムとバターどっち付ける?」

「今日は皆でお泊りして、一緒に出発することにしたんです!」


皆の顔を改めて見つめ、少し寂しさがこみあげてくる。

離れていても大丈夫。

一月も経たない付き合いではあるが、私の大事な思い出として色濃く刻まれている。

それに、永遠にお別れという訳でもない。先生らしくなって、帰ってきたときにご飯でも奢ろう。それが当分の私の目標だ。

これからの目標をたて、心に誓い、先生はテーブルに着く。

「私はシチューに漬けて食べようかな」

「あ!ずるーい!私も!」

「給食でよくその食べ方してました~」

「ジャムバターとシチューに漬けるで2枚食べればいい」

「こら~、食事の前にちゃんと手洗いうがいしなよ~。先生は上着脱いでおいで~」

その日は、皆で皿洗いをし、遅くまでテレビを眺めながら眠たくなるまで他愛もない会話を続けた。


翌日

朝から自転車を漕ぎ、20km程離れた割と近場のキャンプ場を利用する。

通り道にあるスーパーで食料や紙皿などを買いそろえ、話をしながら坂を昇っては降り、着いてからは休日を満喫した。

ナナミが持ってきたバーベキューセットで焼肉を食べ、デザートにマシュマロを焼いた。小川で水遊び。森の探索。自転車で絶景探しの旅。

そんな一日とは思えない程濃厚な休日を過ごし、眠る時間まで遊んだ。

日が沈まない為か遮光性に優れたテントとタープにより暗さが丁度良く、夜のような感覚になる。小さな灯りをつけ、全員が入るテントで眠たくなるまで話し、一人、また一人と眠りにつくのを見守った。


結局、キャンプ中は今後のことを伝えることができなかった。

気持ちが晴れないままで眠ることも出来ず、外に出て空気を吸うことにした。

明るさが気になり、木陰を探し腰を下ろす。

光が反射している川の流れを見つめながら、考えごとをして眠くなるのを待つことにした。

(記憶を取り戻せば少しは前に進めるのだろうか)

小さな目標を見つけたが、将来の不安はやはり尽きない。

そんな考えても仕方のないことに苦しんでいると、声がした。

「先生、眠れないの?」

視線を向けると、クロの姿があった。

「クロも眠れないの?」

「むぅ……。前日にはしゃいで寝すぎた……」

「そっか」

元気一杯で幸せな不眠の理由を聞き、微笑む先生。

クロは「よいしょ」と先生の隣に座り、こちらを見つめてくる。

「……辛かったらいつでも帰ってきて。先生は私が守る」

「クロ……?」

「ドミニオン学園に行くんでしょ?」

「知ってたのか」

「生徒会長から皆聞いてると思う。行った事ないけど、リン先輩が危ないって口酸っぱく言ってる」

「あはは……」

「先生が危ない時、寂しい時……。いつでも連絡して。電話でも、メッセージでも。そしたら私が、……やっぱり皆いるかもだけど……。どこでも駆けつける」

「ありがとうクロ。頼りにしてるよ」

「うん。先生は料理が上手いし優しい。だから皆狙ってる。アマリリスもそう」

そうに違いない。と鼻息を荒げながらブンブンとシャドーボクシングをする。

「先生はエンジョイ部。仲間を助けるのは当然のこと」

そう笑う瞳が星のようにキラキラと青く輝いている。

「ジュース飲んでから帰ろっか。クロ、何にする?」

「私はおしるこ」

「……飲み物じゃなくていいの?」

「おしるこは飲み物だし食べ物」

「そっか……」

「うん」


そうして自販機でお汁粉と水を買いテントに戻る。

芋虫のようにうねうねと動いているクロを眺め、気が付けば眠りについていた。

皆が目覚めてきたので改めて、ドミニオン学園の方に向かう事を告げた。

フライト時間は学校があるのでここでお別れだと言うと

「午前の授業は出席に余裕あるから」と、空港まで見送りに来てくれた。

先生として叱ろうかと思ったが、

しばしの別れにせっかく来てくれるのだから。という気持ちに負けてしまった。

「それじゃあ、皆。来てくれてありがとう。また会おうね」

手を振り、荷物検査の扉に入ろうとした時、袖を引っ張られる。

「ちょっとちょっと、先生。何か忘れ物してない?」

荷物は前にまとめたし、大した量もないからそんなことはないとポケットの中や鞄の中を漁る。

「先生」

顔を上げるとそこには一枚の紙を持ったリンが居た。

並ぶ皆の顔は寂しそうだが、微笑んでいる。

「大事な大事な忘れ物だよ、先生」

何かが書かれた紙。遠くからでは見えない為、それを受け取り文字に目を通す。


【部員証明書 スローン学園 エンジョイ部・高木たかきソラ】

下には生徒会長の押印がされており、小さくメッセージも書いてある。


【名前を思い出すまでの仮ということでコードネームとしてIDカードに登録しておきました♪】


「結構悩んだんだよ?皆の名前一文字ずつ使おうとか、誰の苗字を使うかとか。皆譲らないから中々決まらなくてさ~」

「クロ子の方が好きだったらそっちでもいい」

「いいえ!シロ子よ!」

「ワン太郎です!」

「今も納得したって訳じゃないみたいだけども……」

でも、とリンは続ける。

「先生の優しさとその身長の大きさ、目のキラキラを見て、空みたいな先生を見てこれにしようって生徒会長が」

「エンジョイ部で決めきれなかった……」

「あ、ちなみに苗字はリンちゃんのですよ♪」

「ちょ、ちょぉと!それは言わないって約束したでしょ~?ナナミちゃん」

「頑なだった」

「そうよそうよ」

「ふふふっ♪」

「うぅ……」

何度も似たような光景を見た気がする。

これぞエンジョイ部といわんばかりにいつも通りの皆を見ては安心する。

「ありがとう。大事にするよ」

「まだあるよ。はい、せんせ」

鞄から取り出されたのは一枚の色紙と4つのキーホルダー。

「私たち手作りのキーホルダーと、辛い時に見たら涙が出ちゃう色紙だよ」


【先生、通話いつでも出来る。理由なしでもして】

【帰ってきたらショッピングに行きましょ!服とかご飯とかデザートとか!もちろん先生が奢(黒く塗りつぶされている)られるのよ!】

【先生、リンちゃんが寂しくて泣く前に、定期的に遊びに来てくださいね♪】

【うるさい↑】

【もし、どこも頼れなくても僕たちだけは頼って。揃うと強いんだよ僕たち】


「今見ちゃったら……恥ずかしいだけなんだけども……」

頭から煙を出し、恥ずかしそうにしている皆。下にもメッセージがぎっしりと書かれている。

(これさえあれば大丈夫そうだ)

「そろそろ行かないと」

自身の瞳から熱い雫が垂れていることに気づき、そのまま走っていくソラ。

その背中を見つめるエンジョイ部たちも、涙を流していた。



ギリギリまで会話をした為、フライト時間はすぐだった。

確認作業が済み、ソラが搭乗した飛行機はすぐに飛び立つ。

屋上で見送る彼女たちは「元気でねー!」「やっぱり帰ってきて……」

叫んだり呟いたり、自由である。

その中で一人、少し離れた位置で空を見上げるリン。

拳を握る力は強い。けれど、彼女は笑顔だった。

「これからは大変な事ばっかりかもだけど。きっと大丈夫」

貰ったキーホルダーは皆色エンジョイ部の色をした折り鶴だった。

クロと色が被る為か、リン色の折り鶴は水色をしている。

(いや、これは……?)

リンに渡した鶴を思い出し、顔を赤くする。

「ちゃんと一緒だよ、ソラ先生。それに、同じ空で繋がってる。」

リンの何もない机にピンク色の鶴が大事そうに飾られていたと、クロは言う。


「あ」

飛行機の中で色紙やキーホルダーを鞄にしまっている最中に先生はある事に気づく。


「あ」

少しずつ小さくなっていく飛行機を見つめながらリンはある事に気づいた。


「私」

「先生……」


「「特別指導教員を証明する腕章、忘れてる」」



―― 序章 ささやかな贈り物 ―― 

        Fin.        




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