第3話 夜の訪れ

スローン学園 エンジョイ部で保護されることになって早一週間。

とは言っても一週間。溶け込めないかと思っていた。

しかし、先生とエンジョイ部は……

すっかり仲良しになっていた。

 

 放課後のチャイムが鳴り、ポッドでお湯を沸かす。

次第に皆が部室に集まる。先にティーカップとデザート皿を人数分用意しておこう。


 準備をしていると扉が勢いよく開かれ、いち早く着席するクロ。

「先生、おはよう。今日のデザートは何」

「おつかれさま、クロ。昨日リンゴが特売だったからアップルパイを作ってみたよ」

「先生は天才。将来はパン屋さんかパティシエで決まりだね」

「一応、先生という役職ではあるんだけどね」

「世知辛い世の中、終身雇用とは行かない。今のうちに資格を取るべき」

フォークとナイフを机に立て、わくわくを抑えきれない様子のクロ。

脊髄反射で適当に言葉を発している彼女の目には、アップルパイしか映っていない。

「ちょっと!クロ!今日提出期限の進路希望用紙出しなさいよ」

開いたままの扉からぷんすか怒った様子のシロが顔を半分だけ出す。

「食べ終わってから出しに行く」

いただきますを済ませ、もぐもぐと口いっぱいにアップルパイを頬張るクロ。

それを見て今日のデザートがアップルパイだと気づき、伝言を忘れてシロも席に着く。

「わあ!アップルパイ!先生が作ったの?」

「たまたまリンゴが安かったからたまには手作りもいいかなって」

「わー!リンゴがぎっしり!パイ生地も手作りでサクサク!」

目を輝かせアップルパイの出来栄えにご満悦のシロ。

部室にある水道で手洗いうがいを済ませ、両手を擦る彼女はデザートの事で頭がいっぱいである。

「そういえば、先生の名前どうしましょうね」

いつの間にか席についていたナナミに驚く様子もなく返事をするシロとクロ。

「すっかり先生で定着しちゃってたわね」

「先生は先生。名前は必要だけど」

「あ、先生。私はミルクティーでお願いします」

部活動の始まりに毎回先生の名前をどうするか話題にするものの、先生という印象が定着しているせいか急ぐ様子のない彼女たち。

先生自身も、これでいいのではないかと考えている。

しかし、いつまでもこうしてエンジョイ部でお世話になるわけにもいかない。

生徒会長との会話を思い出し、自身が学園特別指導教員という立場でヴァリアスに招集されており、その役目を果たさなくてはいけない事を再認識する。

「先生、おかわり」

頬をリスのようにパンパンに膨らませ、笑顔で皿をこちらに渡すクロ。

その幸せそうな顔を見ると、もう少しだけこうして平和な日々を過ごしたいと思ってしまう。



同時刻、遮光カーテンで暗くなった生徒会室。

リンと生徒会長は二人きりで話していた。

入口には取り込み中の看板、警備の生徒が2名程、銃火器を構えて立っている。


「エンジョイ部とはうまくやれていますか?」

「うん。まあ、あの子たちは誰とでも仲良くなれるだろうからね」

「リンさんはどうですか」

「先生、自体は信用してる。でも怪しいのも事実かな」

「人間性とは別に不審な点がある、と?」

「多分、観測者ジ・オールと関係があると思う」

「観測者、ですか。2年前の事件アレとも繋がりがあると?」

「直接的な関係は見られないかな。でも……」

そういって、いつか生徒会長に見せた先生の身体調査結果の書類を出す。

そして、先生の人体図の中心を指さす。

「黒く滲んだ何かがありますね」

「これは闇、専門的には人間性とも呼ばれている」

「闇?魔族が持つ特有の細胞ソレとは違うのですか?」

「うん。ヴァリアスの人体構造では見られないもの」

「何か病気をわずらっているとかでは?」

「それなら良いんだけど。ID番号を調べてみてもここ最近作られた情報ばかり」

「……」

「記憶を取り戻す事が悪い方向に繋がらない事を祈るばかりだね。

 先生、いい人だし。料理も上手だよ」

「料理が上手なのは関係ないんじゃないでしょうか……」

「あはは」

現状の心配事を報告したリンはそのまま扉へと歩いていく。

「それじゃ、またね。かいちょー」

部屋を出ていくリン、足音が遠くなったのを確認し、会長は呟く。

「まだ、傷は癒えていないのですね」



リンが部室に着くころ、皆デザートを食べ終わり談笑に花を咲かせていた。

「今週の日曜日、自転車でキャンプに行きたい」

「最近の活動は平日ばっかりだったし、いいんじゃない?」

「先生は自転車持ってますか?」

「……持ってないや」

「私のお古、貸してあげる」

すっかり馴染んでるなあと微笑むもそれはそれで少し悔しい気がする。

4人が座るソファーへと飛び込み先生に飛びつくリン。

「マシュマロはマストだからねぇ~?」

「先輩、今日はスポッチャ」

今日の予定で何かを思い出し、リンの顔は少し暗くなる。

「ごめんねぇ。今日は用事があるんだあ。4人で行っておいでね」

「後で写真送る」

「うんうん。それじゃあ、先生も皆も遅くならないうちに帰るんだよぉ~」

リンは手を振りながら部室を出て行く。

鞄からはみ出している花束が気になったが、聞くことも出来なかった。

それを察してかナナミが耳元で小さく教えてくれる。

「お墓参りです。リンちゃんの大事な人の」



旧スローン学園跡地【ロストエリア】と呼ばれる区域の墓地にて

今は名も亡き墓場。雑草が高く伸び、時間の経過を示している。

草をかき分けることなく、体で押し進む少女が一人。

綺麗に掃除された花瓶、一本のアングレカム。

苔の生えた墓や折れて崩れた墓が多い中で一つ綺麗なままの墓。

雑草の中に混じり咲くアンモビウムがやわらかに揺られている。

目的の場所に辿り着き、髪をたなびかせながら墓を眺め、作業を始めるリン。

「今月は頑張ったんだあ。束で買えたんだよ?」

その声は無気力で弱々しい。震える手でアングレカムを摘み、

買ってきた花束を風に当たらない位置に置く。

「ナギサの好きな花、珍しいから全然売ってないんだ」

墓石をそっと撫でる手が気づかないうちに力んでいた。

「頑張って、それで……、それでね」

高く伸びた草のせいか、影は大きく伸び、墓地は夕焼けのような景色をしている。

そのせいだろうか。顔は深い影で覆われている。

雫が腕に落ち、泣いていることに気づくリン。

「泣いてばっかりだな……」

擦れて文字が見えなくなった名前の刻まれていた部分を優しく撫で、

墓石から去る。

「今度は来月になっちゃうけど、寂しくても泣かないでね」




リンが墓参りをしている頃、エンジョイ部は放課後をエンジョイしていた。

テニス、バッティング、バスケ、バトミントン、バレー。

ひとしきりのスポーツを遊び尽くした4人はスポーツ飲料を飲みながら帰宅中。

リンに今から帰宅すること、今日の写真を送ろうとクロが携帯をいじっていると、

前を歩いていたシロとナナミの足が止まる。

前を向くと、辺りは暗闇に包まれていた。

「なにごと……?」

意味がないと思っていた街の灯りのおかげで先に立つ人物が照らされている。

「ごきげんよう」

防弾ジャケットに黒一色のコート、白い角と髪が特徴的な小柄な少女。

腰辺りから大きく広がる曲線の羽。

その見た目は、絵にかいたような魔族だった。

「スローン学園の生徒ね」

先生から前にいるエンジョイ部へと視線を移す少女。

「エンジョイ部。貴方は?」

クロが先生を守るように左手を伸ばす。

明らかに警戒していた。

いつも背負っていた大きなギターケースを床に下ろすと、

中に入っていたARを取り出し、クロは少女へと構える。

ナナミは伸縮自在の警棒を最大まで展開し、その先端を少女へと向けている。

「ご存じなんじゃない?」

不敵に微笑む少女は余裕そうに顔を仰いでいる。

「この子は……?」

誰に聞いたわけでもなく、沸き上がった疑問を小さく口にする。

「ドミニオン学園生徒会副会長・アマリリス……」

クロがそう呼ぶと、少女は口角を少しあげ、髪をなびかせる。

白髪に混ざり、淵をなぞる様に色の入った薄い赤の髪色が煌めく。

「ええ、そう。酷く警戒されているけれど、戦いに来たわけじゃない」

敵意はないと両手を上へ挙げるも、3人は警戒を解く様子がない。

「何か用?」

交渉不成立、手を下げ、コツコツとヒールを鳴らしながら向かってくるアマリリス。

「貴方たちにはない。あるのはそこの人よ」

そういって先生に指差し、こちらに来るようにと動かす。

「先生はまだ先生じゃありません!」

ナナミを筆頭に密着し、先生を囲む3人。

「記憶がないのでしょう。知っているわ。だから来たの。

それに、貴方たちだけのものじゃない。ヴァリアスの学園全てに関わる権利がある」

彼女の言っていることに間違いはない。

何がそこまで彼女たちを警戒させているのかわからなかった。

「はぁ……」

譲る気はないと固まったまま武器を構える3人に、アマリリスはため息をつく。

「別に私はどうでもいいのだけれど。やるしかないの」

だから、と続けて彼女は黒い翼を大きく広げ、腕を組む。

「貴方たちの答えがそれなら。私にも策がある」

ソプラノな透き通った声。しかし、その言葉一つ一つから出る圧は凄まじい。

周囲を覆っていた暗闇は一層濃くなり、街灯の光すら見えなくなった。

目の前に居たアマリリスが暗闇に溶けるように消え、

周囲全体を警戒していると風が3人の肌を撫でるように通り抜ける。

紫色の光が一瞬視界に映ったかと思うと、とてつもない重低音が耳を刺す。


時が止まったかのようにゆっくりと、

音に押しつぶされるような感覚が襲う。


確かにあった3人の気配がなくなり、

何もわからないまま、3人は勢いよく飛ばされる。

「っ!」

「きゃあ!!」

「うぐっ」

発砲音一つないまま床に倒れ込む三人。

無事を確認するため音の方向へと走りだそうとするも、冷たい何かに体を持ち上げられる。

「暴れないで。加減は苦手なの」

足に力を溜め、勢いよく上へ飛ぶアマリリス。

体にのしかかる重力。それはジェットコースターのような感覚で、

眠りにつくようにゆっくりと気絶し、視界が閉じていく。

最後目に映ったのは、闇夜の中で怪しく光るピンク色の瞳。

そして、飛んでいるかのようにビルからビルへと飛び移り、

羽をはためかせるアマリリスの姿だった。


――――To be continued















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