第2話 ようこそエンジョイ部へ!
結局、リンも混ざり喧嘩は一層激しくなる。
20分以上煙をたてながら取っ組み合いを続ける3人。
化粧ポーチやお菓子のゴミ、ペットボトルや鞄が空中を舞う中、
ただ眺めることしか出来ない。
終わりの見えない争いは、ナナミの一言によってあっさり終わった。
「結局、この巨人さんはどうだったのですか?」
争いは止まり、全ての視線が先生へと集まる。
「何?このデカいの」
「
目的を思い出し、先生の元へと戻るリン。
「この人は人間。エンジョイ部で面倒見ることになったの」
「え、やだ。めんどくさそう」
「そういうのは
「人間さんだったんですね。とってもおっきいですね!」
「なんでも他所に押し付けて、遊び惚けてるから廃部とか言われるんだよぉ」
「私たちの目的は学校生活をエンジョイすること」
「そうよそうよ」
言いたい放題である。
困り果てた様子のリンを見て、何かしなければと挙手する。
視線は先生へと集まる。
――とりあえず挨拶をしよう。
「よろしくお願いします!」
しばらく沈黙が続く。
失敗してしまったか……?
緊張の汗が流れる。
エンジョイ部の皆の反応は、、、
「まあ、よろしくお願いされないことはない」
「仕方なくよ。仕方なくね」
「元気一杯のワンちゃんみたい。可愛いですね。モフモフしていいですか?」
・ ・ ・
そうして場は一旦まとまり、リンの説明がされた。
「つまり、記憶喪失で仕事もない住所不定の巨人?」
「な~んか頼りなさそうね」
「
「先生は人間だって……。それに、クロちゃんもそこまで言わない」
自然と涙が出ていた。
女子校生によって己の現状を赤裸々にされ、自身の惨めさを思い知ったからである。
リンが咳ばらいをして場を静寂にする。
「それにね、先生は名前も忘れちゃってるの」
「「……」」
シロとクロの表情が少し暗くなる。
少しの間が経ち、クロは床に正座する先生の頭を撫で始めた。
「名前がないのは辛いし寂しい。だから私たちが、名前考えてあげる」
「そうね」
「名前もそうだし、寝る場所も用意しないとね。住所不定は事実だし」
「」
「本当はお家や名前もあるだろうから記憶を取り戻すのが一番だと思うけど。とりあえずね」
「背丈だけならまだしもゴツゴツしてるし、こんな人間ヴァリアスじゃ見た事ないわよ。何か重要人物だったりして迎えが来るかも?」
「誰も来ないからエンジョイ部で預かるんですよね?」
「」
「不法投棄?」
先生の精神がズタボロにされている間、リンは考えていた。
顎に手をあて唸り続けて数十秒。結論を出し、先生の手を持ち上げる。
「しばらくはうちで預かるよ」
「「「え!」」」
「リンちゃん……」
「それでいいなら私の家なら空き部屋がたくさんありますよ!」
「私たちの寮だって空きはある」
「だめ」
リンの声音は鋭い。
先生が見た限り部室で一度も出していない、二人きりの時に聞いた声と同じだった。
はっとして、それが勘違いであるかのように、彼女はいつもの声に戻す。
「元々生徒会長からそういわれてるんだぁ。ごめんねえ皆」
とりあえず今後の放課後は一緒に出掛けて、色んな景色を見て、遊んだりすることで記憶を思い出せないか様子を見ることになり、本日の部活動は切り上げ、帰宅することにした。
時計は19時を示している。
自分の記憶では暗くなってくる頃だが、未だ昼間のように明るく違和感を覚える。
そういうものだっただろうか。それすらも忘れているのだろうか。
「せんせ」
考え事をしながら歩いていたため、リンの声に気が付かなかった。
「まあ……、記憶を失くしてどうしたらいいかわかんないよね」
「……」
「シロちゃんとクロちゃんも、記憶喪失ってわけじゃないけど身元不明なんだあ」
「!」
「帰る家も、名前もない。その辛さをあの子たちは知ってる。
だから力になってあげたいんだと思う。なんとかなるよ」
リンは少し昔のことを思い出していた。
中学一年生の頃、とある探し物の為に立ち入り禁止地区を歩いていると、
崩壊したビルの瓦礫で体育座りをして雨宿りしている二人の少女を見つけたのだ。
ボロボロの布一枚を服にしている白髪と黒髪の子供。
リンがどうしたのかと近寄ると、白髪の子供は足元においていた身に余る大きさの鉄パイプをこちらに向ける。
「来るな!」
鉄パイプの重さに体をふらふらと左右に揺らしながらも、後ろにいる少女には手を出させないと必死に威嚇している。
それを気にすることもなく軽く手で払うと、リンは少女たちの身長までしゃがみ、優しい声音で質問した。
「君たちお家は?」
「……ない」
「名前は?」
「……ない」
「後ろの子も?」
「……」
無言のままコクリと頷く黒髪の少女。
「そっか」と優しく微笑むと、鉄パイプを離し、白髪の少女は黒髪の少女と逃げようとする。
「お腹、空いてない?」
そういってコンビニで買った六本入りのパンを差し出すと
二人は足を止め、こちらに向かってきたかと思うと
勢いよく袋を手に取り、そのままかぶりつく。
「袋から出さないとお腹壊しちゃうよ?」
「なら……出して」
鞄の中にしまっていた折り畳み傘を少女二人が濡れないようにと持ち、
片手で袋からパンを出し、手渡す。
パンを食べ終わり、「ありがとう」と丁寧な一礼をしてどこかへと向かう二人の背中にリンは呼びかけた。
「おいで、ここは寒いから風邪引いちゃう」
時は移り冬、二人の少女を家に匿っていたリンだったが、
生徒会長に頼んでいた入学申請が通り、二人に制服を渡す。
「今日から君たちはシロとクロ!」
「「?」」
指さした方を間違えたのかと、互いを指さす二人。
「ううん。髪色が白いクロちゃん。髪色が黒いシロちゃん」
「間違えてる」
「変だよ……」
でも、
「そっちの方が、特別じゃない?」
「「……」」
「「うん!」」
家を見つめ、いつかの二人の姿を思い出し微笑むリン。
扉に手をかけ入る前に、先生の方へと振り返り頭を下げる。
「ごめんなさい。貴方の事を信用してない訳じゃないけど、あそこは特別なの」
「……」
「本当は部室にだって入れたくなかった。生徒会とかセラフィムでどうにかすればいいのにって思ってる。これを先生にいう事自体が間違いなのもわかってる」
でも……。と続けるリンの目下になるように先生は屈んだ。
「あの子たちが大切なんだね。無理をさせたね」
「くっ……」
悔しそうで悲しそう、何とも言えない表情だった。
「なんで
そう言いかけて、続きを言うのはやめた。
言うべきことを懸命に探し、もう一度先生に頭を下げる。
「傍で見守らせてください。心配する必要なんてないって信じる為に」
「うん。頑張るよ」
家の中に入り親族に挨拶しようと探すも姿はない。
リンは一人で一軒家に住んでいるらしい。
余談ではあるが帰宅途中にも男性を探してみたが姿は見当たらない。
それどころか成人らしき人物さえ見つからなかった。
この世界は、やはり私の知っている世界と少し違う。
ヴァリアスの存在もそうだが、リンから説明されたこの世界のことも
知らないのではなく理解が出来なかった。
今や20時だというのに外は昼間の様に明るい。
気候も変わらない。リンが銃火器を携帯していても警察は見向きもしなかった。
似たような形をした別物。それがこの世界を見た感想だ。
――記憶を取り戻せば、全てわかることなのだろうか?
リンが作ってくれたハンバーグを食べ、お風呂もいただいた。
監視という名目上、リンのベットの下に布団を敷いて寝ることになった。
緊張のせいか、何もわからない不安のせいか、未だ差し込む光のせいか、深い眠りにつくことが出来ない。
起こさないようにそっと体を起こし、窓を開けベランダへと出る。
太陽の沈まない世界、それもまた気持ちの悪いものである。
人々は遮光カーテンを引き、眠りについている。
その灯りはなんの為につけているのか。ただ、夜のように過ごしている。
一人で考えれば考える程孤独は増し、自分の現状に嫌気が差す。
冷たい風が恋しい。暖かい風にどこか虚しささえ感じてしまう。
自分を知る者はどこにもいない。怪奇な目を向けられることの方が多い。
自分の目的もわからない。何を頼りにして生きていけばいいのかもわからない。
この世界にとって、私は異質な存在なのだ。
私は、
私は、、、
――私は、何者なんだ。
気が付けば涙がこぼれていた。
涙を拭う誰かに目を向けるまで、気づきもしなかった。
「先生」
「……。起こしたかな。ごめん」
少し怒った表情だったが、顔を見るなり心配そうにしている。
黙り込んでしまう先生を見つめ、リンもどうしたものかと迷っていた。
そして覚悟を決め、拳を強く握りしめ、歩み寄る。
「一人じゃないですよ」
抱擁する腕は優しく、暖かかった。
リンは反省していた。
何もわからない者が、皆から怪奇な目を向けられればどう思うか。
全てを失ったものがどれだけ弱く、心細くしているか。
それを誰よりもわかっているはずだったのに。
目の前の人もまた、同じ人間であると。
誰かが手を差し伸べなければいけないことを、わかっているはずだった。
未知への遭遇、それでも互いが信じ、歩み寄らなければ前には進めない。
何を信じたらいいのか、どうすればいいのかわからないのは先生も同じだ。
それでも歩み寄ろうと、どうにかしようとしていたのに。
「私が最初に信じなきゃいけなかったんだね」
リンの手をそっとほどき、目を見つめる。
「先生……?」
「明日の放課後、部室に行く前に一緒に生徒会室に行こう」
「え、あ、うん……」
見つめられることに慣れていないのか、肩を掴まれているせいか
リンの頬は赤くなっていた。つかんでいる肩が熱い。
「あ、ごめん」
相手が女の子であることを思い出し肩から手を離す。
「あ、いや……大丈夫……です」
近くの屋根からコンパクト双眼鏡で覗く何かが居た。
「やっぱり……1人占め」
「なんか近くない!?」
「リンちゃん!私たちが居ながらまだ足りないんですね!!!」
実は、何者かがいることには気づいていたが、それどころではないリンであった。
翌日の放課後、
先生とリンは生徒会室へ用事を済ませエンジョイ部の部室へと入る。
すると、そこにはサングラスと付け髭姿の3人がいた。
「やっぱり生徒会命令は嘘。先輩は先生を独占しようとしている」
「あんな真剣な眼差しで!いやらしいことしようとしてた!」
「うぅぅぅぅリンちゃん、ひどいですぅぅぅぅぅ」
腕を組み名探偵ですと意気込むクロ、鼻息荒くぷんすかと興奮しているシロ、
シュークリームのクッションを風を切りながら殴るナナミ。
エンジョイ部は混沌を極めていた!!!
「えぇ……、何がなにやらなんだけど」
「とりあえず、話をしよう」
今までは置いてかれていた先生だが自然に会話に混ざる。
そして、その必要はないと三人は先生に飛び掛かる。
「「「リン(先輩)(ちゃん)は渡(さない)(しません)」」」
3人にもみくちゃにされる先生。
「み、皆何を言ってるの!?」
「昨日の眠り時に二人で見つめあってた」
「全部見たんだから!」
「私というものがありながらぁぁぁ」
気配は薄々感じていたがその正体が3人だったこと、
昨日の少し恥ずかしい会話を聞かれていたこと。
リンの頭は機関車のように蒸気をあげている。
「何みとるのじゃー!」
ここに来た時と同じ光景だなぁ。
自然と笑っていた。
「今日の放課後は遊びまくる。独占はさせない」
「そうよ!抜け駆けなんて許さないんだから!」
「お仕置きが必要みたいですね!」
そうして、皆に手を引かれ、エンジョイ部の歓迎会もとい部活動が始まる。
「今日はゲーセンとカラオケ」
「何言ってるの!アクセサリー見に行くって約束でしょ!」
「私はス〇バいきたいです!今ス〇-ピーの限定コラボが」
「やっぱり、僕が疑わないと危なそうだねぇ」
3人に手を引かれ先へと連れていかれる先生を見て、そう思う。
「こらー!僕は猫カフェか水族館がいきたいぞー!」
そして、追いかけるように小走りで4人に飛び込むリンなのであった。
ホワイトボードの下に置かれた「ようこそエンジョイ部へ!」のプラカード。
大量の風船と部員専用のバッジが放置されたまま、宴が始まる。
――To be continued
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