第2話

「…んあ?」


昨日の配信。

長狭仁衛はカメラマンとして同行した。

見事、配信は成功に収まり、永犬丸弥士郎こと、シャロと細やかながら学生寮にて祝杯を行った後の事である。

目が覚める、そうして長狭仁衛がベッドの上から横を見る。

テーブルの上にはカップ麺が置かれていた。

長狭仁衛とシャロが購入した味噌ラーメンであり、それを食べた後に眠たくなった、所までは覚えていた。


「うーん…じんちゃんん…」


長狭仁衛が胸元の方に視線を向けると、黒髪を乱れさせながら、長狭仁衛の上に布団替わりに乗っかるシャロの姿があった。

ご丁寧に、彼の服装は黒を強調したロリータファッションから、キャミソールに着替えていた。

白い肌、すらりと伸びた無駄な脂肪も筋肉も無い体、丁重に美容に気を使っているのだろう。


並みの男であれば理性など一撃で吹き飛ぶほどに魅惑的な女性として目に写る。

何せ彼の肉体から溢れる香りは、男性ではなく、女性に近しい匂いをしていた。


「…シャロ、なあ」


が、長狭仁衛、シャロこと永犬丸弥士郎の幼馴染。

彼の官能的な行動に対して高い耐性を持ち得る、この程度の露出で長狭仁衛はシャロを襲う様な真似はしない。

彼の体を掴んで体を揺さぶると、ゆっくりと目を覚ますシャロ。

口を大きく開けて、猫の様に背伸びをした。

主に、腕を伸ばして背筋を逸らせ、尻を突き上げている様なポーズである。


「ん…あ、じんちゃん…え?なんでボクの部屋に居るの?夜這い?」


「夜だったらしてたけどな、今は朝だし、そもそも俺の部屋だよ、シャロ」


長狭仁衛は顔を上げたシャロの頭に手を伸ばす。

女性の様に細い髪が長狭仁衛の指の隙間に梳かれていく。


「ふぁあ…」


体を起こすシャロ。

長狭仁衛はベッドから出ると、早々とテーブルの上に置いてあったカップ麺を回収する。


「ごはんごはん…」


シャロはベッドから降りると、レジ袋から昨日食べそびれたおにぎりを取り出した。


「はい、じんちゃん」


長狭仁衛に向けておにぎりを手渡す。

それを受け取った長狭仁衛は、シャロの隣に座って、おにぎりを貪り始めた。


「…お前、何を見てるんだ?」


長狭仁衛は、隣で携帯端末を見ているシャロの方に視線を促す。

そして、聞き覚えのある声…いや、聞くと違和感を覚える声が聞こえて来た。


『それじゃあ、はい、えーっと…畏霊を、ぶっ殺しまーす…あ、いや言葉遣い悪かったな、えっと…討伐、します』


「…シャロ、何見てるんだよ…」


自分の畏霊討伐配信動画であった。

それを見られている長狭仁衛は途端に恥ずかしいと言う気持ちが浮かんでくる。

早々に、シャロから動画を見ない様に懇願するが。


「あのねえ、じんちゃん。ボクは、じんちゃんが好きだよ、だからこそ、じんちゃんが底辺配信者みたいな落ちこぼれる所なんて見たくないんだ」


ずばりと、長狭仁衛に指摘をするシャロ。

それを聞いた長狭仁衛は苦笑いを浮かべる。


「底辺配信者かあ…まあ、その通りだけど、さ」


「ほら、へらへらしないの、今まではじんちゃんの自由意志で配信させてたけど、今回は違うよ、ボクはみんなに、かっこいいじんちゃんを見せて上げるんだっ」


何処かやる気満々なシャロである。

長狭仁衛は、彼がそういうのならば、それに従うだけだった。


「分かったよ、シャロ。じゃあ、手始めに…まずは何をすればいいんだ?」


長狭仁衛は、シャロに聞いた。

それを聞いたシャロは指を一本立てる。

そして、その人差し指を携帯端末に向けると、シークバーを押して動画を巻き戻していた。


『あ、虫だ、ぎょあッ!』


宙を羽搏く虫を呑気に眺めていた長狭仁衛が、途端に虫が長狭仁衛の顔面に向かって来て超速で体を仰け反らせる姿を、シャロは何度も時間を戻してみていた。


「じんちゃん、取り乱すの珍しいよねえ」


「おいおい、恥ずかしいからやめろよ~」


長狭仁衛は照れながら、シャロにそう懇願するのだった。

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