第3話 消えた宝物
最初、碧燿が握りしめていた紙片は、義兄の
(でも、もう少し人目をはばかって欲しい……)
なぜか碧燿が引き連れる形になっている殿方ふたりは、背も高く見目良く、たいそう目立つ。皇帝やその
「卑しい者は誘惑に弱いものであろう。騒ぎ立てることか?」
読み終えたらしい藍熾の手から書き付けを取り戻しながら、碧燿は指摘した。
「窃盗の罪は確かに裁かれて当然です。が、証拠もなしに断罪するのは不当でしょう」
(宮女が盗んだとはひと言も書いていないじゃない。モノが何だか知らないけど、使うことも売り払うこともできないでしょうに、そんなことする……?)
宝物が失われた、ということは、盗もうとした現場を抑えたとか宮女の持ち物に紛れていたとかいうことではないのだろう。いったい何の根拠をもってその者を罰しようというのか、確かめないことには筆を持つことなどできはしない。
「管理していた責任というものもあるのでは?」
珀雅は、まだしも声を潜めて問いかけてくれた。目立たない、というよりは義妹の耳元に囁きたかっただけではないか、という疑惑はさておき──碧燿はやはり、首を振る。
「であれば、そのように記録しなければなりません。宝物がなくなった、奴婢が罰せられる。ふたつの事柄は本来はまったくの別物ですのに。──高貴な方の立ち入るところではありませんが、本当にいらっしゃるのですか? 虫もネズミも出ますけれど?」
話すうちに、彼女たちは後宮の薄暗い一角に辿り着いていた。物理的に建物の影になっているという意味でもあるし、陰の気が淀んだような雰囲気がする、という気分の上での意味でもある。罪を犯した宮女や
(まずは、捕らえられた宮女に経緯を聞かないとね)
できれば湿ってかび臭い獄を嫌って付いて来ないで欲しい、と思ったのに。藍熾は相変わらず傲岸そのものの態度で嗤った。
「獄など慣れている」
そうして、彼が帝位を得た経緯も
* * *
「私──殺されるのですか!?」
「まだ分かりません。もしも罪がないなら、助けてあげたいとは思っています。私のもとに届いた情報は、どうにも少なすぎるので」
こういう時、必ず助けるから真実を語って欲しいとか言えれば何かと滑らかに進むのだろう。けれど、先に藍熾に述べた通り、碧燿は罪は罪、罪人が裁かれるのは当然のことと考えている。自分自身に対しても、偽りを口にしてはならないと考えてしまうのは我ながら難儀な性格だと思う。
(弱い立場の者が罪を押し付けられることが多いのは、分かっているけれど、ね……)
「紛失した宝物とは何なのですか? 貴女に責任がある形でなくなったのですか? ほかに触れたり──盗んだりできる余地があった者は?」
「なくなった、のは……玉を連ねた
綬帯とは、帯から提げる装飾品のことだ。侍女や宮女が纏うなら色とりどりの組紐ていどになるのだろうが、さすが、妃嬪が身に着けるものとなるとものが違う。
(さぞ眩いのでしょうね……衣装も
牢の中、暗い視界に宝石の絢爛な輝きが閃いた気がして、碧燿はそっと瞬いた。そして、聴取を続ける。綬帯の様態こそ詳細に語ってくれたけれど、桃児は彼女の問いにほとんど答えてくれていないのだ。
「それで──その綬帯は、見つかってはいない、のですね? ならばなぜ貴女が捕らえられたのでしょう」
「仕方のないことなのでしょう。あの……先日、
これもまた、明瞭な答えとは言い難い。けれど、力なく俯く桃児は、言葉によらず彼女の置かれた状況を教えてくれているようだった。
(ほかの妃嬪からの嫌がらせ? で、公にはできないからとりあえず宮女を罰するということ?)
囚人をこれ以上怯えさせぬよう。それに、精悍で、堂々とした──宦官にはとても見えない姿を隠すべく、藍熾と珀雅は離れたところ、檻の内側の桃児の視界には入らない場所に下がってもらっている。そちらを咎める目で振り返ったりしないよう、碧燿は首のあたりに力を込めなければならなかった。
(
「ですから──私、
「それでは真実を闇に葬ることになるではないですか。少し黙っていてください」
桃児からは、もはや有益な情報を聞き出せそうにないと断じて、碧燿はぴしゃりと言い渡した。哀れな宮女は、媚びるような縋るような弱々しい笑みを凍り付かせたけれど、構ってはいられない。
この分では、姜
(
では──盗んだ上で、どこかに隠しておく、か。
「あ」
碧燿は、思わず吐息のような声を漏らしていた。それを聞き咎めて、珀雅が音もなく傍に寄ってくる。陰から現れた美丈夫を前に、桃児がひゃっ、と悲鳴とも歓声ともつかない声を上げる。もっとも、囚われの宮女には目もくれず、珀雅が覗き込むのは碧燿だけだ。
「どうした、碧燿? 何か気付いたのか?」
「ええ。
「……どういう意味かな?」
つい先ほどまでは、
「姜
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