第4話 鳳凰の正体
目的の場所に辿り着くと、珀雅は頼みごとの詳細を聞いて、再び顔を引き攣らせた。けれど、碧燿のたってのお願いに、折れた。持つべきものは義妹に甘い義兄である。
碧燿のお願いを叶えている真っ最中の珀雅を見上げて、藍熾がぽつりと呟いた。
「珀雅は我が
皇帝の側近に一体何をさせているのか、という非難めいた感想に、碧燿は肩を竦める。
ふたりの視線の先では、珀雅が楼閣の外壁に取り付いてよじ登っていた。後宮の建物には手入れが行き届いていないものも多く、けっこう
「宦官に頼むのもなかなか手間なのです。危険な仕事は嫌がられますし。その点、
藍熾が真実に頓着しないのは、
(だから、
珀雅は、余計なお荷物も連れてきた。その
「……お暇なのですか?」
政務は良いのかよ、の意味を込めて尋ねると、藍熾の口元が少し緩んだ。
「珀雅が鳥に
楼閣の、反り返った屋根のすぐ下まで辿り着いた珀雅は、今まさに
(今は雛がいるはずだから、それは怒るでしょうね……)
宮城に住まう鴉を
なお、鴉も生活の懸かったことだから諦めが悪かった。壊された巣を再建してはまた壊され、の攻防が何度かあった後に、今では人間のほうが諦めている。珀雅が戦っているのは、そんな執念深い鳥たちだった。
(頑張ってね、義兄様)
碧燿は、心の中で珀雅に声援を送るのに専念したかった──というか、なるべく藍熾と口を利きたくなかったのだけれど。
「お前の考えもまだ量り切れていないしな」
試す目で問われると、黙っている訳にもいかなかった。何しろ皇帝陛下のご下問だから、渋々ながら口を開く。
「
分かり切ったことを説明するのは面倒だった。けれど、藍熾はどうも後宮の妃嬪の暮らしに疎いのではないかという気がしてならなかったから、碧燿は懇切丁寧に思考の過程を並べる。
見上げた視線の先では、珀雅が頭を狙う鴉を追い払ったところだった。片手で危なげなく壁に取り付いているのは日ごろの鍛錬の賜物だろう。
「だから、目的は品物ではなく、単に姜
「その辺……」
「といっても、人目につかないような茂みの中とか、多少は土に埋めたりとかしたのかもしれないですが。でも、人でないモノには見つかるような場所だったのでは、と」
鴉は、光る物を集める習性がある。玉を連ねた豪奢な綬帯を見つけて、さぞ喜んだのではないだろうか。翼ある鳥に持ち去られたなら、人の目には消えた、としか言えない事態にもなるだろう。
「……だが、持ち去ったのが鴉とは限るまい。ほかの鳥や獣、後先考えぬ人間かもしれぬ」
もちろん、眉を寄せた藍熾の疑問ももっともなこと。後宮の広大な庭園に生息する鳥獣はけっこう多いし、人もしばしば愚かな理不尽をしでかしてしまうもの。ただ、それに対しても碧燿は一応の答えがあった。
「それは──」
けれど、それを口にする前に、高みから降る眩い輝きが碧燿の目を射った。楼閣の上階にて、鴉に
* * *
無事に地上に戻った
「
「何……?」
「鳳凰を見たとの証言は、
「……愚かなことだが、無知な女ならあり得るのかもしれぬな」
藍熾にとっては、たぶん碧燿も愚かな女のひとりであって、その言い分を認めるのはたいへんに不本意なことのようだった。けれど、日の光のもとで宝玉の輝きを前に、否定することもできないのだろう。これが空にあった時にどれほど眩しく不可思議に見えるか──それこそ特に愚かでなければ、容易に想像できるというものだ。
「些事をこと細かに記録するのにも、それなりに益がございますでしょう」
先に
「ま、これでお前も気が済んだのか? 鴉の仕業と分かれば、あの宮女も助かるな?」
鴉の
「その点は良かったですが、まだ気は済んでおりません。そもそも綬帯を盗んだ犯人が判明していないではないですか」
* * *
夜伽をしたことがある
「わたくし、
美しい容姿を美しく飾り立てた姜
「絹と真珠は日光に弱いでしょう。大事なお品を、そのような扱いをするものですか?」
「たまたまそういうこともあるでしょう。わたくしの迂闊だったの」
「犯人を突き止めれば、相応の罰がございましょう。報復など考えてはその御方の立場がさらに悪くなるだけ。何を躊躇うことがございます?」
姜
「私がうるさく聞いたから、ということになさいませ。勝手に調べ回ったのだと。そうすれば遺恨は私に向かいましょう。
「お黙りなさい。彤史ふぜいに何ができるというの。余計な真似はしないでちょうだい」
震えてはいても鋭い声で言い放つと、姜
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