非凡さの観客
彼は目立たない存在だった。彼の前の席の私だけが、気がついているようだった。
授業が終わるといつの間にか居なくなっている。部活をやっているわけでもないらしい。クラスに友達がいる様子もなかった。
テストを回収したときに答案が見えてしまったことがあるが、埋まっているのは一部で空欄が目立った。
進学校であるうちの高校で、彼のような主張や覇気のない生徒は、珍しい存在に映った。
ある日、中学の友達と遊んだ帰りに、駅前で彼の姿を見かけた。
彼はボランティアとして動物愛護を呼びかけていた。
普段であれば、街中でクラスメイトの意外な一面に出会ったところで、見ない振りをして過ぎ去っただろう。
その日の私は何かがおかしかったのだ。
いや、白状しよう。私は彼に、同じ埒外の親近感を抱いていたのだ。
話しかけると、彼は見つかってしまったかという顔をした。
彼は恥ずかしがりながら話し始めた。
普段からこのような活動をしていることや、土日はこうして街頭に立って支援を求めたり、都内の動物保護施設で犬や猫の世話をしたりしていること。
学校のみんなには秘密と口封じされたが、別に表に出せばいいのに。
帰りがけに、良かったら里親にとも言われたが、集合住宅であるうちでは難しい。営業熱心だなと思ってしまった。
学校でも度々彼と話すようになった。
最初は彼の活動についてだったが、次第に他愛もないことも言い合うようになった。
一緒にテスト勉強したときに、彼は、普段勉強していないだけで、どうやら頭は良いらしいと気がついた。
彼は数学がてんで駄目な私に一通り教授した後、三角関数は経済や経営でも使うからと遠慮しながら言った。
3年に上がってからクラスも離れ、大学受験の本格化に伴い、以前のように彼と話すことはなくなった。
将来特にやりたいことのない私は、偏差値的に射程圏内にあった東北地方の大学を受け、無事に合格を勝ち取った。
彼は、専門学校で経営を学びながら、以前から関わっていたNPO法人の活動により一層力を入れるそうだ。場所は、東京。
卒業式で決意を胸に微笑む彼の瞳に、私の姿は映っていない。
私は、彼に憧れていたのだろう。
彼への想いに別れを告げ、新生活の準備をすることにした。
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