健康的花瓶

家に帰ってきたので、早速花を活けてみることにした。

近所の無地の家具や小物が売っている店で、「健康的花瓶」というやや怪しげなアイテムを、妻の反対を押し切って買ってみたのだ。

花瓶は有機素材でできており、少ない肥料で水栽培ができるらしい。また、再生可能素材でできているので、地球にも優しい。

付属説明書いわく、小さな生態系を花瓶に作るそうだ。なんだか難しいが、「健康的」とはそういうことを指すらしい。


ヒヤシンスは大きく花を咲かせ、日々の生活の彩りになった。

妻や娘がとても気に入ってくれて、家での話題は花ばかりだ。

以前までのどことなく気まずい雰囲気は、緩和されたどころか消し飛んでしまっていた。

花の香りが清涼剤となって幸せを運んできてくれたようだ。

娘と、チューリップと追加の花瓶を買いに行く約束をした。

中級者にはチューリップがいいらしい。

二人で出かけるのなんていつぶりだろうか。学校や部活、塾の話もできるかもしれない。


数ヶ月が経った。

ある日、家族旅行で何日か家を空けて帰ってきたところ、玄関の花が倒れ、花瓶がなくなっていた。

一度ドアを閉め、妻と娘を車に戻らせてから、改めて玄関の奥を覗いてみるが、人の気配は感じられない。

何かが家中を這いずり、動き回っていることに気がついた。

虫だ。

真っ黒い虫だ。

それも、大量にいる。

私は混乱した。すぐにその場を離れることで精一杯だった。


後日、報道関係者を集め、販売元・製造元より会見が行われた。

「健康的花瓶」は、仮死状態の微生物を素材に組み込んでいたのだ。

瓶内で、有機的な作用を励起させることで、低肥料という魅力的な機能を実現していたのだ。

しかし、開発者の予想を超えて、微生物は、活けられた花を育てながら、同時に、花からエネルギーを得て仮死状態を脱し、しまいには虫のように目視できるまでの大きさに成長を遂げたらしい。

あの日、花瓶から生まれた巨大な微生物を私は目撃したのだ。


家中花だらけの日々は終わりを迎えた。

私たちは今、家から少しのところにある、区画レンタルの畑に来ている。

誘ってみたらと言ったところ、娘の部活の子も来てくれた。仲良しらしく、よく花の話をするらしい。

みんな、今度からはここまで来て、花を育てればいいんだ。

私は晴れやかな気持ちで、種を蒔き始めた。

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