ヤリ注射

久々に帰ってきた地元は、以前のように冴えない匂いがした。

この春から強豪校に野球留学したものの、上下関係や非効率なやり方に馴染めなかった俺は、秋の代替わりを待たずして退部。

それはすなわち退学を意味し、地元に強制送還と相成った。

最悪の地元、最悪の人生。

手持ち無沙汰の俺は建設業のバイトを始め、怒鳴られながら毎日をこなした。これもやはり、最悪の職業だ。

何にも満たされない悶々とした日々を過ごす。

一度コンビニで昔の彼女と出会ったが、一瞥した後、声もかけられなかった。

ここを離れる前はあれだけ応援してくれたのに、負け犬には興味がないらしい。


ある日、両親から病院に行くように言われた。事前問診票には予防接種とあった。

その予防接種は、体質・DNAによって受けなくてはならないはずだ。俺が該当者だったとは、最悪だ。

特徴的な針は、先端は鋭く尖っているが、根元に行くに従い、目視できるほどに経が増しており、そこから「ヤリ注射」と呼ばれている。

はるばるやってきた山奥の大病院での施術は、最悪だった。

何が君くらいの年齢の子が平日の昼間に来てもおかしくないからね、だ。

ツンツンと何度か針で突かれたと思ったら、くいっと深く突き刺され、接種が終わった。


近頃はやけに体調が良い。

現場で怒鳴られることも減ってきたが、怒鳴られてもまるで気にならなくなってきた。

慣れだろうか。まあ元々こんなものだったのだろう。

しかし、新しく入ってきた作業員は明らかに手つきが危ないものだ。

間仕切りボードの持ち方を教えてやらないとな。怒鳴ってやった方がいいだろうか。

新しく勉強も始めた。周りからは一年ばかり遅れることになるが、これから高校に通って取り戻せばいい話だ。

うまくはできなかったけど、俺だって人並みはできるはずだ。



「――以上が、被験者ナンバー0083741の記録映像です。なお、繰り返しになりますが、情報の取り扱いにはご注意ください」

スクリーン横で中年男性に囲まれながら、研究者が言った。いわゆるレクだ。

YARI接種、通称ヤリ注射は青年期の挫折や葛藤に効能があるとされる。些細な苦しみから解き放たれ、あらゆる作業能率が上がるのだ。

YARI ―― Youth and Adolescence Reconciliation at Irreversible(青年期・思春期における不可逆な妥協)理論は、ワクチンとして製品化され、このように精神の未熟な若者に使われてきたのだ。

「で、使えるのかね」


我が国の武器は昔も今も人材資源だ。

しかし、近年は人口は目減りし、新たな産業や科学技術の開発は失敗していた。

そこでお偉い方が思いついたのが、YARI接種だ。

つまり今後の打開策は、教育や研修といったソフト面ではなく、人の感情というハード面を変えてしまえ、ということだった。

YARI接種の若者への全面展開は成功した。

若者はくよくよしないで勉強する。

若者はうじうじしないで仕事に打ち込む。

若者は――。

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