第一章 第三節 サウデリア王国
サウデリア王国。
人間界、南西に位置するその国は大半が砂で覆われた大地で年間を通して真夏の国である。
また、海に面して街々が広がる。
主に海運業や塩の産地として知られ世界中から多くの船が行き来する港町である。
統歴384年、冬。
今日もサウデリア王国は熱き陽射しに苛まれていた。
サウデリア王国の王都シャモニスでは今日も多くの人々が往来している。
街はほぼ復興して、昔の活気を取り戻してきてる。
ここを数十年間もの間、魔物が支配をしていたが魔物たちがいなくなってやっと人間の暮らしが戻ってきた。
今日は聖王国から聖騎士様がくるとかで市場が騒がしい。
なんでもレシア聖教きっての聖騎士らしく、戦争では魔将の首を何個も落としたとかで英雄と呼ばれているらしい。
ここから魔物がいなくなって1年近く、サウデリアは平和そのものだ。
帝国や聖王国はまだ魔王軍とどんぱちやってるみたいだがサウデリアは兵の派遣そのものを辞めている。
戦争で魔王軍の支配域が広かったサウデリアだがその大半は砂漠で俺たちはオアシスに逃げていたおかげで多くの人間が生きのびた。
王都や港町に戻ってきたときは酷かったがここまで復活した。
今更、聖騎士様がくるってことはさしずめ魔界への志願兵を集めにきたか、物資の搾取だろうな。
実際、魔王軍と戦ってるのは帝国と聖王国で大量の年貢でサウデリアは見逃してもらってるようなもんだ。
殺戮が起きてないってだけで支配されてるのはかわらない…
「メルダン!ふけってないでこっち早く運んでくれ!」
親方か。聖騎士様がくるおかげで余計な仕事が増える。
港に塩樽をいつも以上に運ばなきゃならんし。
王都シャモニス、断崖につくられたせいで馬や牛が使えないのも難点だ。
塩樽を肩に担いで坂を下る。
ガキどもは聖騎士様がくるってはしゃいでやがるよ。
戦争では一番にサウデリアを見捨てたくせによ。
いつも以上にサウデリアの兵士も外にみかけるな。
通りざまに聞こえてくる英雄アーラスの名前。
誰もが憧れるってことなんだろうけど、ホント呑気なもんだぜ。
しっかし暑いな。今日は一段と。
さっさと運ばないと親方がうるさいし急ぐか。
たしか港に停泊中の輸送船行きだったな。
どれだ?今日は船が多くて分かりづらいな。
「なぁ、リャードフ領行きの輸送船はどこだ?」
すれ違い様の船乗りっぽい男に聞いた。
「リャードフ?
あぁ、それなら15番の船着き場に泊まってたな。」
「そうか、ありがとうな。」
15番か。船着き場なのにこんな人がごった返してると歩きづらいな。
樽を運んで15番に向かう。
ここか?船守が誰もいないぞ?大丈夫なのか。
とりあえず、間違いはなさそうだし置いておくか。
よいしょっと。
ふう、これを今日中に終わらせるとなるとあと五回は往復しないとだな。
シャモニスの上を見上げるとやる気が失せる。
はぁ。午前中に3個は入れとかねぇとな。
そういえば人の流れが街道の方にできてるな。
流れに反ると大変だ、流れに乗って裏道から集積場に向かうとするか。
「聖騎士様が着いたみたいだぞ。」
「早く行こうぜ!英雄アーラス。人目会っとかないと人生の損だぜ。」
「それほどかよ。」
英雄アーラスが着いたのか。何用なのか知らんが面倒ごとだけは持ち込まないでほしいもんだぜ。
裏道を抜けて坂と階段を上っていく。
何本か路地を抜けるとほとんど人がいない。
ほとんどの人が街道の大通りに出てるんだろうな。
今のうちには運べるだけ運ぶか。
坂を登る足を早めて戻る。
透明化の秘術と気配偽装の秘術を使って南西の羅門を抜け、最寄りのオアシスまで飛んできたがここまで人影がなかった。
この辺りは昔は集落があったと聞いたんだが。
一年も経てば変わるか。
たしかここはサウデリアとかいう国だったな。
戦争の南方戦略だとあの羅門から進軍してたはずだから羅門周りは軍でごった返してると思ってたが…
地図を見るからに海辺に人里があるみたいだからそこまで行かないと情報は得られそうにもないか。
完全に人間界との情報を途絶えさせてたのがここにきて裏目だな。
魔界に進軍してくる聖騎士たちは帝国と聖王国の連中が多いからな。
緊張状態が続いてる国よりはこっちのほうが動きやすいと思ってきたものの人がいなさすぎたな。
もう少し飛んで海側まで行ってみるか。
瞬間移動の秘術は一度行ったことのある場所に限られるから動けるうちに範囲を広げておかないとな。
サウデリアの砂漠を小一時間ほど飛んだがやはり人里はないな。
途中、元は集落っぽいところがあったが人はいなかったし、あるのは墓ばかり。
戦争が下火になってここはうちの軍も完全に撤退して駐屯地だったところも完全に破棄されてるか砂に埋もれたかで発見できない。
ここをまた攻めるってなったら一筋縄じゃいかないだろう。
この環境だ、行軍だけで多くの命が失われることは目に見えてる。
先代魔王は南部から侵攻をしていたがなぜだ。
なぜ、わざわざ損害を増やすようなやり方を…
とりあえず今は話しの通じる人間と会って例の村を聞くか、あわよくば和平をその場で結んで物流の条項が締結でもできればいいが。
まずは、海沿いを目指すしかないか。
さらに空を飛びサウデリアの大地を進む。
これは魔界よりも酷いまであるな。これじゃ作物なんて全然育たないだろうに、ここの人間はどう生きてきたんだ。
魔王になって人間界にくるのは始めてだ。
少し気分が高揚しているのかもしれないな。青く広がる空に轟々と光る太陽。
魔界とは雲泥の差だ。
そう思っていると地平線上に切り立った岩山が見えてくる。
そのまま飛び抜けるとそこには広大な海が見える。
綺麗だ。
そう感じた。
岩山を見ると切り立った断崖に多くの建造物が立ち並び、海沿いにはたくさんの船が停泊している。
ここは、街なのか。
岩山の上には一際大きな建物が建っている。
あれは、城か?
とりあえず降りてみるとするか。
城らしき建物の庭部分に降り立つ。
「誰かいらしたの?」
不意に声をかけられる。
降りるときに人影は見えなかったが。
振り返ると車椅子に座る人間の少女がそこにはいた。
「いるのでしょう?」
どうやら目が見えないようだ。
都合がいいな。
「私は客人だ。ここの領主と話しがしたい。」
「お客様?領主、父上とですか?」
「そうだ。」
「父上は今日とても大事なお話しがあると言っていましたが、貴方のことでしたか?」
元々、なにか話しがあったか。
まぁいい先に俺のために時間を割いてもらおう。
「そうだ。」
「そうでしたの。すみません、わたくし、この通り目が見えませんので。
今お呼びしましょう。」
そう言うと少女は手に持っていた鈴を鳴らす。
しばらくして建物から一人の召使いだろうか、男が駆け寄ってくる。
他に見られると事が面倒だな。幻影の秘術でここは人間に見立てるか。
「お嬢様、なにか?そちらの方は?」
「父上の客人がいらしたようなの。」
「客人?アーラス公のはずですが。そちらがアーラス公と?」
「そうだ。」
「ふむ。アーラス公がお一人で?」
召使いの男が腰の剣に手をかける。
「そうだ。人混みに捕まると厄介だからな。
一人他と離れきたのだ。」
「しかし、なぜわざわざお嬢様のところへ?
王陛下の元へいらっしゃればよいものを。」
ちっ、ここはサウデリアの王都だったか。
だがまぁいい。話しのわかる王なら早く終わる。
「一言挨拶をと思ってね。
噂通り可愛らしい姫君だ。」
「そうですか。」
そう男が言うと走りだし剣を抜く。
「お嬢様のことは口外しておらぬ!貴様何者だ!」
クソ、きて早々地雷踏んだか。
男に対して重力操作の秘術で男を地面に伏させる。
「ひ、秘術か。魔物め。お嬢様を、やらせは…」
なんとか気を失わせれたか。
「貴方、魔物なの?」
幻影の秘術を解く。
「我が名は、グラディウス。悪いが王と話させてもらう。
王はどこだ?」
少女を持ち上げ威圧する。
だが臆した様子はない、
「今さら魔物がサウデリアに何用なのですか?
また、この国を滅ぼそうと?」
「滅ぼそうなんて気はない。子供と話したところでなにも変わりはせん、王の場所を吐け。」
「わ、わたくしはサウデリアの王位継承権第二位、メディア・ソフィエンティスです!
この手を離しなさい!」
この少女が王位継承権第二位か。 目が見えないなら国のお荷物ということもあるか。
しかし、王家の者なら交渉の材料に使えるか。
手荒なことは起こしたくなかったがこれも無駄な争いをこれ以上しないためだ。
「激しい物音がしたぞ。こっちだ!」
奥からさらに武装した衛兵たちが数人くる。
「き、貴様!メディア様になにを!」
「魔物がのこのこと1人このシャモニスに来るとはな。」
「メディア様を離せ、さすれば貴様の命は保証するぞ!」
この近衛たち、素人か。槍を持っているが力をが入ってない。槍使いのオーローを間近で見てきたからわかる。コイツらは民兵だ。
魔物を見るのも始めてって顔だな。
爪を突き立てメディアの首元に近づける。
「王女の首が飛ばされたくなければ我を貴様らの王の元へ案内せよ。」
「くっ、」
メディアを人質にとり屋内へと入る。
衛兵たちに囲まれてはいるが物理攻撃無力化と秘術無力化の体質をもつ身としては大抵の攻撃では傷ひとつつくことはないだろう。
俺だって魔王の身。ある程度の力がなければその座にいることはかなわない。
嫌でも先代魔王レガシィの子だからな。
ここはサウデリアの城だったのか。
やけに窮屈な場所だが地形的には外敵からの攻撃にも強い要塞都市ということだろ。
飛行能力を持つ魔物にとっては些細な問題ではあるが。
城内の広間に通される。おそらくここが王の間なのだろう。
「魔物め!さっさとメディア様を離せ!」
衛兵を横目にメディアを投げ出す。
衛兵数人がメディアを引き取る。
そして、すかさず他の兵たちが剣と槍を俺の首のまわりに向ける。
「私がサウデリア王国、国王シャルドネ・ソフィエンティスである。
魔物が一匹、城にくるとはいい度胸であるが、
理由はなんにせよ、娘メディアを人質に取るということは死罪にあたる。
衛兵たちよ、即刻その忌まわしき魔物の首を討ち取るのだ!」
クソ、交渉の余地は全くなしか。
手荒だがここまできた以上簡単に引くわけにも行かない。
ソウルダウン。
周囲を漆黒の影が包み込み、衛兵たちが倒れていく。影の範囲内のいかなる生物の魂を消失させる秘術。
衛兵たちは魂を失い無気力に倒れ込む。
命まで取る気はない。悪く思うな。
シャルドネが一歩立ち退く。
メディアは部屋の隅からこちらを感じているようだ。
「王の前でそのような蛮行。生きて国を出れると思うな。
今さら、今さら魔物が国土を荒らすことは私が許さぬ!」
シャルドネが剣を抜き斬りかかってくる。
振りかざされた剣を指で止める。
シャルドネが俺を睨みつけ剣に力を入れるがびくともしない。
「まぁ、待て。我は別に再び戦争をしにきたわけではないのだ。
話しを聞いてほしい。
我は魔界を統べる魔王、グラディウス、本人である。
我はこの魔物と人間の争い、止めたいと考えている。」
指で抑えていた剣を割りシャルドネを退かせる。
シャルドネが剣を床へ投げ捨てる。
「魔王、グラディウスだと。
新たな魔王がわざわざ一人サウデリアにくるはずがない。
魔王グラディウスは人間に負けた。魔界に立て籠もることしかできない最弱の魔王だ。」
「最弱だろうが腰抜けだろうと言われて構わない。
必要なら我は、この魔王という座を捨てることも辞さぬ。
貴様ら人間はこの争いに終止符を打つ気はないのか?」
「サウデリアは今まで魔物たちに犯された様々な悲劇を忘れることも許すつもりはない。
貴様が魔王というなら、ここで死ねい!
詠唱、万物を爆ぜさせる怒りの焔よ。サウデリアの王シャルドネが願う。秘術、ボルテックスフレア!」
シャルドネが詠唱をすると轟炎の火球が形成され辺りを爆炎が覆う。
秘術無力化の体質で一切のダメージを覆うことがないが、これは、人間にしてはかなりの秘術だ。
驚きだな、本来秘術は魔物の専売特許のようなものだったがこれ程の威力。魔力も相当な消費だろう。
爆炎が落ち着き周囲が煙で覆われる。
「はぁ、はぁ、バカめ。
魔王が口ほどにもないな。サウデリア国王を舐めるなよ。」
「魔力を無力化する程度は魔王の常識だ。
悪いが貴様の秘術は、役に立たなくなった衛兵たちを消し炭に変えただけのようだったな。
これで理解しただろう?
我が魔王であり。人間が及ぶことのできない絶対的存在であることが。」
シャルドネが膝から崩れ落ち、涙を浮かべる。
「せっかく、ここまで復興したのだ。
民は民だけでも救ってくれ。せめてメディアだけは必ず!」
「さっきから申しているが我々に争いを起こす気はない、殺戮もだ。
我々が今まで行ってきた蛮行を許してもらう気もない。だが、今、再びあの災禍を繰り返さぬためにも人間たちの力が必要なのだ。」
「父上。今、目の前でなにが起っているのかわたくしにはわかりません。
ですが、わたくしも人間と魔物、双方わかり合えると信じています」
「メディア。しかし、」
「理解しかねることもわかる。だが、この幾年にも続く戦争、もう辞めにしたい。協力してくれ。」
「ふっ、頭を下げる魔王なんざ始めて見たのぉ。
だが、人間と魔物の和解なんてものはありえぬことだ。
サウデリアは魔王軍撤退後はことに不干渉だった。願わくばこのままでありたい。」
「。。。
よかろう。互い羅門を封じ。不可侵条約を締結しようではないか。
我は魔物一匹サウデリアの羅門を通すことを許さぬ。ことが起きれば我自ら同胞の首をはねるとしよう。」
「魔王グラディウス。私も誓おう、いかなる者も羅門を潜らせまいと。」
本当は物資の供給や人材の相互派遣も結びたいところだが、和平への第一歩として不可侵条約は大きな前進だな。
虚空から条約書とペンを取り出しサインした。
シャルドネも黙ってペンをとりサインを終えた。
「なんという一日だ。
アーラス公がくるという日に魔王グラディウスが来てしまうとはな…
戦争の早期集結は私の願うところだ。」
「我もだ。」
今日はこれで引き上げるとするか。
内政はもう少し頑張る必要があるな。
種や肥料、人材も足りてないが少しずつ増やしていくさ。
水やらは秘術でなんとかなるだろうしな。
「シャルドネ王、いずれはまた会う日がくるだろう。」
サウデリアの羅門まで瞬間移動の秘術で戻るとするか。
…
おかしい、秘術が発動できない。
魔力は高まるが発動を制限されているのか。
魔力をオーバーフローさせれば可能だろうがそれだとここいら一帯全てを破壊してしまうからな。
背に魔力を集中させ漆黒の翼を具現化する。
魔力の顕現はできるようだな。
しかし、秘術を制限させるとは強力な結界のようだ。
ついさっきまでは秘術に問題はなかった。この一瞬で結界を気づかれず張るとは。
一体誰が?
「魔王グラディウス。貴様を討つチャンスがこうもやってくるとは驚きだ。
貴様のその首、今貰い受ける。」
誰だ。あの装い聖騎士か?
たが、並の聖騎士ではないな。人間でありながら魔物、それも上位魔族以上の魔力を感じる。
さらに星皇剣か。
古来より魔王の一族に苦戦を強いらせた伝説の剣の一本。
今や現像しているとはな。
「アーラス公!」
アーラス。なるほどシャルドネが本来会うと言っていた人物か。
秘術を制限されている今、使い魔である俺にはかなり不利な状況だがいかなる攻撃も俺の前では無力。
「覚悟しろ。魔王グラディウス!」
アーラスが飛び込み星皇剣を振るう。
右腕の甲で抑えるも腕が切断される。
なぜだ、俺は物理攻撃を無力化できるはず。
結界の効果か?いや、それはない。どうなっている。
腕を魔力の顕現で元に戻す。
「俺はあらゆる無力化耐性を無力化できる秘儀リザーブラウンダーが使える。
秘術と無力化耐性を失った貴様はもはや敵ではないということだ!」
なるほど秘儀か。
人間に与えられた魔物に反撃する力。魔力を持たなくても秘術同等の奇跡を起こすといわれるやつか。
近接戦は苦手だが今、ここで俺は倒れるわけにはいかない。
魔力を具現化させ漆黒の剣を両手に持つ。
再びアーラスが斬りかかってくる。
凄まじく速い連撃。このままでは‥
「受け流すのがやっとて感じだ。
魔王といえど最弱。この程度か。
そろそろ終わらせるぜ。」
アーラスが攻撃の姿勢をとり稲妻の如く俺の胴体を貫く。
ぐっっ!
まだ、まだ倒れるわけには!
損傷した部分に魔力を廻して回復をするがアーラスが轟雷のように身体を切り裂きにかかる。
魔力をオーバーフローさせるしか…
「そうはさせない。
聖秘術、プロテクションアーセナル。」
なに!?オーバーフローさせた魔力が封じこめられ間近で爆発する。
魔力耐性が高いのが幸いして助かったが、再び魔力を高めるのに僅かだが時間が、
「逃さない。
雷斬!」
アーラスの胸に星皇剣が斬り込まれ、肩へかけて斬り裂かれる。
はぁ、はぁ、こんな、ことでやられるわけには…
魔界を、残して、今!
アーラスが水晶を近づけ、星皇剣がグラディウスの首を切り飛ばした。
そんな。
俺はここで死ぬのか。せっかく、せっかくここまできて。
ファラク。俺は、俺は死に急ぎすぎたのか。
すまない。魔界は俺が、必ず豊かにすると言ったばかりに…
視界が白くなり意識が消えていくことに抗うことができなくなった。
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