第一章 第二節 北部連合

統歴384年、冬の月。


 アクレシア聖王国軍率いる聖騎士団が魔界への尖兵として送り込まれたが1ヵ月が経とうとも生還者は誰一人として現れなかった。


 アクレシア聖王国内では反戦運動が活発化するなかレシア聖教の教祖ゼウシアは聖教と聖王国のより団結を呼びかけるのであった‥


ーーー


魔王グラディウスはキラドゥ山脈より北部に位置するノーギラス地方の北部連合陣地へと向かった。


 俺には瞬時に任意の場所に移動できる秘術があるから一瞬だ。


 着いたか。

 なんというか、陣地というよりも一種の街レベルだな。ノーギラスは元々荒廃が著しい地域でもあるからここまで発展させてるってことはなんだかんだ上手くやってくれてるってこと、なんだよな。

 ざっと街を見回して思ったが、やはり食料は少そうだ。

 街に降りてもっと見回さないとわからないか。

 ここはまだ魔王ってバレないように魔力を制御しておかないとな。

 

 やはり飲食店の価格も馬鹿にならない。

 質も悪そうだし、西側の牧草地からもっと物資の供給をしないとこの状況はかわらなさそうだな。

 

 それに、ファラクから聞いてたけどそこらじゅうでケンカがある。

 北部連合の連中自体、血の気が多いのは知っていたが‥

 ケンカというより殺し合いだ。

 広場でのは酷いな。流石に止めないとあのウルフ族死んじまうぞ。

「おい、止めないか!腕が千切れそうだぞ。」


「あん?なんだオメェ。」

 目つきの悪いウルフ族が睨みをきかせてくる。


「こっちのウルフ族、もう瀕死だ。

 ケンカでも限度というものがあるはずだが。」


「けっ、使い魔は黙ってろ。テメェの首を噛みちぎるぞ。

 おい、お前殺す。」

 グキという音と共に自ら腕を引きちぎり一方のウルフ族に殴りかかる。


「おぉ、せっかくの飯だぜ。粗末にしちゃあいかんな!」

 パンチが顔にえぐりこみ負傷しているウルフ族をふっ飛ばした。

「ふっ、この俺にケンカを売るのはちと早かったな。

 この腕もらっていくぜ。」

 ケンカに勝ったウルフ族が負傷したウルフ族のちぎれた腕を拾い上げる。

 そのまま口につけようとした‥


 「貴様、そこまでだ。その腕をこっちによこせ。」

 流石に魔王として振る舞わないと聞いてくれはしないか。


 「あん?なんだオメェ。まだいたのか?

 オメェもこれがほしいってか?

 俺が食い終わったあとの骨ならくれてやってもいいぜ。」


 「調子に乗るな。」

 抑制していた魔力が解放されていく。

 身体の周囲に溢れ出した魔力がオーラとなって満ちていく。


 「あん?やんのか?

 おもしれー。使い魔ごときがウルフ族に盾突こうなんざ愚かだってことをなぁ‥」


 「愚か者がどちらか、教えてやろう。

 貴様が前にする世は、この魔界を統べる魔王。

 グラディウスである。」


 ウルフ族が慄きながら言う

 「は、ハッタリだぜ。

 魔王なんざがこんなとこに来るわけねぇ。

 魔王グラディウスは腰抜けの間抜けと聞くぜ。」


 「腰抜けの間抜けかどうか見極めてみるといい。」

 両手から深淵の魔力をハルバート状に具現化させる。

 それを瞬く間にウルフ族の両端へ投げつけ、間入れず間合いを詰め、ウルフ族を片手で地面へと倒しこむ。


 「ぐへぇッッ」

 振動で宙へ投げられたウルフ族の腕を取り負傷したウルフ族のもとへ向かう。


 ウルフ族は息を切らし今にも気を失う直前の様子だ。

 腕をもとの位置へと繋げ、回復の秘術で傷を癒やしていく‥

 

 「ハァ、ハァ‥テメェなんの、つもりだ、

 ウルフ族同士のケンカに水をさされるのは恥だ。」


 「その様なプライドはもう必要ない。

 ケンカそのものに意味はない。

 ましてや命をとろうなんてものにはな。

 もう動くな、傷を治したといえ出血が酷かった。」

 まわりにかなり野次馬が集ってしまったな。

 「我は魔王グラディウス。

 汝らに我は宣言したはずだ。

 魔物が住み良い世界の実現させると。仲間同士で争う必要があるか。

 協力して共に歩むことはできないのか。」

 野次馬たちがざわつく。

 広場に向って走ってくる集団がいる。


 「おい、道を開けろ。どけ。

 クソ、なんの騒ぎだ。あん?」

 剣を背負った大柄のウルフ族と部下と見られるゴブリンとウルフ族が一緒にいる。

 「なんだ。ケンカか?ったく俺様を呼びつけたヤツぁどこだ。

 俺様だって忙しいんだぞ。

 テメェか?この騒ぎ起こしたヤツぁよ!

 面よこせや!

 そこの使い魔だよ!」


 顔をあげウルフ族のもとへ向かう。


 「見かけねぇ顔だ、な、‥

 うっ‥」

 なにかに気づいた様子で大柄のウルフ族は片膝をつき頭を下げる。

 「こ、これは魔王様。とんだ無礼を。

 まさか、こんなところにいらっしゃるとは。

 一つご連絡をいれてくれれば迎えを送ったのですが。」


 「よい。お前が族長か。ここのあたりはゴロツキ共を集めて北部連合を形成していると聞いたが。」


 「えぇ。俺さ、わたくしが族長のウルファと言います。

 ま、まぁ次の侵攻に際して部隊を構築してることであります。

 く、詳しい話は是非わたくしめの洋館で聞きますので。

 さ、こちらです。」


 「まぁ、いいだろう。」


 「おい!オメェら!あそこの間抜け野郎をさっさと叩き起こせ!

 邪魔だろうが!チッ。」


 洋館までの間に聞いたが、どうやらこのウルファは北部連合でも前の一端の構成員にすぎないらしい。

 幹部連中は羅門の目の前に前線基地を築いているらしく、この街も末端の連中が集まっているだけのようだ。

 街の形成も人間界撤退の時行き先のない下級魔族を軍団に引き入れ急ぎ作ったようだ。

 洋館もその一つらしい。


 「戦争が落ち着いて傭兵だった俺、わたくしたちは一気に仕事をなくしたんです。

 いきなり畑を作れと言われて、そんなことできる連中なんざここにはいねぇんですよ。

 グラディウス陛下に言いづらいですが‥」


 「よい、申してみよ。」


 「俺たちは陛下をよく思っちゃいねぇってことです。

 魔王の後釜はファラク元帥だと信じてた。

 戦争が続いていつの日か人間界を蹂躙し魔物だけの世界になるってよ。」


 「その実現には時間がかかる。

 それに魔物たちの多くの命が失われるの避けたかった。」


 「俺たち魔物は弱肉強食の世界ですよ。

 今になって新しい考え方なんてものにはムリがあるってもんです。

 さっ、そろそろ洋館ですぜ。

 きたねぇところですがゆっくりしてってくださいよ。

 おい!魔王グラディウス陛下がいらした!行儀よくしろや!」


 ウルファが指示をし、部下らしきインプやゴブリンたちが礼をしてくる。


 「ここの連中は俺、わたくしが取りまとめてるんです。

 幹部連中はいつ人間界を侵攻するかで頭がもちきりですからね。」


 洋館は新築とは思えないようなボロさをみせていた。

 前ではウルフ族たちが剣を構えている。

 俺が前を通ると片膝をつけ礼をしてくる。

 だが目線はこちらを睨んでいるようだ。

 洋館に入ると中にはやせ細りぐったりとしたゴブリンやウルフがたくさんいる。

 「彼らは?」


 「食料が足りてないもんで衰弱した奴らはここにきてるんですよ。

 食わせるもんもありませんが外で野垂れ死にするよりかはマシでしょうからね。

 すいませんが、奥の部屋が空いてるので行ってもらえますか?

 わたくしもあとからすぐにいくんで。」


 「あぁ。」

 そもそも日の昇らない魔界では作物が育ちにくい。それに加え知識のない魔物たち。

 こうなることが予想できなかったのか。

 少なくとも西側の牧草地では充分とは言えないが作物は育っている。

 やはり知識の差か。知識ある者が少なすぎるのだな。

 だが、教育しようものにも現状では難しい。

 人間界の人間たちならもっと協力しているではないか。魔物と人間の和平を急ぐ必要があるな。

 

 そう思い歩き奥の部屋に入る。

 客間のようだ。

 とりあえずテーブルを囲むソファに腰をかける。

 刃こぼれした剣が壁に立てかけてある。人間界から持ち帰ったものだろう。

 

 「おまたせしましたね。」


 「いや。その、随分とサッパリしてる部屋だな。」


 「すいません。

 なんせ急ごしらえでゴブリン共と建てたものですから。

 あの剣だって俺より良いものですぜ。人間界での戦いで上の連中が持って来たものですよ。

 それより、陛下はなぜこんな場所へ?」


 「あぁ、それが、」

 現在、羅門近くの戦いとその実態。

 戦力の増強に北部連合の力が必要だと説明した。



 「なるほど、そういうことですか。

 俺たち傭兵にとってそれは嬉しい話しですよ。

 ですが、いつくるかわからん連中相手にうちの幹部たちは我慢ならんでしょうね。

 焦れったすぎて羅門を超えかねないですよ。

 そうなったら困るのは魔王陛下自身でしょ。」


 ウルファの言うことも一理あることだ。

 傭兵として東西の羅門へ向かわせれば食料の調達に難がなくなる。

 雇用も埋まっていい。

 けど、くせ者な北部連合の幹部たちだ。どういいくるめるか、今は大人しく北の羅門にいてくれるから人間界に出ようも出られない状態を維持できてる。

 北の羅門は人間界の北海にある海底遺跡へと通じてる。

 そこから出たとして人間界の陸地へは到底向かうことができない地形ということだ。出たとして海底遺跡内が限界。

 一番無害な羅門ということだ。


 「別に全部隊を集結させてほしいわけでもない。

 北部は北部で守りにつく部隊はいてほしいわけだ。

 今、北部連合では人員があまりにも多すぎるのが問題だ。それ故にああいった飢餓者を出している。

 段階的で構わない。一部の部隊をまわせるようにしてほしい。」


 「そういうことですか。

 たしかにここの人手は多いですね。

 弱ってる連中も多い、正直幹部も弱ったゴブリンやらの下級魔族には頭数減らしても構わない考えでして…

 下級の連中でよければ俺の方からいくらかまわすことできますぜ。

 せいぜい1個師団やそこらの兵力が限界でしょうがね。」


 「構わない。ではよろしく頼む。

 編成が終わり次第、早馬を魔都へ出すように。

 よいな。」


 「わかりましたぜ。陛下。」


 想像以上だ、ウルファで権限で一個師団もの兵力を動かせるとはな。

 下級といえど北部連合の魔物たちだ。

 戦争を経験した魔物が揃っている。

 人間の侵攻を抑える力としては申し分ないな。

 ファラクなら一声で全部隊を移動させることもできただろうがそれだと魔物たちの戦争意欲を掻き立てることになるからな。

 今は少数でいいんだ。


 さて、魔城へと戻るか。

 瞬間移動の秘術を使って魔城の玉座へと戻る。


 ウルファ、族長と言っていたがさしずめ隊の隊長と言ったところだろうな。

 だが部下からはかなり信用さるているようだ。

 あとで北部連合の幹部たちをリストアップしてもらうとしよう。

 和平実現のためには血の気なんてもんはなくていいからな。それが、魔物である性を否定しようともな。

 

 「グラディウス陛下!戻ってらしたんですね!」


 ドスドスと音を立てて玉座の間を走ってくるのはオークキングでこの魔都の守護者、魔都親衛隊の隊長オーロー。

 汗だくだな。このなりで隊長なんだからさすがとしか言えないな。

 オーローは俺が物心ついたときに出会った友人でこの魔城で育った仲だ。

 

 「グラディウス陛下。帰ってるなら言ってくださいよぉ!

 せっかくいい牛を手に入れたんでうちの者に料理をしてもらったんですよ!

 是非、陛下にも召し上がってほしくて!」


 オーローは人間界の料理にかなりの関心があるようでかつての侵攻時は家臣を人間界へ派遣し、料理を習わしていたらしい。

 「へぇ〜、で、今日はなにを作ってもらってるんだ?」


 「今日は牛の角煮とかいうもので、これがまた絶妙な舌触りとダシの味が染み込んだ肉が最高に美味くてでしてね!」


 「そ、そうか。

 じゃあ俺もあとで頂くとしようかな。」

 コイツは飯に心底関心があるな。

 少しでも人間界に理解があってくれて俺も助かる。俺の政策に理解してくれる魔物は少ないからな。

 料理だってできる魔物は少ない。

 オーローの臣下は今後、必ず魔界全体になくてはならない者たちの中入るだろうな。


 「えぇ是非とも!全く聞く話だとこれが人間界では庶民の食事で出るとかで…

 許せませんよ、俺たち魔物がこんなに苦しんで生活してるっていうのによ!」


 「今まで魔界を粗末にしていた俺たちのツケがまわってるだけだ。

 これから豊かにすればいい。」


 「そうですよね!グラディウス陛下は夢が実現さえすれば俺たちも人間たちみたいな豊かな生活が送れる。

 俺は、信じてますよ!」


「あぁ。オーローも自分の仕事を果たしてくれ。」

 そう話すとオーローは俺に目線をあげ玉座の間をあとにしていった。


 人間界から持ち帰った作物の肥料も足りてないし、和平を急いで人間界と魔界の相互物流を実現させないことには豊かな魔界は辿りつけないだろうな。

 それに正しい知識をもった人間にしっかりと教育も施してほしい。

 かつて、魔王軍が人間界の侵攻をしていたときまがいなりにも人間と魔界が共に生活を送っていた地域が数か所あった。

 大半が魔物が人間を使役し、奴隷のように扱っていたと言うが平等に暮らしていた村もあったと聞いたことがある。

 そこを探して相互協定を結ぶしかないな。

 魔物たちを使って探し出したいけど羅門を超えればそこは人間たちの世界。

 一歩出るだけで戦争が始まる。

 ここはやはり俺が行くしかないな。俺の秘術があれば羅門の警戒網を簡単に抜けられる。

 しばらく魔界はファラクに任せるとするか。


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