第11話(2)上下に分かれた土地

「飲み物だけど……」


「あ、ビールある?」


「ミルクで良かったね」


「おいおい、そりゃねえよ」


「未成年に飲酒させたら大変だからね」


「今更そんなことを気にする時代かよ……」


 リンファの言葉に克洋は肩をすくめる。


「そんなことじゃない、大問題だよ」


「はいはい。せめてウーロン茶にしてくれ……」


 やや時間が経って、リンファがカウンターに炒飯を置く。


「はいよ」


「おっ、いっただきまーす♪」


 克洋が食べ始める。リンファは窓際の席に座って、新しいタバコに火を点ける。タバコを吸って煙をふかして呟く。


「……いい加減、コソ泥なんかやめたら?」


「コソ泥じゃねえ、義賊だよ」


「おんなじようなもんだろ」


「全然違うって、“上の”連中がセコセコと溜め込んでやがるもんを“下の”皆に分配してやってんだよ」


 克洋は天井を指差した後、床に向かって、手のひらを広げる。


「分配ね、ものは言いようだ……」


 リンファは苦笑する。克洋は炒飯を食べ終える。


「ごちそうさん……皆には感謝されてんだからよ」


亜希あきちゃんのことも考えるべきだよ。兄貴のアンタと比べて優秀なんだから」


「それだよ」


 克洋はリンファを指差す。リンファが首を傾げる。


「なにが?」


「言ってなかった? オイラは亜希の為に色々やって金貯めてんの。義賊だけじゃなく、配送業やら廃品回収やら、街の便利屋さんやら……亜希には良い学校行って欲しいからな」


「コソ泥の妹なんてバレたら学校どころじゃないだろう」


「IDなんていくらでも書き換えられるさ。担当者にいくらか掴ませたって良い」


「はっ、随分と悪い兄貴だ……昔はもうちょっと可愛気があった気がするけどね」


 リンファが呆れ顔になる。


「全ては上に上がる為だよ、『島京とうきょう』にな……」


 克洋が窓の外を指差す。夜空に大きな大地が浮かんでいる。その大地はいくつかの階層に分かれており、地上とはいくつかの軌道エレベーターで繋がっている。


「ちょっと昔は、『上級国民』なんていうネットスラングが流行したらしいけど……まさか、東京23区をほぼ丸ごと上に浮かべちまうとはね……」


 リンファが外を見ながら頬杖をつく。


「この東京特別区ではマジで上下が生まれちまった……下にいる連中はただ搾取されるだけだ……わずかな例外を除いて」


「……金か頭か」


「そういうこった。オイラはともかくとして、亜希にはこの底辺から脱却して欲しいんだ」


「……上に行っても、下出身の連中にはなにかと風当りが強いよ」


「亜希は器量が良い。優秀なパートナーが見つかるさ」


「はははっ!」


 リンファが笑う。克洋がややムッとしながら続ける。


「オイラは亜希の明確な人生設計が出来ているんだよ」


「勝手に決めんな、亜希ちゃんがそれを望んだのかい?」


「いや……そういう話はあまりしないから……」


「ふん、大方小言を言われたくないから顔を合わせるのを避けているんだろう?」


「うっ……」


「本当に亜希ちゃんのことを思うなら、コソ泥からは足を洗うべきだ」


「だからコソ泥じゃねえって!」


「あ、兄貴!」


 アマとジローとヒノが店に駆け込んでくる。


「お、お前ら! 遅かったじゃねえか!」


「勝手に人の店を待ち合わせ場所にするな……」


「す、すんません、姐さん……」


 ジローがリンファに頭を下げる。


「姐さんってのもやめろ……」


「お騒がせしてすみません、リンファさん……兄弟、大変だぜ」


 ヒノがリンファに頭を下げてから、克洋に向き直る。


「どうしたんだよ?」


「……亜希ちゃんがさらわれた」


「はあっ⁉」


「上の連中にだ……」


「ロボット警備兵がそんなことを⁉」


「いや、あれは人間だったな……」


「人間……?」


「さっきさらわれたばっかりです。7番エレベーターで上の方に向かっている」


 ジローが上を指差す。アマが申し訳なさそうに頭を下げる。


「兄貴、すみません……俺たちではどうすることも……」


「いや、気にするな……後はオイラがなんとかする……」


 克洋が店を出ようとする。リンファが呼び止める。


「待ちな、どうするつもりだい?」


「そんなの決まってんだろ、亜希を取り戻しに行くんだよ」


「十中八九、狙いはアンタをおびき出すことだよ?」


「上等だ。亜希を助けてまんまと逃げてきてやるさ」


「無謀なことを……どうやって忍び込むつもりさ?」


「話は聞かせてもらったでゴザル!」


「うおっ⁉」


 茶色のショートボブの髪型で、褐色の肌を忍び装束に包んだ若い女性が天井から逆さまになった状態で声をかけてきたため、克洋たちは驚く。リンファが目を細める。


「いつの間に……」


「アラヨット!」


 女性が回転して、床に着地する。克洋が問う。


「だ、誰だ⁉」


「拙者はカイラ!」


「カイラ……?」


 克洋がリンファに視線を向ける。リンファがため息をつく。


「街のなんでも屋が人に頼るな……珍妙なニンジャごっこをしているイカレた女だよ」


「珍妙とは心外ナ! 頭を使った、新時代のニンジャでゴザル!」


 カイラと名乗った女性は自らの頭を指差す。克洋が呟く。


「新時代……」


「島田克洋殿! 一緒に殴り込みに行くでゴザル!」


「は、話が急だな⁉」


「悠長に構えている余裕があるのでゴザルか?」


「! わ、分かった、とにかく行くぞ!」


「リンファ殿もお力をお借りしたい!」


「! なんでアタシがそんなに危ない橋を……ん?」


 リンファが端末を手に取り、画面を確認する。


「まずはこれくらい……成功報酬はその倍を支払うでゴザルよ」


「……あくまでも亜希ちゃんの為だ、勘違いするなよ! ちょっと待ってな……」


 リンファが準備を始める。カイラが笑みを浮かべる。


「ふふっ、これで成功確率が倍になったでゴザル……」

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