第7話(2)軍港にて

「到着しました」


 若い海兵が伝える。


「ありがとう」


 凡太がお礼を言って車を降りる。海兵が敬礼してきたため、凡太も返礼する。海兵は満足そうだが、続いて降りてきた人物に対しては怪訝な表情になる。


「准尉なのだけど……」


 怪訝な表情を向けられた扇ジェニーは、准尉という自身の階級を名乗る。


「はっ! 失礼しました!」


 海兵は慌てて敬礼し、車に乗ってその場から去った。凡太たちは歩き出す。その横でジェニーが不満そうに唇を尖らす。


「まったく、新兵教育がなっていないんじゃないのかしら……」


「それも無理もないことだと思うがね」


「どういう意味かしらね、平凡少尉?」


「制服も着ていない女性が上官だなんて普通は思わないだろう?」


「このご時世ですわよ。常識を疑うべきですわ。あるいは……」


「あるいは?」


「なんらかの特殊任務に就いているのだなということを考慮すべきです」


「なんらかの特殊任務ねえ……」


 凡太がジェニーの着るアーティスティックな服装をチラっと見て、ため息をつく。


「……そのため息はどういう意味かしら?」


「いやあ、どこからどう見ても“意識高い”美大生にしか見えないよ」


「今回の特殊任務、服装について細かい規定はなかったもので……」


「だからと言って……もう少し動きやすい恰好をしてきた方が良かったんじゃないか?」


「どうせ上に“装着”するのだからなんでも一緒でしょう」


「君の場合は……『島結』だったか?」


「わざわざ言わなくて良いです」


 ジェニーの口ぶりに凡太が首を傾げる。


「ひょっとして……気に入ってないのか?」


「気に入っていると思います?」


「ああ、かっこいいじゃないか」


「でしたらその認識を早急に改めて下さい」


「努力するよ、その代わり……」


「その代わり?」


「君も二点ほど改めて欲しいんだが……」


 立ち止まった凡太が右手の指を二本立ててみせる。ジェニーは振り返って首を傾げる。


「二点? わたくしに落ち度があるとでも?」


「ああ、繰り返しになるが、その服装だ」


「ふん……」


 ジェニーは再び歩き出す。凡太がその後を追う。


「百歩譲って、特殊任務の際は適している服装であるかもしれない。だが、この街では悪目立ちしてしまう」


「この街……」


「そう、横須賀ではね」


「課題で港をデッサンしにきた美大生とでも言えば良いでしょう」


「そこから先は軍港だ。そこに出入りする美大生はまずいない……」


 ジェニーは立ち止まって振り返る。


「……」


「ご理解頂けたかな?」


「例のスーツですが……」


「え?」


「着用者のメンタルコンディションも性能に関係あるのです」


「……話が見えないな」


 凡太が首を小さく振る。ジェニーはため息交じりで、自分の服をつまみながら話す。


「お気に入りの服を着て、テンションを高めて、有事に備えているのです」


「そんな馬鹿なことが……」


「きちんとしたデータもございますよ」


「え?」


 ジェニーが取り出した端末を操作し、データ画面を表示させる。


「右が芋臭いジャージで臨んだときの性能、左がお気に入りの服で臨んだ時の性能……比べてみていかがですか?」


「……一目瞭然だな」


「お分かりいただけたようですね」


「まあ、服装については了承した。もう一点だ」


「もう一点?」


 ジェニーが首を傾げる。


「ああ、大事なことだ……ん⁉」


 地面が大きく揺れる。


「こ、これは地震⁉」


「い、いや、違う! あれを見ろ!」


「!」


 凡太が指差した先には巨大化したタコが停泊中の艦船にまとわりつこうとしていた。


「『怪異化』したタコ⁉」


「艦船に被害が出る! 准尉、頼む!」


「それには及ばねえよ!」


「⁉」


 長身でオカッパ頭の女性が進み出てきた。かなりスポーティーな服装をしている。


「もしや君が⁉」


「そのもしやだぜ! 暗号は⁉」


「『アンタなんなのさ』!」


「オッケー! それじゃあ……『艦射』!」


 女性は右手を空に掲げる。黒い光が幾筋も女性に向かって差しこんだかと思うと、女性の頭と体を全身黒色のパワードスーツが覆った。凡太は驚く。


「君だったのか……」


「そういうこと、あの大ダコはあーしに任せな!」


 スーツ頭部に付いた黄色のバイザー越しに女性はウインクし、大ダコの方に向かう。


「た、単独行動は危険だぞ!」


「大丈夫だって!」


 凡太の叫びをよそに、女性は海に飛び込む。海上をスイスイと移動してみせる。


「そうか、艦船のエンジンを流用しているのか、あれなら海上でも問題なく行動出来る!」


「そういうこと! こういうのもあるぜ!」


「‼」


 女性が両手を前に突き出すと、腕に付いた砲口が火を噴く。砲撃は大ダコに命中し、大ダコはやや怯む。女性は砲撃を続ける。


「そらそら!」


「あ、あまり調子に乗るなよ!」


「大丈夫だって! うおっ⁉」


 大ダコが吹き出した墨が女性の視界を奪う。凡太が声を上げる。


「言わんこっちゃない! 大丈夫か⁉」


「な、なんとか、でも視界が限定された! タコめ、どこ行った⁉」


「准尉! 君の光で照射するんだ!」


「! 了解!」


 既にパワードスーツになっていたジェニーが光を当てたことでタコの位置を確認出来た。


「そこだな! 一斉砲撃だ!」


 女性の圧倒的な火力の前で大ダコは沈黙した。陸に戻ってきた女性を凡太が迎える。


「君は……」


「平凡太少尉だな? あーしは山形やまがたゆうき伍長だ!」


 長身の女性が長い手を折り曲げて敬礼する。

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