第7話(3)よこはまためぐち

「せっかくここまで来たのに、あなた方と一緒だとはね……」


 ジェニーが不満そうに視線を横に向ける。彼女の横には白い軍服姿の凡太と、スポーティーな格好のゆうきが立っていた。視線に気づいたゆうきが声をかける。


「なんだ、不満たっぷりって顔だな!」


「ええ、それはもうたっぷりですわよ……」


「あーしで良かったら聞くぜ!」


「もっとも不満なのは……貴女よ」


 ジェニーは長身のゆうきを見上げながら指差す。


「あ、あーしか⁉」


「ええ、そうですわ……」


 ゆうきは困惑しながら小声で囁く。


「い、いや、こういうのって個人差だからさ……身長はきっと伸びるって」


「わたくしの成長期はとっくに終わっています! そんなことはどうでもよろしい!」


「ええ⁉ 違うのか⁉」


「全然違いますわ!」


 ゆうきは後頭部をポリポリと掻く。


「そ、そうか、てっきり……」


「てっきり?」


「見下されているようで不愉快なのかと思ったぜ……」


「! それも追加ですわ!」


「ええ⁉ 追加とかあるのか⁉」


「ええ、ありますとも!」


「……横須賀からの道中ですっかり仲良くなったみたいだな」


「そうなんだよ」


「どこがですの!」


 凡太の呑気な言葉にゆうきは頷き、ジェニーは反発する。


「合流予定ポイントに向かう前に、決めておきたいことがある……」


「え? なんですの?」


「……この特殊任務を帯びた部隊では、階級なんてものはやめよう」


「は⁉」


 凡太の言葉にジェニーが驚く。ゆうきがしばし考えてから口を開く。


「えっと……つまりタメ語でオッケーってことか?」


「ああ、そうだ」


「おお、よろしくな、凡太!」


「距離の詰め方早いな!」


「ダメか?」


 ゆうきが首を傾げる。


「いや、いい……気にするな」


「よっし、ジェニーもよろしくな」


「よ、呼び捨て⁉」


「あーしのことはゆうきで良いぜ」


「聞いてない!」


「おっ、こっちから良い匂いが……」


「……これでよろしいんですの?」


 ジェニーがジト目で凡太を見つめる。


「こうして任務をともにするのも一つの縁だと思うからさ。こういうことで余計な気を使って欲しくないと思ってね」


「まあ、あのおかっぱ頭の場合は変にストレス溜めこまないから良いかもしれませんわね」


「理解してもらって嬉しいよ」


「妥協したまでですわ……」


「お~い、凡太、ジェニー、こっち行こうぜ!」


 テンションの上がったゆうきが少し離れたところから手を振る。


「ゆうき、すまないが、そっちは逆方向だ。俺たちの行く先はこっちだ」


「え~中華食いたかったのに~」


 ゆうきが唇を尖らせる。


「はあ……せっかく横浜まで来たというのに……」


 ジェニーは腕を組んでため息をつく。


「横浜って人が多くて活気があるな!」


「この南関東州の実質州都だからな」


 興奮気味のゆうきに凡太が答える。ゆうきが首を傾げる。


「実質?」


「実際の州都は北の川崎……通称『鉄京てっきょう』ですわ」


 ジェニーが補足する。


「川崎って……おいおい、東京特別区に近すぎないか⁉」


「その辺りの議論は散々され尽くされましたわ。説明をして差し上げたら?」


 ジェニーが凡太に説明を促す。


「えっと……まず東京特別区とは一応友好関係を結んでいるから、その辺についての心配はない――一応ではあるが――。後は千葉県や多摩地域へのアクセスを考えてだな。車や電車で移動出来るからな」


「そ、そうか……でもやっぱり横浜にしておいた方が良いんじゃねえか?」


「『奪われた土地を取り戻すため』という州政府の強い意志の現れだ」


「奪われた土地? うおっ⁉」


「なんだ⁉」


「あれを!」


 ジェニーが指差した先には『怪異化』で大型犬くらいの大きさになったネズミの群れが暴れ回っていた。凡太が声を上げる。


「ジェニー、ゆうき、頼……」


「それには及ばないっす~」


「!」


 白衣を着た小柄な、白髪のショートカットにパーマ少女が前に進み出てきた。少女が問う。


「暗号は⁉」


「『あの人は行ってしまった』!」


「よし! それじゃあ、『土着』!」


 少女は両手をクロスさせると、赤い光に包まれ、頭と体を赤いパワードスーツで覆われた。


「こ、こんな少女まで特殊任務に……」


「凡太!」


「! ああ、すまん! 二人とも、あの少女を援護だ!」


「む!」


 ネズミたちが近くの倉庫の中に逃げ込んだ。凡太が叫ぶ。


「この辺一帯は既に避難が完了している! ゆうき!」


「よっしゃ! ドカーン!」


「‼」


 ゆうきの砲撃で倉庫の屋根が吹っ飛んだ。それでも内部は暗い。凡太が指示を出す。


「ジェニー!」


「分かっていますわ!」


 ジェニーが光を照射し、ネズミたちにスポットを当てる。少女は笑う。


「ははっ、見つけたっす! え~い!」


「⁉」


 少女は発生させたレンガを手当たり次第に投げ込む。レンガに圧され、ネズミたちはたちまち無力化する。凡太とジェニーが唖然とする。


「な、なんという戦い方だ……」


「サイエンティフィックな戦いを期待しましたが、白衣はお飾りのようですわね……」


「ははっ、面白えから良いんじゃね?」


 ゆうきは笑みを浮かべる。


「さて……そちらが平凡太少尉っすね! 自分は三角凛みすみりん軍曹っす!」


 凛と名乗った少女が凡太に向かって元気よく敬礼する。

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