第7話(1)江の島が見えてきた

                     漆


「……平凡太たいらぼんた少尉、よろしいかね?」


 短い黒髪に白い制服を折り目正しく身に着けた凡太と呼ばれた青年が、イヤホンから流れる声に頷き、マイクで静かに答える。


「……了解しました」


「事はこの南関東州を左右するものだ」


「それも分かっております。しかし……」


「しかし?」


「この南関東州の戦力を高める為に、新型のパワードスーツ開発が極秘裏に進められているということは自分も聞いておりました」


「ふむ……」


「まあ、自分が知っている時点で、極秘裏ではないと思うのですが……」


「この情報化が進んだ社会で秘密を守りきるというのは簡単なことではない」


「それはそうですが、それにしても限度というものがあります」


「安心したまえ」


「え?」


「漏れている情報が全て正確というわけではない」


「ということは……」


「ああ、あえて偽の情報も織り交ぜて流しているのだよ」


 イヤホン越しにどうだと言わんばかりの声が聞こえてくる。凡太は冷静に答える。


「……意図的にということですか」


「そういうことだ」


「えっと……」


「どうかしたかね?」


「偽の情報とおっしゃいましたね?」


「ああ」


「では本当の情報も流れてしまっているのでは?」


「ああ、それはそうだね……」


「それではあまり意味がないような……」


「……攪乱だよ、攪乱、情報戦の基本だ」


「はあ……」


「とにかく、繰り返しになるが君に課せられた任務は……」


「はい」


「新型パワードスーツを試験運用している者たちと速やかに合流することだ」


「了解」


「それでは健闘を祈る」


「お、お待ち下さい」


「なんだね?」


「場所は分かったのですが、もう少し具体的な情報が欲しいのですが……」


「そうだな、これから暗号を伝える」


「あ、暗号ですか?」


「ああ、この通信が傍受されている恐れもあるのでな」


「今更な気もしますが……それに暗号とはっきり言ってしまっては……」


「……とにかく伝えるぞ」


「は、はい……」


「『江の島を見つめろ』だ。分かったな」


「……はい」


「では改めて……健闘を祈る」


 通信が切れる。凡太がイヤホンマイクを外し、ため息交じりで呟く。


「……わけのわからない状況だな……」


「~♪」


 行き交う人々の楽し気な声が聞こえてくる。凡太が首を傾げる。


「この江の島で、本当に新型パワードスーツの運用が行われているのか?」


「~~♪」


「暗号は『江の島を見つめろ』だったな……」


 凡太は海に浮かぶ江の島に目をやる。特に変化はない。なおも喧噪が聞こえてくる。


「~~~♪」


「……とりあえず橋を渡ってみるとするか」


「きゃあ!」


「⁉」


 凡太が声のした方に振り返ると、二回りほど大きくなったトンビの群れが人々に襲い掛かろうとしていた。あるカップルが悲鳴を上げる。


「いやあ!」


「うわあ!」


「『怪異化』したトンビか! 厄介な!」


 凡太が走り出す。その場にしゃがみ込んだカップルが互いの顔を見ながら呟く。


「や、やばくない?」


「江の島にいるトンビは人間の食べ物を狙うって聞いてたけど……」


「そんな呑気なことを言っている場合か!」


「え⁉」


 カップルの前に立った凡太が拳銃を取り出し、トンビの群れに向けて発砲する。


「直ちにここから離れなさい!」


「は、はい!」


「ふん!」


「!」


 カップルをはじめ、周囲の人々が避難したことを確認した凡太が再び拳銃を発砲する。しかし、トンビには当たらない。凡太が舌打ちする。


「ちっ!」


「平凡ね……」


「なっ⁉」


 凡太が振り返ると、サイドテールの金髪碧眼でアーティスティックな服装の女性がそこに立っていた。


「名は体を表すとはよく言ったものね……」


 女性がサイドテールを触りながら呟く。凡太が声をかける。


「き、君! 危ないから避難しなさい!」


「その言葉、そっくり返すわ」


「なんだと⁉」


 女性が前に進み出ると、左手を空に掲げて叫ぶ。


「『島結』!」


「‼」


 平が驚く。女性の頭と体を青色のパワードスーツが包み込んだからである。


「はっ!」


 女性が手を鋭く振るうと、幾筋の光が飛び、それを喰らった怪異化したトンビの群れが次々と地面に落下していき、無力化する。凡太が驚きながら呟く。


「そ、そのカラーリングのパワードスーツは見たことがない……」


「新型ですからね」


「! そ、それに今の光は……」


「このパワードスーツは江の島の持つ力……神性を借りているの。それによるものね」


「神性? そ、そんなことが……」


「可能なのだから仕方がないわね」


 女性はスーツを解除し、先ほどのアーティスティックな服装に戻る。


「き、君は……?」


 女性は渋々ながら敬礼をする。


おうぎジェニー准尉であります……命により、平少尉の指揮下に入ります」


「ええっ⁉」


 凡太が驚く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る