第6話(4)悪夢の双子

「ギャア……!」


「な、なによこいつは⁉」


 マリンが戸惑う。ユエと名乗ったおさげ髪が呟く。


「こいつも実験の結果生み出された悲しいモンスターってやつね……」


「ギャアア!」


「!」


 異形の怪物が巨体を揺らし、尻尾で攻撃してくる。先端を掠めただけだが、マリンが吹き飛ばされる。ユエが声をかける。


「大丈夫⁉」


「な、なんとか……この娘も無事よ……」


 マリンが少女をグッと抱きしめる。


「ここは退却した方が良いな」


「そうは言うけどね、タイヤン。その退却路が塞がれているのよ」


「それは分かっている。別のルートを探そう!」


「そんなことが出来る余裕があるかしら?」


「おい! 一人で何をぶつぶつ言っている!」


「いや、会話をしていたのよ」


「そうだ」


 ユエとタイヤンがそれぞれの声色でスカイに応える。スカイが髪を搔きむしる。


「ああ、人格が共存しているのか、ややこしいな……!」


「とにかく別のルートを探すしかないかしらね……!」


 横に目をやると、もう一体の異形の怪物が姿を現す。後方に目をやると、氷や炎を避けた緑色の集団がさらにぞろぞろと湧いてきた。ユエが首を傾げる。


「囲まれた……詰んだかしら?」


「ユエ、とにかく、彼女を抱き起こすぞ!」


 ユエが倒れ込んでいたマリンを抱き起こす。マリンが呟く。


「前門の虎、後門の狼かしら……」


「この場合、横門の熊もいるわね」


「状況は最悪中の最悪ね……あっ……」


「お、おい……!」


 少女と少年がマリンたちの手から離れてすくっと立つ。二人はマリンの前に並んで問う。


「あなたが……」


「お母さんだよね?」


「え……?」


「違うの?」


「そうだったら悲しい……」


 少年は首を傾げ、少女は顔を伏せる。マリンは戸惑うが、意を決して頷く。


「ええ! 私があなたたちのお母さんよ!」


「なら……」


「戦う……」


「⁉」


 少年と少女がそれぞれ異形の怪物の前に進み出る。マリンが声を上げる。


「む、無茶よ! 戻りなさい!」


「大丈夫……」


「えっ⁉」


 少年が四つん這いになり、獣のような姿になる。


「ガアッ!」


「ギャ⁉」


 少年が怪物の首に噛みつく。


「ガルルッ!」


「ギャ、ギャア⁉」


 少年が一瞬で怪物の首を嚙みちぎる。怪物は緑色の血を噴き出して、その場に倒れ込む。


「な……」


「あ!」


 ユエの声に気付き、マリンが視線を向けると、少女が蛇の姿になり、ニュルニュルと地を這って動いて、怪物に巻き付く。


「シャアア!」


「ギャアア! ……」


 怪物は悲鳴をあげたかと思うと、その場に力なく崩れ落ちた。タイヤンが呟く。


「締め落としたのか……」


 少年と少女が元の姿に戻り、マリンの前に立って笑う。


「倒したよ」


「これで逃げられるよね……」


「え、えっと……」


「まだあの集団が残っているわ」


 尚も戸惑っているマリンをよそに、ユエが緑色の集団を指差す。少年と少女が頷く。


「あいつらもやっつけるんだね」


「分かった」


 少年と少女が頷くと、それぞれ鳥と蝶の姿になる。


「!」


「‼」


「……⁉」


 鳥になった少年は集団に飛びかかると、首を啄み、蝶になった少女は集団に襲いかかり、血を吸い取っていく。襲撃に対し集団は成す術なく倒れる。二人はマリンのところに戻る。


「片付いたよ、お母さん」


「安心して、お母さん」


「こ、これは……」


「あなたのことをお母さんと思っているみたいね。刷り込みってやつかしら」


「そ、そんな……」


「どうする?」


 ユエの問いかけに対し、一瞬の逡巡の後、マリンは頷く。


「このまま放っておけないわ……あなたたち、名前は……」


「ぼくはイチゴ」


「ボクはイチエ」


「イチゴとイチエ、よろしくね……」


 マリンが笑いかける。ユエがスカイに声をかける。


「とんでもないものを生み出したものね、あなたの母国は……」


「……悪趣味な研究ならばお互い様だろう」


「ふっ、私たちは大陸とは無関係よ……」


「見え見えの嘘をつくな。全く関係ないならこんな所までこないはずだ」


「……まあいいわ、さっさとずらかりましょう」


 ユエはマリンとイチゴ、イチエを促し、出口に向かって歩き出す。スカイがそれに続く。


――これはあり得るかもしれない未来の日本の話――


 日本は十の道州と二つの特別区に別れた。


 二つの特別区の内の一つ、沖縄特別区は中世のころのように、三つの勢力に分裂した。地政学的にも極めて重要な場所にあるこの楽園には様々な思惑が絡まっていたからである。


 ある勢力が他の勢力を出し抜くため、名の知られていない小島である研究を始めた。研究はやがて進んではいけない方向へと進んだ。色々な事情が重なり、研究所は半ば放置されるかたちとなった。しかし、研究成果は“着実に”遺されていた。


 少年は獣類や鳥類に変化出来る。


 少女は爬虫類や虫類に変化出来る。


 絶望の淵にいたところ、駆け付けた女性に救い出された。


 幼き子供たちは研究所という檻から解き放たれた。


悪夢あくむ双子ふたご


 イチゴとイチエ


 小さな島から大きな世界に出ていく。


 最後に笑うのは誰だ。

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