第3話(1)みちのくにて

                   参


 東北道の道都は宮城県の仙台にある。かつて『杜の都』と謳われた緑豊かな土地は現在、『森京しんきょう』と呼ばれている。どこから見ても、あるいは誰に聞いても、東北道の政治経済の中心はこの森京であった。


 しかし、立派な着物に身を包んだ男性が馬に乗って、向かっているのは森京から北に百キロメートル離れた静かな土地であった。立派な着物の男性はわずかな供をつれて、木々のなかの道を進む。


「もうすぐ到着です」


「うむ……」


 馬を曳く者の言葉に男性は頷く。まだ若いといえば若い顔立ちであるが、その頭には白いものも目立ってきている。それがこの男性がこれまで味わってきたであろう沢山の苦労を感じさせる。男性は両目をきっと閉じている。


「しかし……お館様がわざわざ出向くほどではなかったのでは?」


 後ろで同じように馬を進ませる者が男性に語り掛ける。男性が笑みを浮かべながら、やや後ろに振り返って答える。


「本日、私がここに来たということで、より重要性が伝わるというものだ。緊急事態だというのに、どうにものんびりしているようだからな……」


「緊急事態ならば尚更、森京を離れることは無かったのでは? なんなら映像通信というものもありますし……」


「分かっておらんな。直接対面することが大事なのだ」


「はあ……」


「まあ、実を言うと……」


「実を言うと?」


「この地の空気を久々に吸ってみたくなったというのもある」


「そ、そんな……」


「呑気だと思うか?」


「お、恐れながら。ご自分で緊急事態とおっしゃられたではありませんか」


「ははっ、矛盾しておるな」


 男性が笑う。


「笑いごとでは……」


「まあ、そう言うな、気分転換というのも必要じゃ」


「ですが……」


「用件が済んだらすぐに森京へ戻る」


「……見えて参りました」


 馬を曳く者が呟く。その視線の先に金色に輝く大きな仏堂が見える。


「うむ……どうだ、平泉の真金色堂は?」


「はい、美しく光り輝いております」


「それは重畳……」


 馬を曳く者の答えに男性は満足そうに頷く。


「……伊達仁さま、こちらでしばしお待ち下さい」


「あい分かった」


 真金色堂の中に入った伊達仁と呼ばれた男性は広い部屋に通された。しばらく待っていると、そこに公家の恰好をした初老の男性が現れる。伊達仁とその供の者たちはさっと頭を下げる。初老の男性は上座に座ると、にっこりと笑う。


「則宗、久しいのう」


「はっ、国司さまに於かれましても、お元気そうでなによりのことであります」


「森京はどうじゃ?」


「暮らしぶりは大きくは変わっておりません」


「ふむ、か……」


「はっ……」


「やはり影響は避けられんか……」


「かの『恐竜女帝』めの差し向けた軍勢がこのみちのくにも迫っております」


「……山形を狙ってきたようじゃな?」


「……福島方面ばかりを警戒し過ぎていたため、完全に虚を突かれたかたちとなってしまいました……」


「それでもよく凌いでいるとも聞くが?」


「将たち、そしてなによりも兵たちがよく奮闘してくれております」


「それも鎮西伊達仁則宗だてにのりむねの存在あってこそじゃ」


「もったいないお言葉でございます」


 則宗は頭を下げる。


「しかし、あの恐竜どもというのはなんとも厄介じゃな。この奥州にあの『天からの授かりもの』と『大地の恵み物』がなければマズかったじゃろう……」


「お言葉ごもっともです。ですが……」


「ですが?」


「恐竜を過度に恐れることはありません……」


「そうは申すが……」


 則宗は右手で手刀の形を作り、自らの首をとんとんと叩く。


「生き物である以上、首を刎ねられれば必ず死にます」


「!」


「また、目を潰すのも有効です」


 則宗は左手で二本指を立てると、自らの目を突く真似をする。


「理屈はそうじゃが……それをやるとなると大変じゃろう?」


「我らの後ろに数多の無辜の民がいると考えれば、その程度のこと、苦労ではありません」


「む……」


「我々はただ、それを粛々と実行するのみです」


「ふははっ! さすがは則宗、頼もしい限りじゃのう!」


 初老の男性は笑って膝をうつ。


「しかし、現状はこの則宗でも役不足……」


「ん?」


 則宗が居ずまいを正して、頭を下げる。


「伊達仁則宗、恐れ多くも国司藤原和衡ふじわらかずひら様にお願いの儀がございます……」


「ふむ……」


「この度は空位となっている鎮西将軍の座に『御曹司』のご就任をお願いしたく、こうして平泉に参上しました」


「やはりそうきたか……」


 和衡と呼ばれた初老の男性は苦笑を浮かべる。伊達仁が重ねて告げる。


「数年前は国司さまのご判断によって、見送りとなりましたが、時は満ちたと思われます」


「そう思うか?」


「はっ、御曹司も齢十五、立派に将軍職を務められるであろうと存じます」


「そうか、あやつももうそんな歳か……時が経つのは早いのう」


「……外敵からの脅威にさらされている現状、御曹司に陣頭へ立って頂ければ、兵の士気は大いに上がり、また民の心には安寧がもたらされることでしょう」


「ふむ……則宗の言いたいことはよく分かるが……」


「この盲の両眼、不思議なことに見えないはずのものがよく見えるときがあるのでございますが、それでも限界があります」


「『盲目の竜』、伊達仁則宗の武威では不十分だというのか」


「けして弱音を吐いているわけではありませんが……!」


「それは承知しておる」


「それでは!」


「だがな、則宗よ……」


 和衡が則宗に近づき、耳元で囁く。


「! ……」


「あやつ、わずかな供を連れて、どこかに姿をくらましよったんじゃ……」


「ええっ⁉」


 予期せぬ言葉に則宗が素っ頓狂な声を上げる。

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