第5話 僕様は自称魔法使い

 学校による教育があるのは人間に限った話ではないし、夏休みには宿題がどっさり出されるのも、人間に限った話ではない。

 ケヴィンも、宿題の山に辟易へきえきとしている一人だ。


 彼の自室のつくえの上には、文字通り山と、課題とそれに関する本などが積まれている。その中身を見てみれば、こんなに小さな子どもが取り組むにはむずかしすぎる内容だと感じるかもしれない。

 それもそのはずで、ケヴィンはそのおさない印象よりはよっぽどとしをとっていて、けれどもまだまだ子どもあつかいされる歳でもあった。

 歳のわりにほんの子供のような身体や、人々が見れば目をいてやまない、その世にも美しい顔だちは、彼の世界では特筆すべきことでもない。

 つまり、とても妖精ようせいの一族らしい見てくれだというだけだ。


 彼は妖精王の親戚しんせきすじの子息であることもあって、要求も期待も山とそのかたにのしかかっている。

 学校の宿題のみならずあたえられる課題もあったし、完成度も要求されるのでなおさら、うんざりとしていた。

 とはいえ、遠縁とおえんなので気楽な立場である一面もあった。

 だから、この贅沢ぜいたく我儘わがままは実現できたのだ。


僕様ぼくさまはこの夏休み、ココからげるぞ! どこか遠くでのんびり過ごすからな!」


 ケヴィンはそう宣言せんげんして家を飛び出し、遠く日本へと休暇きゅうかに出かけた。



 この地を選んだ理由に特別なものはない。どこか遠くへと考えた時に、地図の一番はじにあったからというだけだった。

 おあつらえ向きの古い洋館が長年空き家になっているのを見つけ、すこしばかり──いや、かなり、魔法まほうの力で自分好みに改造して、居住場所を確保する。

 夏の間だけとはいえ、ご近所にヒソヒソとうわさをされても面倒めんどうなので、ちょっとした細工もほどこす。つまり、家主の招きがなければ屋敷やしきの門にたどり着けない魔法だ。

 ケヴィンには、それだけのことをやってのける魔法の力があった。


「休暇とはいえ、知見を広めるため……視察しさつの名目ですからね。宿題からはのがれられませんよ、ぼっちゃん?」

 執事しつじのケットが言った。ケヴィンについてきた、ただ一人の使用人けんお目付役だ。


「当然、承知しているさ。ちゃんと問題集もやるし、論文ろんぶんも出す」


「人間観察レポートの観察対象は、この国の人間から見繕みつくろうのですよね?」


「それが、日本に来る条件だからな。近所から適当にさがそう。

 ──そうだな。屋敷までの地図をいくつかの場所にかくしておいて、一番初めに僕様のところに辿たどり着いたやつにするというのはどうだ?」


 ケヴィンの指示で、ケットは様々な場所に地図を隠しに出かけた。

 彼が黒猫の姿すがたに化けると、どこにしのむのも簡単かんたんだった。



 そのうちの一つ、ある小学校の図書室に隠した地図を持って、小学生の男子が一番はじめに屋敷におとずれた。


「おお! さっそく人間が来たぞ!」

 二階のまどから門扉もんぴの様子をうかがっていたケヴィンは、用意していた魔法使まほうつかいっぽい衣装いしょう着替きがえると、はやる気持ちで外へと向かう。


 魔法使いっぽい衣装を選んだのは、観察対象に妖精とバレてはいけないからだ。正体が知られてしまうと、双方そうほうにとって幸福とはいえない事態になることが多い。

 日本ではどうかわからないが、故郷こきょうの国では案外と見破られてしまうものだった。かくそうとしていても、魔法の力や、どこか人ではない雰囲気ふんいきというものを感じ取られるのかもしれない。


 だからといって魔法使いをよそおうというのも、現代ばなれしていることにケットは気づいていた。けれど、主人がとても楽しそうに衣装を用意しているので、微笑ほほえましい目で静観している。

 この地では妖精は一般的いっぱんてき存在そんざいではないとたかをくくっている側面も否定ひていはできないが、いざ妖精とバレた時には、その人間の記憶きおくを消して仕切りなおせばいいと考えた。──論文の進捗しんちょくおくれてしまうが。



「僕様はケヴィン、魔法使いだ!」


 一番初めにたずねてきた男の子を書斎しょさいに通し、まずは自己じこ紹介しょうかい


「ええっと、ぼくは何から質問したらいいのか……。いろいろ聞きたいことや言いたいことはあるんだけど……」


「僕様が名乗ったのだ。君もまずは名乗るのが礼儀れいぎだろう?」


「……ユウヤ」


「そうか。ユウヤ! なあ、この格好はどうだ? 映画を参考に、かの有名な魔法学校の制服を着てみたんだぞ? どこから見ても魔法使いだろう?」


「ああ、どこかで見たことがある服装だって気がしたのは、そういうこと……」


「ユウヤ、君が来てくれて嬉うれしいよ。さあ、お茶にしよう。ゆっくりと語らおうじゃないか」


 そうして紅茶こうちゃとお菓子をすすめる。

 まんまと“妖精の食べ物”を食べれば、このユウヤと名乗った男の子はケヴィンの手の内だ。



 お茶菓子ちゃがしをつまみながら話をしてみると、ユウヤは小学五年生の男の子で、この国でごく一般的な子供のようだということがわかった。

 観察対象としてもちょうどよく、すべては首尾しゅび良く進んでいる。これで宿題の一つは片付かたづきそうだとケヴィンは内心で思いながら、夕暮ゆうぐれ時までユウヤと過ごした。



 ユウヤが帰宅きたくすると、別室で待機していたケットは書斎を訪れ、心配そうにケヴィンに聞いた。


「どうでした? 彼は」


「とても好感が持てた。仲良くなれそうだ」


「では、まだ一人目ですが、本当に彼で決まりですか?」


「そうだな。ちょっとのぞかせてもらって、それで確定しよう」


 ケヴィンは大きめの羊皮紙を机の上に広げた。

 そこに、ユウヤが使ったティーカップ、すこしばかり飲み残した紅茶が残るそれを、かたむける。

 カップの中身がポタポタとたれ、そのシミは徐々じょじょに紙に広がって、小さな文字へと変わっていく。

 しばらくすると紙全体がびっしりと、細かい、細かい文字でまった。


 ケヴィンは文字でくされた紙を満足げにかかげたかと思うと、直後には首をかしげ、表情も険しくなった。


「なあ……ケット。ちょっと……文字が大きすぎるというか……。あのくらいの歳にしては明らかに、余白が少なすぎやしないか?」


「そうですね。たったこれだけの余白では、この先何十年とあるだろう未来を書ききれないでしょう。このような例の場合は……」


「近々、生命が終わるということになってしまう」


 ケヴィンは、羊皮紙に書ききざまれたユウヤの記録を、拡大鏡かくだいきょうを使って読み始めた。この紙には、彼が生まれた時から今現在までと、少しばかりの未来がびっしりと書かれていた。

 とはいえ、とても個人的なものだ。本人が無意識にでも秘密ひみつとしていたり、知られたくないと思っている事柄ことがらなどは、文字がにじんで読みにくく、または完全に読み取れなくなっている。


「近々どころじゃない! エピローグまですでに現れてるじゃないか」


 ケヴィンは、はぁ、と同情をめたため息をついた。


 紙には、要約すれば、八月の始めの花火大会で暴発事故が起こり、ユウヤもそれにまれて生涯しょうがいじることが、書かれていた。それは凄惨で混乱を極める、類を見ない大きな事故だ。

 打ち上げ箇所かしょの近くにいた大勢の人が犠牲ぎせいになったり大怪我おおけがをするとも記されている。目を背けたくなるような、内容だった。


(なんというめぐわせか。観察対象にしようとした人間が、こんな……)


「坊ちゃん? 未来を知ってそれを曲げようとするのは、過干渉かかんしょうになりますよ?」


 神妙しんみょうな顔でジッと紙をのぞみ続けるケヴィンに対し、ケットがたしなめるように言った。


「言われるまでもなく、わかっているよ。

 ──が、しかしなぁ。知ってしまったものを無視むしするのも心苦しい。まだ、ほんの子どもではないか」


「過干渉する気、満々ですね」


「宿題の論文にはのことまで書かなければいい。

 ──ただ……ユウヤの他にもたくさんの犠牲者が出ているのが問題だ。

 例えば、雨をらせるなどして花火大会とやらの開催かいさい阻止そしすれば、彼らの運命もまた、変えることになってしまう。それはさすがにやり過ぎだ」


「ユウヤさんだけを救うことは?」


「現地に行かせないという選択肢せんたくしが一番簡単だが、まあそれも、あまり強引にやるとなぁ」


「干渉がすぎれば、しかられますものねぇ」


「叱られるでめばおんだろうよ」


 ケヴィンは、不穏ふおんな未来が書き刻まれた羊皮紙をたたむと、机の引き出しにつっこんだ。

 

「観察対象はユウヤで決まりでいいだろう。先のことは置いといて、ひとまずはわすれないうちに、今日のことを記録しておくよ」


 知ってしまった未来とどう向き合うのか。彼の決断は、運命の日に明らかになるだろう。


 ケヴィンは机に向かうと新しい紙を広げて、ペン先をインクびんひたした。



 end?

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【連作短編】自称魔法使いと怪しい洋館 冲田 @okida

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