第4話 自称魔法使いと再会の約束

 ホットのいアールグレイに砂糖さとう三杯さんばい

 ミルクはたっぷり。

 ビスケットをえていただこう。

 それを日に三度、お茶の時間は多い方が楽しい。

 楽しいひとときには旧友との思い出話に花をかせるのもよいだろう。



「なあに? それ?」


「え? なあにって、なにが?」


「ユウヤ、カップにミルクやお砂糖入れながら、何かブツブツつぶやいてたけど?」


「うわ、ずかし! 無意識だわ」


 ミユは心配そうに首をかしげた。せっかくの休日デートだというのに、なんだか今日は、ユウヤが上の空だ。


 かわいいパフェが人気のカフェで向いあってすわり、パフェもセットの飲み物も、オマケのビスケットやクッキーもテーブルの上にならんで、える写真もり終わった。

 今はなんとなく、お茶をすすったり黙々もくもくとパフェのアイスクリームを口に運んでいる時間。


(まあ、ちょっとしただけだし、デートだと思っているのは私だけかもしれないけど……。でも、今日はユウヤの誕生日たんじょうびだし、お祝いしたいし!)


 ミユは、もう高校生にもなるというのにいまだ“家が近所の幼馴染おさななじみ”から脱却だっきゃくできない目の前のかれを、ソワソワと見た。

 会話が止まってしまったので、ミユは何か話題をと、グルグルと頭を回す。


「そういえば、ユウヤがホットティーたのむなんてめずらしいね」


「うん、なんでだろう。好きじゃないはずなのに、今日は飲みたくなってさ」


 以前──彼らが小学生高学年くらいのころだろうか。

 その頃ユウヤはホットティーを飲むと、説明ができないけれどなにか心にぽっかりあなが空いたような、なにか大事なことをわすれているような、変な焦燥しょうそうのようなものを感じたのだった。

 どうにもむねがザワザワするのがいやで、それからはこんな場面ではジュースや、最近ではコーヒーを注文するようになっていた。

 だというのに、思えばこの目の前のホットティーは今日、三杯目だ。

 朝ごはん代わりのビスケットと一緒いっしょに。

 昼ごはんのあとに、母親と姉のお茶の時間に付き合って……。



 ミユは、相変わらず考え事でもしているようにボーッとするのをやめないユウヤに、こまてた。

 何度、なにかと話題をふっても、ユウヤから返ってくるのは生返事なまへんじばかりだ。


 頭の中の計画とはちがうけれど、仕方なく、ミユは本題に入ることにした。


「ユウヤ、今日は誕生日でしょ? 大したもんじゃないけどさ」

 彼女はそう言いながら、カバンからつつみを取り出してユウヤに差し出した。


「はい。オメデトウ、おたんじょうび」


「あ……ありがとう」


 プレゼントをわたしたほうもわたされたほうも、笑顔ながらもすこしばかり照れた表情をしながら、お互いに少しだけ視線しせんをはずす。


「今日は家族でお祝いしたりするの?」


「もう高校生だし、デザートにケーキが出るくらいだよ。それも、姉ちゃんが食べたいからってだけだし」


「そんなもんかぁ」


「そんなもん、そんなもん。

 ミユに呼び出されなかったら、一日中家でゴロゴロしてただけの誕生日だったんじゃないかな?」


「なら、声かけてみてよかった!」


 ようやく会話になってきたこともうれしくて、ミユはにこにことご機嫌きげんになった。

 けれど、いい雰囲気ふんいきになってきたところでピリリとミユの電話の着信音が鳴った。

 マナーモードにし忘れていたらしく店中に大きな音がひびき、ミユは無視むしもできずにあわてて電話を取る。

 顔の前で手刀を切って「ごめん」を伝えると、彼女は一度、店を出ていった。



 さほど時をおかず、前方に人の気配を感じた。

 ミユがもどってきたと思って、スマホをいじって待っていたユウヤが顔をあげると、彼女の席にすわっていたのは別の人物だ。

 赤毛に緑の目、とおるような白いはだで日本人離れした顔立ちの、小学生低学年くらいの男の子だった。

 まるでもともと自分の席であったかのように平然と、どこかえらそうにもたれに寄りかかりながら、彼は言った。


「やあ、ひさしぶり。約束を覚えていてもらって、光栄だよ」


 まるで知り合いかのように親しげに話しかけてくる子どもにあっけにとられて、ユウヤはすぐには言葉を発することができなかった。


「電話のタイミングが悪くて、あの子にはもうわけないことをしたね。花火の時の子だろ?」


 男の子は、かまわず続けた。


「こうやって十六さいにまで成長したユウヤに会えてうれしいよ。謹慎きんしん処分しょぶんえた甲斐かいがあったってもんさ」


「──……約束? 花火の時? 謹慎処分? ……君は、誰?」

 ユウヤはようやくと、声をしぼりだす。


「まあまあ、最後の言葉は気にするな。

 ──で、だ。とかく、十六歳というのは選択せんたくの歳だ。そして、本来、ユウヤのように我々われわれ干渉かんしょうによって運命が大きく変わったものは、我々と共にあるべきなのだ」

「だがしかし、今すぐに決められるものでもないだろう。なにせ見たところ、まだミユチャンとえ切らない関係を続けているほどだからな」

「そういうわけで、僕様ぼくさまの新居の地図だ。ユウヤが十六である間はここにいよう。気が向いたらたずねてきてくれたまえよ」


 男の子は相変わらず、ユウヤの困惑こんわくなどお構いなしにまくしたて、地図の書かれた紙切れを彼の手にしつけた。


「──さて。とはいえ……まだユウヤにはピンときていなようだし、まずは思い出話にでも花を咲かせるとしようじゃないか。

 僕様はケヴィン。魔法使まほうつかいだったろう?」


 ユウヤは戸惑とまどいながらも、つい、綺麗きれいなガラス玉のような緑色のひとみのぞんでいるうちに、断片だんぺんてきに小学五年生のときのあの夏休みを、思い出しはじめていた。


(どうして、どうして今まで忘れていられたんだろう……)


 そしてはっきりと、別れの日を。





 セミの声はツクツクボーシばかりになり、もうすぐ夏休みも終わり。時候の挨拶あいさつでは残暑なんて言うけれど、現実はまごうことなき猛暑もうしょだ。

 いつものようにあせだくになりながら、ユウヤは洋館に辿たどり着いた。


 この洋館は夏休み前に出会った自称じしょう魔法使い、ケヴィンの別荘べっそう──いや、彼いわく秘密ひみつ基地きちだ。

 夏の間だけ日本にいると言った彼は名前の印象の通り外国人。真っ白な肌に赤毛と緑のひとみが映える、小学一、二年生くらいの背丈せたけの美少年だ。

 五年生のユウヤは夏休みの間、足繁あししげくここに通っていた。他の友達との約束や習い事などの用事がない平日は、ほとんど費やしたのではないだろうか。

 ケヴィンの書斎しょさいは寒いくらいにすずしくて、その快適な部屋で宿題やドリルをやったり、ユウヤがんだゲームで一緒に遊んだり、お菓子を食べながらおしゃべりをしたりと過ごす。


「はぁあ、すずしい!」

 ユウヤはケヴィンの書斎に入ると、慣れた様子でソファに座り、リュックサックを置く。


 ソファの前のローテーブルにはお菓子と飲み物が用意されていて、ケヴィンは一足先にもぐもぐと口を動かしていた。

 その横には執事しつじのケットがピンと背筋せすじばしてひかえている。


「あ、めずらしい! コーラ出してくれたの?」


「おい、違うぞ?」


 ケヴィンの言葉を聞く前に、ユウヤは氷がいっぱい入って冷たそうなグラスをぐびっとかたむけ、直後、盛大せいだいにむせた。


「にっがぁ!」


「それはアイスコーヒーだ。はやとちりするな」


「いっつも紅茶こうちゃだからどっちにしても珍しいけど、どうせ珍しいならコーラにしてよ。なんでまたコーヒーなんか……」


「お子ちゃまには早かったかな?」


 そう言われてしまうとさすがにくやしい。ユウヤはアイスコーヒーをしてみせた。身体が一気に冷えたので、彼は用意していたパーカーを羽織はおる。


「今日の衣装いしょうは一周まわってまた魔法学校スタイルだね」

 ユウヤがケヴィンに言った。


「そうだ、魔法使いっぽいだろう?」


「衣装、ネタ切れ?」


「魔法使いっぽい格好ってのは、ほとんど決まっているからな。わかりやすい反面、残念ながらバリエーションが少ない」


 ケヴィンはこうやってやけに「魔法使いっぽい」にこだわる。

 そのこだわり方もあやしいし、そもそも非現実的な“魔法”というものを、ユウヤははじめ、正直なところ信じていなかった。

 けれど今は、彼が本物の魔法使いであろうことはうたがっていない。なんども、不思議を目の当たりにしたからだ。

 例えば、食べ放題、飲み放題のケーキや紅茶はいつも、ケヴィンが魔法で出している。

 出かける時はクローゼットのとびらを開ければ目的地が目の前だったし、魔法道具を作成する手伝いをしたこともあった。──何に使うものかはユウヤにはわからなかったが。


「で、アイスコーヒーはどういう風のまわし?」


「もう、夏も終わる。君とは、夏の間の遊び相手になってもらう約束だ」


「コーヒーと何の関係が?」


「決別だよ、ユウヤ。あまいホットティーと甘いお菓子にうずもれた日々からのね」


「……すごく遠回しだけど、つまり、ケビンが帰る日が来ちゃったってこと?」


「理解が早いね。さすがはユウヤだ。

 すべては夏の夜の夢──僕様たちのことを思い出すこともあるまい」


「──ぼっちゃん、カッコ良く決めているところ申し訳ありませんが、夏の夜の夢は夏至げしの話ですよ。言いたいことはわかりますけれど」

 となりに控えていた執事のケットが、ケヴィンの耳元でボソボソと言った。ケヴィンはもちろん聞いていないことにした。


「よくわからないけど、わすれるわけないよ! ケビンのこと、ぜったい忘れない!」

 ユウヤは思わずこしかせて、力強く言った。


「決別のアイスコーヒーを飲んだからね。僕様と過ごした記憶きおくは加速度的にうすれていくはずだ。期待はしないよ」


「そんな……。そうと知っていれば、こんな好きでもないもの、わざわざ飲んだりしなかったのに!」


 ユウヤの目には、なみだかんできた。ケヴィンが、この別れをなんとも思っていなさそうに見えるのも、くやしかった。


「ホットの濃いアールグレイに砂糖を三杯。

 ミルクはたっぷり。

 ビスケットを添えていただこう。

 それを日に三度、お茶の時間は多い方が楽しい。

 楽しいひとときには旧友との思い出話に花を咲かせるのもよいだろう」


「なに、それ?」


「最後に、っぽい約束だ。

 以前、魔法を使いたいと言っていたな? もし、約束を覚えていれば十六歳の誕生日に再び現れよう。

 そしてその時、選択肢せんたくしあたえるよ。僕様たちの仲間になるか、いなか。

 仲間になれば、かなえられる。もうユウヤは、我々の世界に片足かたあしんでるからな」


「約束、忘れないよ。また会おう、会いたいよ」



(ん? 誰と、会いたいんだっけ?)


 ユウヤはツクツクボーシの声がうるさい太陽の日差しの下で、ふと目線を上げた。

 いつの間にこんなところまで歩いて来ていたのか、仲間内ではお屋敷やしきんでいる、古い洋館の前にいた。

 あまりの暑さにボーッとしすぎたのかもしれないと思いながら、気味悪くヒヤリとした空気がただよってくる気がするこの場所から、ユウヤは足早に立ち去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る