第3話 自称魔法使いと魔法道具制作

 特別な魔法の地図を持つ者だけがたどり着けるという、不思議な洋館があった。

 住宅街じゅうたくがいのど真ん中にあるのにだれにも気にされない屋敷やしきだ。

 一度行ったことがあるならもう一度行けそうなものなのだが、地図がなければなぜか門扉もんぴの前に立つことができない。

 地図さえ持っていれば、あっちを曲がり、こっちを曲がり、同じ道を何度も通った気がしながらも、気づけば立派りっぱな門扉の前にたどり着けた。

 その柵門さくもんは、塗装とそうげてていてさびも目立つが、大人のもゆうにえる高さや、柵を曲げて模様もようえがいたような装飾そうしょくには、圧倒あっとうされる。

 柵門からのぞく古い洋館はといった雰囲気ふんいきただよわせていた。


 そんな屋敷の主、ケヴィンは、西洋風の建物にぴったりな西洋風な顔の造形をした、小学一、二年生くらいに見える小さな美少年だ。

 夏休みが始まったころでかなり気温も湿度しつども高いのに、いつでも暑そうな黒い服を着ている。

 その代わり、彼のお気に入りの部屋──ソファもつくえもお菓子もそろ書斎しょさいは、寒いくらいにすずしかった。


 だいたいいつもの時間、昼ごはんが終わった頃に門扉がギイと重く開く音がした。

 地図を持つ少年、ユウヤがたずねてきたのだ。彼は、どこにでもいそうな読書好きの小学五年生だ。


「やあ、が友よ。そのあせまみれの姿すがたを見るに、今日も外は暑そうだね」


 ケヴィンはそう言いながら、背丈せたけよりも長いつえ一振ひとふりする。

 勝手知ったる様子でソファにすわったユウヤの目の前のローテーブルに、ティーセットやケーキが、手品のようにあっという間にならんだ。

 ケヴィンは、自称じしょう魔法使まほうつかいだ。


「その黒い服や大きな三角帽子ぼうしを見ているほうが暑苦しいよ。それに、ホットティーはないんじゃない?」


紅茶こうちゃを飲むならホットだろう。それにすぐ、この選択せんたく間違まちがいでないと知るだろうよ」


「たまにはコーラがしいなぁ」


餌付えづけされてる身で、贅沢ぜいたくものだな」


「餌付けって言い方はひどいだろ! 期待はしてるけど!」


 ユウヤは言いながら、ぶるっとふるえた。汗が部屋の冷気に急激きゅうげきにひやされて寒くなってきたのだ。ケヴィンはニヤリと笑うと紅茶のポットを指さした。


「ほら、あたたかい紅茶が飲みたくなってきただろう?」


(まずその厚着をやめて、極端きょくたんに寒い部屋にしなければいいのに)

 と心の中で毒づきながら、ユウヤはポットから二人分のカップに紅茶をそそぐ。

 次に来る時には忘れずにパーカーを持ってこようと決意した。



 この後は、ケーキを食べながら話をしたり、ユウヤが持ってきたゲームを一緒いっしょにやったり、夏休みのドリルをやったり、本を読んだりと、すずしい部屋でダラダラと過ごすことが多い。

 ユウヤは魔法使いを自称するケヴィンに興味深々で、知り合ってから先、こうやってよく一緒に夏休みを過ごしている。

 ユウヤにとってはこの時間が好きだからそうしているわけだけれど、ケヴィンがそれで楽しいのかは、よくわからなかった。


 というより、ケヴィンについてはわからないことだらけだ。

 はっきりわかったことといえば、彼の故郷こきょうは外国、夏休みの間だけ日本にあるこの屋敷に来ている、親は一緒ではない、紅茶とケーキが好き、そのくらいだ。

 魔法も、先ほどのようにお茶やお菓子を出すところくらいしか、見たことがなかった。本当のところは手品なのかもしれないと、ユウヤは最近いぶかしんでいる。


「今日は行きたいところがあってな。ユウヤにも付き合って欲しいのだが」


「うん、いいよ! 初めて一緒に外に行くね!」


「日本の夏はししていて、とても僕様ぼくさまえられる暑さではないからな」


(どう考えても、服装ふくそうのせいだ)

 とユウヤは思ったけれど、いままで何度言っても改善かいぜんがないので、思うだけにしておいた。


 ケヴィンは「さて」と言いながらわざとらしくかたのストレッチをすると、先ほどの長い杖を持った。

 その杖でクローゼットのとびらをコンコンっとノックしてから開けると、目の前に砂浜すなはまと海が現れる。映像えいぞうではなく、どうやら本物だった。


「どうだ。どこか別の場所につながっているドアを作れるなんて、なんとも魔法使いらしいだろう?」

 ケヴィンは、ユウヤがいままで見た中で一番の得意顔を見せた。


「うっ……そ……。ケビンて、本当の本当に魔法使いだったの?」


「初めから言っているではないか。どこから見ても、魔法使いだろうが。 信じてくれているものと思っていたがな。

 ああ、しかし、外では大きな声で言ってくれるなよ。一応秘密ひみつだからな」


「いいなぁ。魔法。ぼくも魔法使いになりたい。

 ケビンに教えてもらったら、なれたりするもの?」


「ユウヤには──五年、はやいな。その時、覚えていれば考えよう」


 ケヴィンはそう言いながら扉をくぐり、砂浜へと足をれる。ユウヤも、あわててそれについて行った。



 砂浜は日本のどこか、海水浴場にもなっている場所のようだった。

 けれど、水着を持っているわけでもなく、まさか泳ぎに来たのではないだろう。

 夏休みとはいえ平日なのでそんなに混雑していなくて、海の家があるあたりにパラソルやテントが集中している。

 海水浴客を遠目に見るあたりの波打なみうぎわを、ケヴィンは歩き始めた。


「なにしに来たの?」

 ユウヤが聞いた。


「魔法道具を作る材料がしくてね。

 “大空をただよった風船の先についていたつつみ”や“秘密をめたあし”や、他のものは手元にあったんだが“浜辺はまべ漂流ひょうりゅうぶつ”が足りないのだ。だから拾いにきた」


「“浜辺の漂流物”って? どんなもの?」


「なんでもいい。流木でも貝殻かいがらでもガラス玉でも。ああ、明らかなゴミはやめておいた方がいいな。と、いうわけで……だ……」


 ケヴィンは突然とつぜんフラフラと足元がおぼつかなくなったかと思うと、砂浜にパタリとたおれた。


「えええええ! ケビン!?」


 ユウヤが慌ててると、大きな三角帽子からのぞく顔は真っ赤で、明らかに暑さにやられている。

 ユウヤはひとまず彼をズルズル引きずり、涼しい部屋へと連れてもどった。

 黒くて重い上着を渋々しぶしぶいでソファに寝転ねころんだケヴィンは、うーんとうなりながら

「これだから日本の夏は」

 と毒づいた。


大丈夫だいじょうぶそうだから良かったけど、暑いってわかってるならそれなりの格好をしなきゃ。ぼくなんか、Tシャツ短パンでもあっついのに」

 ユウヤは宿題と一緒に持ってきた下じきをうちわ代わりに、パタパタとケヴィンに風を送りながら言った。


「魔法使いっぽくなくなってしまうではないか」


「じゃあ、魔法でなんとかできないの?」


つかれるじゃないか」


「“浜辺の漂流物”は、どうする?」


「ではユウヤに任せよう。僕様の心配はしないくていい。ケットをぶからな」


 ユウヤは今まで聞いたことも会ったこともなかったけれど、ケットというのはケヴィンに仕える執事しつじの名前だった。

 まもなくその執事が冷たい水や氷を持って書斎に入ってきた。黒くてかっちりした、な服装をした、背の高い大人の男性だ。


「そういうわけで、収集しゅうしゅうよろしくたのむよ、ユウヤ」


「その代わり、魔法道具作るところ、見せてもらえる?」


存外ぞんがい強欲ごうよくだな。まあいいだろう。約束する」




 次の日、体調もすっかり良くなったケヴィンは全く反省のない服装でユウヤを屋敷にむかれた。

 いつもの書斎ではなく、あやしい地下室に案内されて、ユウヤは緊張きんちょうと少しのこわさ、それから楽しみな気持ちでドキドキとした。

 薄暗うすぐらい部屋の中には、理科室にありそうな実験器具のようでもう少し古そうなものや、大きなかま、たくさんの薬瓶やくびん、カラカラにかわいた植物など、色んなものが置いてあった。そしてもちろん、この部屋も寒かった。


 ケヴィンは、ユウヤが指示どおりにたくさん拾ってきた流木や貝殻などや、他にも用意した固形あるいは液状の材料をぽいぽいと大釜おおがまの中に入れていく。

 それを暖炉だんろの火にかけると、大きなさじで中身をかき混ぜながら、時に他の材料を追加しながら、グツグツと煮詰につめ始めた。


「すっごい、魔法使いっぽいね!」


「どうだ、魔法使いっぽいだろう?」と聞かれる前にユウヤが言うと、ケヴィンは満足そうににんまりと笑った。


「そうだろう、そうだろう! この後は簡単かんたんだから、ユウヤにも手伝ってもらうからな」


 ケヴィンは上機嫌じょうきげんで、テキパキと作業台に色とりどりの粉を用意する。煮詰につまってドロリとなった大釜の中身をいくつかのうつわに移し、用意した粉の量を計り、配合を変えながら、それぞれの器に入れる。

 ユウヤは、器の一つを受け取って、指示された通りに手袋てぶくろをした手でグシャグシャと混ぜた。

 ドロリとした液体はだんだんハンバーグのタネのようにまとまり、それをどろ団子を作るように丸めて、作業台にならべていった。


「魔法道具って感じ、あんまりしないなぁ?」

 ユウヤは正直な感想をいった。


「見てくれは悪いが、僕様が魔法の力をめて使うと、ちゃんと真価しんか発揮はっきするよ」


「何に使うもの?」


「さあ、それは秘密だ。結局使わないかもしれないが、使うとなった時にはユウヤも楽しんでくれ」


「うわ! 気になる! 楽しむものなの?」


 ケヴィンはそれには答えずに、黙々もくもくとした作業にもどった。これ以上は答えてくれそうにないなと判断して、ユウヤは話題を変える。


「そういえばさ、もうすぐ花火大会があるんだよ。日本の花火大会って見たことないでしょ? ケビンも一緒に行かない?」


「──行かない。興味もないしな」


「えぇー。残念。じゃあ別のやつと行くかぁ」


「いや、どうにも気が進まない。魔法使いのかんってやつだ。お前も行かない方がいい」


「なんだそれ?」


「それに……今のところ誰をさそっても、いい返事はもらえていないだろう?」


「なんでそれ、知ってんの……」


 ユウヤはガクリと肩を落とした。ケヴィンの言う通り、今のところ花火大会に一緒に行ってくれる友達は見つかっていない。


(まあ、僕様が手を回しているからだが……)


 ケヴィンがまただまってしまったので、ユウヤも黙々と泥団子のような魔法道具を作る作業に戻った。



 この、ユウヤも制作を手伝った魔法道具は、花火大会の日に使われることになる。

 けれど、それはまた別のお話────

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