第2話 ライバルは自称魔法使い?

 小学生は夏休みにはいって、はや八月も頭。

 始業式まではまだ日があるし、学校がないことが少しさびしくなってきたころだ。

 ミユは昼ごはんの後、ぬいぐるみでいっぱいの自室のベッドに転がりながら、「はぁ」とため息をついた。

 手には携帯けいたい電話がにぎりしめられている。スマートフォンではなくて、いわゆるコドモケータイというやつだ。

 このケータイは厄介やっかいで、気軽にメールも送れないし家族以外の番号は電話帳に入っていない。友達のだれかに連絡れんらくをとろうにも、お手軽さが足りないのだ。

 だから、勢い任せの電話がむずかしい。もう、夏休みに入った頃からずっとずっと、電話をかけようか迷っていた。


「電話が勇気でないなら、いっそ直接さそう、とか?」


 ミユはのそのそとベッドから立ち上がった。一軒家いっけんやの二階にあるこの部屋のまどからはちょうど、お向かいのかれの家が見える。カーテンの隙間すきまから外を見ると、偶然ぐうぜんにも玄関げんかんから彼が出てきた。


(もう、今しかチャンスはない!)


 幸い、ちゃんと可愛い服には着替きがえてある。かみはちょっとボサボサかもしれないけど、整えてたら間に合わない。ケータイは握りしめたまま、ポシェットをひっつかんでミユは急いで外に出た。



 小学五年生のユウヤは、古くてあやしい洋館の一室をたずねていた。夏休みまえにみょうえんで友達になったケヴィンの別荘べっそう……いや、秘密ひみつ基地だ。

 屋敷やしき外装がいそうはボロボロにみえるけれど、中は立派りっぱ貴族きぞくのお屋敷という風で、このすずしい書斎しょさいにも、高価そうなソファやつくえなどの家具がしつらえられている。

 ここまでの夏休みのうち、それなりの日数をユウヤとケヴィンはともにこの部屋で過ごしていた。


 ケヴィンは名前から想像できるように外国人で、しかし日本語は堪能たんのう背丈せたけは小学一、二年生くらい、白いはだに赤毛と緑のひとみえる端正たんせいな顔立ちをした、自称じしょう魔法使まほうつかいの男の子だ。


「ねえケビン」

 ユウヤがその彼に声をかける。


「ケヴィンだと、何度言ったらわかる?」

「ケビン?」

「ケヴィン! ヴィ!」

「ビ?」

「……もういい。それで、要件はなんだ?」


「今日のその格好って……?」


「おお! ようやく気づいてくれたか!」


 ケヴィンは嬉々ききとした表情をして、くるりと一回転してみせた。彼が着ているのは、真っ黒でダボっとしたワンピース。手にはほうきを持って、頭には真っ赤な大きいリボンをつけている。


「どうだ、魔法使いっぽいだろう?

 金曜日の夜にテレビをつけたら見かけてな。日本人で知らない人はいないほどの魔法使いだそうじゃないか」


「いや、でも、魔女まじょだよね?」


偉大いだいな魔法使いに男も女もあるものか!」


「多様性をみとめようって時代ではあるけども……!」


 その前にその魔女は見習いじゃなかったっけ? という言葉をユウヤは飲み込み、


「すごく、似合ってるよ」

 と言い足した。


 実際、それはうそではなかった。ワンピースはおろか、赤い大きなリボンですら彼には似合っていた。美形は得だ。

 ケヴィンは満足げな顔でふふんとご機嫌きげんに鼻を鳴らし、どこからか黒猫をせた。黒猫まで用意するとは、なかなかっている。


 黒猫はひとしきりケヴィンにでられた後、出窓でまどの天板部分にひょいと飛び乗り、外を見た。


「それで、ユウヤ様。あなたが門まで連れてきたのは、どちら様です?」

 出窓の方から、ケヴィンとは違う声がした。


「ね……猫が、しゃべった⁉︎」

 ユウヤは思わずさけぶ。


「魔法使いが連れている黒猫だぞ? 言葉くらい話せて当然だろう」


「ケビンと話していると、当然のことのように感じてくるから不思議だよ」


 ユウヤはそう答えながら、窓の外を見た。

 この場所は秘密基地なのだ。ユウヤは秘密をペラペラと簡単かんたんに明かすたちではないし、もちろんだれかを連れてきた覚えはまったくなかった。


 けれど、柵門さくもんの前でウロウロしている女の子は知り合いだった。


「同じクラスのミユちゃんだ。でも、ぼくは連れてきてないよ」


「地図を持っていない人には、この屋敷を見つけるのは難しいんですがねぇ」


 黒猫は──その表情は読み取りにくいけれど、おそらくうたがいの眼差しをユウヤに向ける。

 ユウヤは屋敷にたどりつくための地図を持っていた。

 その地図を家にわすれたある日、確かにどんなに周辺をぐるぐるとまわってみても屋敷には辿たどり着けなかったことがある。毎日のようにかよって、場所はわかっているはずなのに、だ。


「ならば、ユウヤの後をつけてきたんだろうね」


 ケヴィンが一緒いっしょになって窓の外をのぞみながら、からかうようにニヤニヤとした笑みをかべた。


「ユウヤ。今日は帰りたまえよ。あの、ミユちゃんとやらと話がしてみたくなった」


「来たばっかなのに……。僕がいたらダメなの?」


「なんだ、君もあの女児とおしゃべりがしたいのか?」


「そ、そんなんじゃねえし! 女子とかどうでもいいし!」


「どうでもいいのなら、遠慮えんりょなく帰りたまえよ」



 正直なところ、本当に自分についてきたのか、それなら用事はなんだったんだろうかというところは、ユウヤの気になるところではあった。

 けれど、まるで興味がないかのようにいながら、裏口うらぐちに案内する黒猫にしたがって、ユウヤは屋敷の外に出る。

 それとほとんど同じ頃、ケヴィンは表の柵門にミユを出迎でむかえに行った。

 そして彼は、ユウヤが初めて洋館を訪ねてきた時と同じように、あれよあれよと強引にミユを書斎まで連れていって茶菓子ちゃがしをすすめた。


「それで? が屋敷に何の用だね?」


「あなたに用があったわけじゃなくて……。

 ユウヤ、ここに来なかった?」


「ああ、来た。しかし、残念だったな。入れちがいで外にいってしまったよ」


「どこに向かったか知ってる?」


「なんだか必死だねぇ。理由を教えてくれたら、代わりに彼の行き先を教えようじゃないか」


(年下のくせに、なんだかえらそう。でもこのままじゃ追いつけない……)

 ミユはあせっていることもあって、イライラとした気持ちになってきた。


「今日の花火大会にユウヤをさそいたくて! でも、さそおうかどうしようか迷ってるうちに当日になっちゃうし、話しかけるタイミングをうかがっているうちに、ここまで来ちゃったの!」

 半ばヤケくそに、ミユは叫んだ。


「それはそれは。甘酸あまずっぱい初恋はつこいの話が聞けそうだな。お茶うけにちょうどいい」


「ち、ちがうよ! 初恋とか、そんな話じゃなくて! 聞かれたから答えただけで!」


「まあ、そういうことにしてもいいが……」


 ケヴィンが、ユウヤに見せたようなからかうようなニヤニヤ顔を、ミユに向ける。

 彼女かのじょは顔を真っ赤にしてうつむいた。


「しかし、君にはもうわけないが……」

 ケヴィンは急に真面目な顔つきでミユをじっと見据みすえた。


「ユウヤを花火大会に誘うのは辞めたまえ」


「……は? どうして?」


「想い人をデートに誘いたいというわけでもないんだろう? ならば彼でなくてもいいではないか」


 ミユは視線しせんをあげ、改めてケヴィンをまじまじと見た。

 変わった言葉遣いや格好をしているけど、どう考えても自分より可愛い。

 ユウヤはこのところ、コソコソと出かけることが多いようにミユは感じていた。


(もし、ユウヤがこのの事が好きで、夏休み中、何度も会いに来ていたとしたら……?)


 そう考えながらも、ミユは負けじとケヴィンをにらけた。


「それなら、ユウヤがどちらを選ぶか勝負よ! ぽっと出のあなたなんかに、負けないんだから!」


「……ん? なにか勘違かんちがいをしていないか……?」


「ユウヤは、きっとわたしを選んでくれるもん!」


「それは微笑ほほえましい話だが。花火大会に誘うなと、それだけだぞ?」


(かんっぜんにバカにされてる!)


 ミユはいい加減我慢がまんならなくなって乱暴らんぼうに立ち上がった。ソファーの前のローテーブルがれ、紅茶こうちゃの入ったティーカップがたおれる。

 上から目線の態度や言葉遣いも、西洋風の綺麗きれいな顔も、ユウヤと仲が良さそうなことも、目の前ののなにもかもが気に入らなかった。

 ミユはふんっとそっぽを向くと、ずかずかと足音を立てながら部屋を出ていった。


 ミユは敷地しきちの外に出ると、早速ユウヤの携帯に電話をかける。誘うかどうか、あんなに迷っていたのが嘘のようだった。


「ねえユウヤ! 私と今夜の花火大会行ってくれるよね!?」




 あらしの去った書斎で、ケヴィンは頭をかかえてため息をついていた。


っちゃん、いろいろと失敗だったようですねぇ」

 黒猫がとことこと、ケヴィンに近づいて言った。


「そうだな。まず、魔女の格好をしていたのが失敗だったようだ」


「それが主な原因ではないように思いますが……。

 それで? あの子の勝負に乗るんですか?」


「いや、勝ち目などないだろうよ」


「なら、どうするんです?」


 ケヴィンは「ふぅむ」とうなりながら、うでを組んで何かを考え込んだ。





 花火大会の会場で、ユウヤはそわそわと、同行者を待っていた。


「おまたせ!」


 と小走りに待ち合わせ場所に現れたのは、浴衣ゆかたを着たミユとそのお姉ちゃん、それからお姉ちゃんの彼氏かれしだった。


「ほら、女の子の浴衣姿すがたは、ほめておかないと」

 と、お姉ちゃんの彼氏がこそっとユウヤに耳打ちする。


「あ……ゆ、ゆかた、かわいいね!」

 ユウヤがぎこちなくめると、ミユはうれしそうに笑った。


 ミユにとっては、保護者がわりに高校生のお姉ちゃんたちががついてくることは正直いって気に入らなかった。そうでなければお父さんが来るというので、それよりはマシと、お姉ちゃんのデートにお邪魔じゃました。

 夜、小学生だけで外に出るなんてなかなか許してもらえることではないのだ。


穴場あなばがあるんだよ。すごく近くで花火見れるのに、あんまり人、いないんだって!」


 そう言うミユのお姉ちゃんに案内されて、ユウヤたちはその場所に向かう。もうそろそろ始まる時間なので、足早に歩いた。


 けれども──ポツリ、ポツリと、雨がり始めた。


 はじめは気にならないくらいだったものが、あっという間に強くなってきてザーザー降りになる。

 シートで場所取りをしていた人たちも、その辺を歩いていた人たちも、あわてて雨からのがれようと動きはじめた。

 ミユたちも、木陰こかげまで走って雨宿りをする。


 風も強くなってきて、まわりにたくさんいた花火見物客はだんだんとあきらめて帰路についている。

 どこからか「中止だって」という声も聞こえてきた。


「私たちも、帰ろっか。残念だったね」

 ミユのお姉ちゃんが、なぐさめるようにミユの頭をポンポンとたたく。


(せっかく、せっかく勇気をだして誘ったのに!)


 とうとう泣き出したミユは、どうにもならないけれどくやしくて、なみだが止められなかった。


「やあ、ご両人。こんばんは」


 女の子が泣いていることなどお構いなしに、黒いレインコートの子どもがミユとユウヤに向かって声をかけた。


「ケビン? 花火大会には行きたくないって言ってなかった?」


 となりには、の高い大人の男性がいた。彼はケヴィンの執事しつじで、ユウヤは一度だけ見たことがあった。主人のために大きなかさをさしかけている。


不躾ぶしつけだが、ご令姉れいし殿どのよ。ちょっとミユとユウヤを借りていくぞ?」


「はい? ミユ、誰この子?」


「ご令姉殿も、こんな天気ではあるが交際相手とのデートを楽しむと良い。

 なに、心配はいらないよ。こちらには大人もいる。何より、ちゃあんと許可を取っているからな」


 ケヴィンはトン、と、ミユのお姉ちゃんのスマホを指ではじいた。


 彼女が頭の上に「?」をいっぱいかべたような顔をしながらスマホを見ると、お母さんからケヴィンが言ったことと同じような内容のメッセージが送られてきていた。


「そういうわけだ。では、行こう、ご両人」



 相変わらずの強引さで、ケヴィンは花火の会場からはなれた、人気のない川原へとやってきた。


「打ち上げ花火くらい、僕様がみせてやる。一度くらい大魔法使いらしいところを披露ひろうしてやろうと思っていたのだ」 


 ケヴィンはニヤリと笑いながらそう言うと、雨のる空に向かって、何やらボールを投げるような仕草をした。


 夜空いっぱいに色とりどりの花火がパッと明るくいて、直後にドンと大きな爆発音ばくはつおんがした。


 ケヴィンがもう一度、二度とボールを投げるように腕をると、ドン、ドン、とまた花火が上がる。


「君のやっていること、言っていること、本当にわけがわからないね」


 ユウヤが言うと、ケヴィンはふふんと、得意気な顔を返す。


「わかってたまるものか。

 僕様があくせく働いてるあいだ、君はせいぜい彼女といい雰囲気ふんいきにでもなっていろ。天気は悪いがな」


(色々と、無茶言うなぁ)


 ユウヤはあきかえったけれど、ミユは花火が見れて満足そうだった。二人だけの、花火大会だ。

 天気は悪いけれど。

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