SS_No.2:伸びた服を着て油断しているとおもちが見える
季節の変わり目だからか。
秋に入って続く連日の雨は、残暑と合わさって部屋の中を湿気でじめじめさせる。
寝ているだけでも汗をかき、あまりの寝苦しさにベッドの上で何度も転がり位置を変える。
ただ、どれだけ寝苦しかろうと今日は休日。学校はなく、予定もない。
そんな日はわざわざ鎖錠さんも起こさないので、優雅に二度寝、三度寝を繰り返し、気付けば時計の短針は12時を超えていた。
時間を確認した途端、思い出したかのように腹の虫がぐぅ~と鳴る。
「お腹空いた……」
なにか用意してくれるかな?
鎖錠さんにすっかり胃袋を掴まれてしまった僕は、ブオンブオン唸るタワーファンをリモコンで止めて、よっとベッドから転がるように飛び降りる。
「しゅた」
10点。
誰も見てないが、バカな真似をしたのが恥ずかしくなって「あはは……」と誤魔化すように笑う。てれてれ。リビングに向かう。
ボサボサ頭でお腹をかきながら、リビングに繋がる廊下の扉を開けて、
「ゲブボッ!?」
と、どこから漏れたのかわからない咳き込みをしてしまう。
座椅子に座り、珍しく薄型テレビを食い入るように観ていた鎖錠さんが、「なに?」と訝しむような視線を向けてくる。
虚ろな黒い瞳。けほけほっと喉を痛める咳を出しながら、なんでもないと手を振る。
不審そうに目を細めているが、『こちらが今日の材料で――』とテレビから音声が流れた瞬間、ついっと興味が移る。
そのことに安堵するも、危機は去っていない。
言葉通りなんでもないわけがなく、問題があるから咳き込んだのである。
見えているのである。
伸びてパッカリ開いたシャツの胸元から、
くっきりハッキリと。否応なく視線が吸い寄せられる。ガン見してしまう。
ここ最近、連日続く雨で洗濯が滞っていた。
室内干しをしても間に合わず、着る服は日に日に少なくなっていく。
男の僕はもちろんだが、おしゃれに興味のない鎖錠さんは元々持っている服の数が少なかったようで、着る物がなくなってしまう。
幸い、下着はどうにかなったようだが、上に着る物はどうしようもなかったようで、着古し色褪せて、伸びきったシャツを引っ張り出して着ることになってしまったらしい。
昨夜、寝る前にそんな話をしていた。
『外出ないし、着れればいい』
と、鎖錠さんが頓着することなく言っていたので気にしていなかったのだが、問題しかなかった。
彼女はこのことに気が付いていないようで、隠す素振りも見せずテレビを注視している。
それなのに、緩んだシャツの胸元から谷間や下着を観てしまうのは、妙な興奮と共に背徳感を覚えて良心がズキズキと痛む。外傷があるわけでもないのに、胸の服を皺ができるほどぎゅぅうっと握り締めてしまう。
指摘するべきか?
でも、黙って見ていたって思われるのは、なんかこう……バツが悪いというかなんというか。
気分はスカートが捲れていることに気付かないで歩く女子高生を見つけてしまった時のようだ。教えてあげたいけど、痴漢扱いされるのは恐ろしい。
「……さっきからなに?」
丁度CMに入ったのか、鎖錠さんが胡乱な目を僕に向けてくる。
テレビを観つつも、突っ立って彼女を見ている僕が気にかかっていたらしい。
その深い黒の瞳に見つめられると、なにも悪いことはしていないのに、罪を咎められているようで呼吸がしづらくなる。
よし、言うぞ。
グッと拳を握り、口を開く。
けれど、声を発しようと開いた唇は鯉のようにパクパクするだけで、虚しく息だけが抜けていった。
そんな僕の反応を増々不審がる鎖錠さんは、眉間に皺まで寄せて鋭利な刃物のように瞳を鋭くする。
結局、その棘のような視線に耐えきれず、
「……いや、お昼ごはんあるかなって」
はは、と鳴かなくなったお腹を擦りながら愛想笑いを浮かべるしかなかった。
その後、お昼の料理番組で紹介していたお餅で作るグラタンを鎖錠さんが作ってくれたので、一緒に食べる。
「どう?」
「……おもちがもちもち」
「……?
お餅は溶けて原型ないんだけど……」
怪しみ前かがみになる鎖錠さんの胸元で、たぷんっと白いおもちが揺れていた。もちもち。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。