第6話

 アイス、昨日も食べたな、と僕はぼんやりそれを見つめた。すると若山さんが片方を突き出してくる。よく見ると、それはあずきのアイスバーで、赤澤さんにおごってもらったものと寸分違わぬものだった。

「あげる」

 若山さんが、右手に持ったそれを僕に押し付ける。

「あ、ありがとう」

 最近は何かあるとアイスを奢るものなんだろうか。いや、何もしていないのに? 僕は状況ががよく飲み込めない。

「それで、テニスはやめちゃったんだよね?」

 若山さんは躊躇無くベンチの僕の隣に座って、話を再開した。

「似合ってると思うけど?」

 なぜ若山さんと二人で座って、こんな事を聞かれているのかとも思ったが、とりあえず返事はしておくことにした。

「遊びならいいんだけどね。試合のために頑張るとか、向いてないんだよね」

 僕は苦笑いを浮かべていたと思う。闘争心が足りていないのだ。負けても悔しいと思ったことはなかった。

「まあ、加賀見君が体育会系かって言われると、違うよね」

 まったくその通りだったので、僕は笑った。 

「若山さんもやってたの?」

「ん、私は見てただけ」

 そうなの、と返して、勝ち気そうな彼女なら、スポーツの競技に向いているんじゃないかなと思った。

 若山さんはアイスを食べ終えると、少し考えるふうな顔をしている。

「赤澤さんって、どう思う?」

 ややあって彼女が放った言葉に、僕は狼狽してしまう。どうも何もないではないが、もしかしてまだ疑っているのだろうか。確かに男女が二人一緒に帰っていれば、色々な想像ができるが、昨日の僕たちの振る舞いに、そんな親密さがあっただろうか。

「え、どういう?」

 僕は質問の意図がわらかないというふりをした。なるべくなら嘘をつきたくないが、だからと言って本当の事を話すわけにもいかないのだ。

 ふと、赤澤さんからのメッセージを思い出す。

『がんばってね』

 赤澤さんとの関係を執拗に尋ねる女の子、がんばらなくてはいけない問題。

『人気あるんだよ』

 彼女の声が聞こえたような気がした。

 ああ、そういうことなのか、と納得しかけて、そんなはずは無いだろうと否定する。僕は、自分に自信が無い。徳井たちにならともかく、女の子に好かれるということがどういうことであるのか、想像ができない。

 都合よく考えてはいけないと思いながらも、それ以外に若山さんが僕を気にかける理由が見つからないのが困ったところだ。

「いや、その、明るくていい人だと思う」

 と、苦しく返事をしたものの、いっそ気があると言ってしまった方が誤解がないのではないかとも思う。ただし、それを聞いた彼女が愉快がどうかまではわからない。

 何だか八方塞がりのような気持ちだった。

「ふうん。好きな人もいないの?」

 そう言う若山さんの表情は不安げではあるものの、声はしっかり、絶対にそれを確認しようという気概に溢れたものだった。僕は気圧されそうになりながらも、いないかなあ、などと言葉を濁す。

「かなあ?」

 彼女が語尾を繰り返したので、僕はしまったと思う。言い切らないのは、いると言っているようなものではないか。

「いや、いない」

 やむなく僕はそう言い切る。そうしないと、追求はいつまでも続きそうだった。

「じゃあフリーだね」

 そう言った彼女の表情は明るかった。

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