第2話

 着信音をオフにしてあるスマホが震えて、すでに消灯した暗い部屋の中で枕の上が明るくなる。通知は赤澤さんからメッセージが来たことを示してていて、ロックを解除するのももどかしく指を動かすと、アプリの画面が開く。

『こんばんは。今日はありがとね。おかげでスッキリした』

 末尾にスッキリした顔のアニメキャラがうねうね動いている。

 なんと返事をしたものかと悩むが、とりあえず話を聞いただけだよと打ち込んでみると、送ると同時に既読がついた。

『聞いてもらえるだけで助かるんだよ。年増好きだってわかったし良かったよ』

 いや、それは大迫君の彼女がかわいそうなのではと思う。僕は驚いた顔のスタンプだけ返すと、またしばらく大迫君への不満がどんどん流れ出した。

 三十分ほどそれをながめていただろうか。唐突に罵詈雑言がやんだと思ったら、じゃっかんの間をおいてまたメッセージが届いた。

『加賀見君って彼女いるの?』

 これはどう取ったら良いのだろうか。単なる好奇心か、それとも優しく接した僕に惚れたのか。後者は無い。たぶん、ぜったい。そこまで浮かれてはいない。

 そもそも赤澤さんとはたいして接点があった訳でもない。僕のクラスでの立ち位置は、可もなく不可もなく、埋もれもしないが目立たない。人畜無害で女子の友人は少なく、男子も同様だ。見栄を張ってもしかたがないので、正直にこたえる。

『いないよ。友だちも少ない』

 後のは蛇足だったかもしれない。

『そうなの? 本当に?』

 なんの確認か、よくわからなかった。

『本当』

『加賀見君がいいって言う子、結構いるのに』

 驚きだった。生まれてこの方、もてたことはないし、もてると言われたこともない。そもそも女子にアプローチされた経験は皆無で、冗談をいわれているとしか思えなかった。

『なんで僕なんか』

『女の子みたいで可愛いじゃない?』

 確かに男らしくない顔立ちをしている自覚はある。ただ、それが良いかと言われると複雑だった。もっと男っぽい方が良いのにと、昔から思っているので、それをストレートに伝える。

『ふうん。じゃあ加賀見君はフリーなんだね。なら気を遣わなくてもいいかな』

『気遣うって、何を?』

『君、優しいし面白いし、これから仲良くしてもらおうかなって。あ、友だちとしてだよ?』

 それは、そうだろう。今日ふられた女子に、いくら僕が恋をしてしまったとしても、いきなりその子から告白されたら正気を疑ってしまう。

『ほどほどにお願いします』

 本当はほどほどじゃなくても良かったけれど、照れてそう返した。

『ほどほどって何よ。本当、おもしろいね』

 おもしろいだろうか? そう思ったけれど、まあ、そう思われた方がいいんだろう。好印象で何よりだ。

『長くなっちゃったね。眠くなってきちゃった』

 散々吐き出して気分が良くなったのか、眠気が襲ってきたらしい。時間はもう午前二時を回っていた。

『うん、もう遅いから』

『じゃあ、ありがと。おやすみ』

 僕はおやすみなさいのスタンプを送って、スマホを枕元に置いて、今晩のやり取りを反芻する。僕にしては珍しく意中の人と話せている。LINEだけど、まあそれでも会話は会話だ。

 それにしても軟弱なこの顔が受けているというのは、何だか僕の思いと違って、納得のいかないものを感じた。もしかしたら赤澤さんの勘違いかも知れない。そんなことより明日から彼女にどう接するか、気の利いたことが言えるのか、そちらの方が気になる。

 そんな事を考え始めたら緊張してしまって、なかなか寝つけなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る