4-4 魔の回想
「ラキアぁぁぁ!!」
サラは孤独の中にいた。愛おしい彼は失踪した。
どれだけ探しても見つからない人。人が見当たらないこの地では、心も折れそうだった。
「どこなの……ラキア」
とうとうサラは膝を折り、縮こまってしまう。あの夢に落とされたみたいだった。闇が呑み込む、恐怖だけの世界。
「そんなことない……あの人は見つかる」
サラは口を真一文字に結び、立ち上がる。浮かんだ涙を拭った。
また歩き出すと、すぐにその足が止まった。
近くで少女の悲鳴が聞こえた気がするのだ。
ラキア……と思ったが、彼女の正義感が勝り、そちらへ足が向いた。明らかにさっきの悲鳴は尋常じゃない。それにこの悲鳴をラキアが聞いていたら、きっと彼も向かうだろう。
ひとつ角を曲がる。
「何をしているんですか!」
サラの声は、髭面の男と右頬に裂傷が刻まれた男を非難した。
傷のある男の方が露骨に舌を打つ。視線を持っているものからサラに向けた。
「邪魔すんじゃねぇよ……ははっ」
言葉の途中で目を見開き、怪しい笑い声を漏らした。口笛を吹き、相方を顎でしゃくる。
「上玉が自分から飛んできたぜ」
「……相手はかなりの金を積んでくるかもな……」
男達は互いに顔を見合わせてにたりと笑う。その表情はサラに嫌悪感を抱かせた。思わず一歩下がるが、そこで踏み止まり、拳を握り声を荒げた。
「その子を放してください」
「放せだって、ははっ。自分も同じくなるのに放せだってよ」
傷のある男は手にした少女を――歳はサラと同じぐらいだろう、ぐったりとしていて動く気配はない――相方に渡し、舌舐めずりをした。身体を縮め、ばねのように襲ってきた。
サラは足元にあった石を投げつける。
男は軽く払いのけると、サラの間近でにたりと笑った。これ以上ない嫌悪感がサラの内を駆け巡る。身を翻し、間合いをとろうとしたが、その時には腕を掴まれていた。抵抗して解こうとするが、男と女では結果が見えていた。
「放してください!」
ずるずると引きずられ、それでもサラは抵抗する。
「あー、はいはい。向こう着いたら放してやるよ」
男はげらげらと笑い、サラを見下す。その下品な顔が一瞬だけ激痛に歪んだ。
サラは渾身の力を込めて、男の鼻先を殴っていた。
鼻腔から鼻血が垂れる。男は奥歯を噛みしめ、拳を振り上げた。
「このやろ……」
サラは反射的に目を閉じる。
乾いた音が鳴った。
が、サラにはいつまで経っても痛みは訪れなかった。
恐る恐る瞼を上げる。彼女はその光景に息を呑んだ。
「その手を放せ」
男の手はがっちりと掴まれ固定されていた。その手の先にはよく見知った顔。
彼女が探し求めていた人物が立っていた。
「ラキア! ……ラキア?」
しかし一瞬で喜びは疑念に変わり萎む。
彼の様子が明らかにおかしかった。
男の顔が苦痛に歪んでいく。ラキアは無表情のまま、掴んだ腕を変な方向へ曲げていく。
やがてあまりの痛さに耐えかね、男はサラの腕を放す。それでもラキアは止まらなかった。みしみしと音が聞こえてきそうなその攻撃に、思わずサラはラキアにしがみついた。
「やっやめてあげて! もう十分だよ!」
ラキアの手が一瞬止まる。サラの方を向いた。
その顔に表情はなかった。何も見ていない瞳にサラの息が止まる。嫌な音が鳴り響いた。
男が変な方向に腕を曲げ、泡を吹きながら倒れる。それを見つめるラキアの瞳はどこまでも冷たかった。
「どうしたの……ラキアおかしいよ」
いつもの彼はどこにもいないとサラは思った。今、目の前にいるのは愛する人を模した悪夢だ。
「ねぇ、戻ってよ、私はもう大丈夫だから……戻してよ……」
ワンピースの裾を皺になるぐらい掴み、ラキアを見据える。
彼は、剣を抜き放った。まさかの行動にサラは目を見開いたが、すぐに表情を引き締める。
斬ればいいと思った。それで彼自身が戻ってくるのなら、この身一つ差し出してあげよう。でもできることなら。
(斬った後に抱きしめて……)
どこか狂った愛なのかもしれない。でもこの気持ちはもう否定できないものだった。サラは彼を求めるように両腕を広げ、瞳を閉じた。
ラキアは動いた。白銀を煌めかせ、それを切り裂いた。
男の低い呻き声がサラの鼓膜を震わせ、彼女は瞼を上げる。ラキアの背が眼前にあり、その向こうで髭面の男が利き腕を斬られ顔を歪めていた。忌々しそうに舌打ちをして顔を上げる。攻撃に転じようとしたその動きが止まった。
首筋に冷たい感覚があった。
男は半歩下がると、腰を抜かして地に倒れ込む。
勝敗は決まった。
が、ラキアは一向に剣を仕舞わない。
男は戦意を喪失して青くなっているのに、あろうことかラキアは切っ先を彼の喉に当てた。
男から悲鳴が上がり、サラは息を呑んだ。
ラキアは、人を殺そうとしている。
「やめて……」
サラの悲痛な声が漏れる。
「やめてよラキア……」
ラキアの剣が振り上がる。
「やめてぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
絶叫がこだまする。彼の刃は。
振り下ろされなかった。
乾いた音が鳴り、剣はその手から離れる。ラキアも力をなくし、その場に崩れ落ちた。
「……うわぁぁぁぁ!!」
男は化け物から逃げるように足を縺れさせながら相方を担ぎ、裏路地の闇に消える。
サラは膝をつき、ただその背を見送った。
ラキアは完全に動かず、その意識は真の闇へ落ちていった。
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