4-2 魔の回想
始まりはきっとここから。
悪天の空の下、簡素に作られた墓標が二つ。どちらも先ほど建てられたばかりだ。
「両方なんてね」
「どうするあの子達」
「私の家は無理だからね」
大人達の囁きが少年の鼓膜を震わす。五歳になったばかりの彼でも、彼らが何を言っているのか理解できた。
可哀想だけど厄介な子供達をどうするか。
墓標の下で眠るのは、少年とその横で泣きじゃくる妹の父母。もう逢えないと本能的に悟った妹は、葬儀の時から泣き続けていた。兄となる少年の手を強く握る。
彼の瞳から雫が一筋落ちた。
「貴方お金あるでしょ。引き取りなさいよ」
「無理だ。俺のところは嫁が子供嫌いだ」
「孤児院に連れていくか?」
「やめてよ、一応これでも私、貴族なのよ。名に傷がついちゃうわ」
「じゃあお前が預かればいいじゃないか」
「やーよ! 子供なんて大嫌い!!」
「いい加減しろお前ら! ガキ達の前だぞ!」
身勝手で卑しい者達の声が止まる。がに股でぬかるんだ土を踏みしめながら、男は人々の間をぬって兄妹の背後に立った。大きな手のひらを二人の頭にのせる。
少年は驚いて背後を見た。無精ひげを生やした熊みたいな大男がにがっと笑う。
「お前ら、俺のところに来るか。きたねぇし、飯は同じものばっかだけど楽しいぞ」
妹は鼻水をすすりながらしきりに頷く。
少年は大男の瞳を覗いた。じっと、何かを図るかのように。そして、やがて頷いた。
ここで頷かなければよかっと今では後悔している。
いや、あの流行り病で自分も逝けばよかったのだ。両親の代わりに天へ昇ればよかったのだ。
木材を打ち付けただけの小屋に少女の鼻歌が弾む。彼女は奥の簡素な台所で、豆を取り出す作業に精を出していた。小さな手はこれから帰ってくる者達のために絶えず動き続ける。きっとこれを食べて喜んでくれるのだと思いながら。
外で足音がした。少女は作業の手を止め、玄関へと笑顔を向ける。
「おかえりなさーい」
大男と彼女の兄が土塗れで帰ってきた。
「今日のよるごはんはお豆ごはんだよー」
「お、それは楽しみだ」
大男は持ち前の熊が笑ったかのような笑顔で少女を褒め、兄の肩を強く叩いた。
「よし、できる前に水浴びしてくるか」
「はい」
叩かれた肩は痛んだが、少年は元気に答える。さっきまで使っていた草刈り用の鎌を壁に立てかけ、大男のあとを追った。
扉を閉じる前に妹の鼻歌が耳に入る。一年前まで、母がよく口ずさんでいた歌だ。彼女の心のどこかに記憶されていたのだろう。旋律は寸分違わず、歌っている少女の顔は穏やかだった。
兄、六歳。妹、四歳。
穏やかな時間だった。両親の死は悲しいことだったが、拾ってくれたおじさんは優しく、ゆっくりと傷心は癒えていっていた。いつまでも続くと楽観視していた。
――……そんなことなかったのだ。
「おじさん?」
目を覚ますと妹がおじさんを揺すっていた。彼はベッドと呼べるか分からない打ち付けの板一枚の上でいつも寝ている。状況はいつもと同じだが、それにしては妙に静かすぎた。
寝息ひとつ聞こえない。
胸が動いていない。
「おじさん!」
少年は飛び起きて男の顔に触れる。青白い顔と冷たくなった体温に彼がすでに故人であることを悟るのは容易だった。突然すぎて兄妹はその事実が受け入れられなかった。親の時はまだ、病魔に蝕まれ弱っていく体に幼い心ながら覚悟ができていた。しかし今回は違う。
前日まで普通に生活していたのだ。兄妹の『おやすみなさい』の言葉に特有の笑顔を向けていた。何も変わらない、普通の日だった。
それが目を覚ませば崩壊していた。原因は分からない。
どんなに揺らしても、声を掛けても無駄なことは理解していた。それでも兄弟は続け、妹は嗚咽を漏らした。
兄は泣けず、静かに哀悼を捧げていた。
何度目かの移動なのか、もう数えるのをやめた。村から町へ移って、山岳から港へ行って、そして何度も人の死を見てきた。両親、大男のおじさん、娼婦、老婆、まだ若い大黒柱……両の指で数え切れるだろうか。
ぐるぐると変化する景色の中で新たに見たのは、大きな煉瓦造りの建物だった。街の中央に時計塔が建ち、道は全て石畳で舗装された裕福そうな場所だ。実際これから行くのは、貴族ではないが金持ちのところだった。
石畳の舗道に入り、少年の肩が小刻みに震えた。その反動で兄の肩に寄りかかっていた妹は目を覚ます。まだ寝ぼけている虚ろな目を擦り、馬車の中から流れていく景色を覗く。
「お兄ちゃん、きれいな時計!」
時計塔で意識が覚醒したらしい。目を輝かせ、しきりに窓を叩く。
兄はその姿に優しく微笑みかけた。今の彼にとって、妹の存在は唯一の支えだった。彼女だけは護りたいと思う。
妹の名前を呼ぶと彼女は嬉しそうにこちらに飛びついてきた。黄土色のツインテールが揺れる。兄はそんな頭を撫で、細い身体を抱きしめた。
「お兄ちゃん」
「何?」
上目遣いで黄土色の双眸が覗く。
「次の人はいなくならないよね? わたしたちのこと愛してくれるかな?」
兄は見開いた瞳から無理矢理に笑顔をつくる。しかし、うんとは言えなかった。そうだね、も、大丈夫だよ、も。
きっと言ったところで気休めで、大嘘で、また妹を傷つけるだろう。枯れてしまった涙と違い、妹はまだ一人ひとりの亡き人達に泣ける心がある。
だから、兄は祈るのだ。誰も死なないで、と。妹を傷つけないで、と。
たとえそれが叶わないことでも、自己満足でも。
周りの建造物に合わせた煉瓦造りの玄関から出てきたのは、線の細い少し目の死んだ女だった。真っ赤な口紅が目立つ。
「これからよろしくお願いします」
兄が礼をするのを見て、慌てて妹も真似をする。女はそれに少し微笑むだけで返事はしなかった。黙って家の中へ二人を通す。
中は外観から想像したままの姿だった。ベージュを基調とした内装で、玄関を入ってすぐに階段があった。女は振り返らずにその階段に足をかける。敷かれた沈んだ色の絨毯が足音を吸収した。
どこか居心地の悪さを感じたのか、妹は兄の裾を引っ張った。彼は不安を和らげるため、いつものように微笑み頭を撫でてやった。
「ここですよ」
女が口を開く。その顔は無表情だった。
兄妹の部屋として用意されていたのは、元からあったゲストルームの一室だった。並んだベッドの上にぬいぐるみがごっそりと置いてある。妹の瞳がそれを捉え、きらきらと輝いていた。
「欲しい物があったら使用人に言ってください。すぐに用意するようにします。あと、食事は決まった時間ですから、その時はリビングに下りてきてくださいね」
言葉は丁寧で穏やかだが、その中に含みがあることを兄は素早く見抜いた。
その時『は』下りてきてくださいね。
ということは、それ以外は極力、部屋から出るなと言っている。考えすぎと思われるかもしれないが、女の言動はどう考えてもその結論にいきつく。
赤の他人では結局こんなものか。
兄の口からはため息さえ漏れなかった。
女は奥から出てきた使用人に一声掛けると、素早くその場から離れていった。兄は冷めた目でその背を見送る。と、隣で妹の頭が揺れた。
「わぁ!」
兄の服から手を離すと、瞳を輝かせ一目散に室内へと駆け出した。ベッドの上で鎮座する大きなテディベアに頬ずりをする。女がいなくなったことで、彼女の気持ちが解かれたのだ。
「ねぇお兄ちゃん、かわいい、ふかふかだよぉ」
細く折れそうな腕をテディベアの胴に巻きつけ、彼女は幸せな笑みを兄に向ける。
愛のないぬいぐるみ達。彼女の持っているテディベアも形だけのもので、心は入っていない。黒いつぶらな瞳はがらんどうだ。
それでも彼女は笑っている。空虚な物を愛おしそうに抱えながら微笑んでいる。
兄は口角を上げた。妹のように笑おうとした。
できなかった。
その顔には仮面が付いていた。笑みの形を模しながら中身のない、妹の周りに置かれているがらんどう達のようなもの。
そのことに妹は気づかず、テディベアを抱えたまま、兄の手を引く。
彼の表情はしばらくそのままだった。
仮面は好きな時に取り出せた。勿論、仮面のない笑みを浮かべることもできたが、自覚してから自分の表情に違和感を覚えた。これは心の底からの気持ちなのか、それとも空虚な幻想なのかと自問することもあった。
しかしそれもやがて薄れていった。
今、彼はきょとんとした顔で見上げている。
「君ぐらいの歳になれば、勉学にも励まないといけないな」
髭面の男はそう言って、一冊の本を差し出す。黒の表紙に白くタイトルが書かれたそれは、厚みがあるしっかりしていた。
兄は呆けたまま、素直に受け取る。
男の顔は上機嫌だ。思えばずっとこの顔だった。
何かを期待するかのように。
何に期待しているかと思いながらも、兄は問わずに表紙を開く。『勉学』と言っていたが、文字の羅列は哲学などではなく、ただの物語だった。しかも自分ぐらいの歳でも読みやすいようにしたものだ。
「文字は読めるよな?」
「はい、前教えてもらいました。でも難しい言葉は意味が……」
「ならあとで辞書もあげよう。どんどん引きなさい。勉強になるぞ」
男はそう言って愉快そうに笑いながら、兄の頭を撫でた。
数日後、読み終わったと男に言いに行くと、彼は図書館があると言い、妹と一緒に連れて行ってもらえた。やっぱり顔は上機嫌でどこか期待していた。
でも兄はそれを気にしていなかった。この体質のせいで学校に行かせてもらえないのは重々分かっていたからこそ、その代わりのように知識を得られる場所を教えてもらえたことに心が向かっていた。
それから彼は毎日のように通った。妹も連れて行ったが、そのうちに使用人と会話することに楽しさを覚え、付いて来なくなった。
「なぁ、本って楽しいのか?」
そんな頃に彼は話し掛けてきた。
丈夫そうな木の枝に跨ぎ乗り、彼は頭上から悪ガキ特有の笑みを向ける。
兄はぽかんとしてまばたきを繰り返す。状況が呑み込めない。
「なぁ、なぁ。どうなんだよ」
彼は一回転を見せながら飛び降りると、持っていた本をひったくりぱらぱらと捲った。へーとかほーとか感嘆の声が漏れる。
「よく読めるなお前」
はいと差し出されて慌てて受け取る。言葉は乱暴だが、本は丁寧に扱っていたことに安堵した。破られたりなどしたら、自分では弁償できない。しかも学ぶ場を失うのだ。嫌だを通し越して恐怖が襲う。
そんな兄に少年はくりくりの瞳で覗きこんだ。
「なぁ、なぁ。何で喋らんの? もしかして口きけんとか」
「そっそんなじゃないよ、ちょっとびっくりしただけ……」
「ならよかった。なぁ、今度オレを図書館に連れて行ってくれよ」
思わぬ申し立てが少年の口から出た。意外だった、外見は本なんて読みそうにもないのに。いや、読まないからこそ、その場所に興味をもつのか。
「なんかさ、一人じゃ入りづらくてさ。そしたらお前がよく本を持ってるのを見たからさ。なぁ、お願いだよ」
「いいけど……」
「やっふぅ! じゃあオレ明日もここにいるから、行く時声かけてくれよ」
そう言って、彼は疾風のごとく駆けていった。一方的な子だなと思いながら、兄は本に目線をおとした。
「友達……」
読んでいて良かったと思った。
ずっと家に引き篭もっていればよかったと思った。
兄は耳を疑った。何かの間違いだと思いたかった。
「死んだ……?」
「死んだと思うわ」
真っ赤な唇からは否定したい言葉が淀みなく零れる。そこには感情がない。
あの少年が死んだらしい。木の上から話し掛けてきた彼、共に図書館に行った友達。
彼は代わりに木の登り方を教えてくれた。共にあの木で語り合った。その木から彼は滑り落ちたらしい。
「あの時ぐったりしていたし……」
女はその時の一部始終を見ていた。
「……貴方の友達だったみたいだしね」
その一言に兄の心は抉れる。
「……嘘だ……」
頭を抱え、女に否定の言葉を言わせたいがために、一歩踏み出す。
「近づかないで!」
一瞬にして女の声に感情がこもる。明らかに恐怖に怯えている。
「あんただったんだわ。人の魂を刈り取っていたのは……あんただったんだ、この化け物!」
女は座っていた椅子を引っ掴み、勢いよく床に叩きつけた。嫌な音が鳴り、脚が兄の元へ飛ぶ。
女は完全に畏怖でトチ狂っていた。長い髪を抜け落ちるではないかと思うほど振り回し掻き乱す。目の前にいる少年は人間として認識できず、まさしく化け物のような姿を瞳に映していた。
誰もそうなった人間を簡単には止められない。
兄はどうしていいか分からず、思わず一歩前に出てしまった。
血走った女の瞳が、その動きを捉える。
「あんたは私も殺す気なんだわ……」
兄は首を横に振ったが、女はそれを受け入れるだけの余裕はなかった。
扉が開いたことに気づいた妹は、がらんどうのぬいぐるみを抱いたままその方向に顔を向けた。大好きな兄が帰ってきた。
彼女はぬいぐるみの手を引き、ふらりと入ってきた兄の元へ寄る。
「お兄ちゃん」
黄土色の瞳に歪な笑みを浮かべた顔が映り込んだ。どこか泣きそうな顔、と兄は他人事のように思う。
妹の手が伸びてきた。
「口の横、青いよ。どうしたの?」
触れられた痣が鈍く痛む。兄はその痛みを無理矢理追いやり、妹を抱擁した。彼女は突然のことに目を白黒させる。
兄も何故、抱擁したのか分からなかった。ただ、人の温もりが欲しかったのかもしれない。自分は人を殺してしまうのに、離れればいいのに、心はどこまでも人の温かさと優しさを求めてしまう。兄はそんな自分が嫌だと思っていたが、どこまでも身体は正直だった。
「お兄ちゃん、痛いの?」
「……ううん、大丈夫」
妹の一言にやっと手を離す。目の端で礼をする使用人を捉えた。いたのかと思い、恥ずかしいところを見られたと自覚して彼は赤面する。
弱いところを赤の他人に見られたくない。それに、これの後だ。
兄は痣を隠すかのように撫でる。
きっと主人が何をしたのか分かっている。
使用人は何も言わず、頼まれた子供達の元へ寄る。そっと兄へ耳打ちをした。
「傷の手当てをしましょう。それから……彼女には聞かせないようにしましたから」
早々と喋り、顔を自然な動きで離す。彼女は自身の耳を両の手で覆った。
兄は顔が歪むのを必死になって止めた。これ以上弱いところは晒したくない。妹に気づかれないように無言で礼をして謝意を示す。
使用人に伝わったどうかは分からないが、彼女は一瞥して部屋から出ていった。
兄は妹に向かって偽の笑みを浮かべる。
彼女の心は護られ、純粋で綺麗な表情を見せてくれた。
何日も姿を見せなかった女は、その日突然ダイニングに現れた。さらに目の死んだ顔ながらそこに微笑をたたえ、椅子に座るように兄妹へ促す。テーブルの上には、綺麗にお膳立てされたシチューが湯気を立ち上らせていた。
「さぁ、食べましょう」
女は静かにシチューへ口づける。何の変哲もないその姿に疑問を覚えたが、兄は追及せず女の指示に従った。妹は何かを探していたが、見つからないと分かると黙々と食べ始めた。
会話は一切なかった。
兄は勿論この女と喋る気はなく、妹はいつも喋る相手がいない。と、兄はある違和感に気がついた。妹と親しかったあの使用人がいないのだ。いつも決まった時間に下りてくると、乏しく笑いながら席に座らせてくれ、紅茶を入れながら妹と会話する。妹は使用人を探していたのか、と兄は目線を女に向ける。
女は手で『もっとお食べなさい』と指し示すだけだった。
仕方なく兄はスプーンを動かす。あの時のように恐怖に駆り立ててはいけない。今は妹の前なのだ。
女は妹の方へ笑顔を向けた。
「どう、美味しい? 私が作ったのよ」
その言葉を待っていたかのように、兄の口の中で痛みが走った。慌ててシンクに駆け込み、口の中の異物を吐き出す。
真白いシンクに赤が映えた。
濁りのない真っ赤なそれは口から滴り続ける。
兄は浅く息を吐き、血の中で光るものを睨みつけた。硬質なガラスの輝きは、明らかな拒絶を彷彿させる。
唇の血を乱雑に拭い、彼はテーブルに急いだ。妹の持っているシチューを乱暴に奪い、その中に異物が入っていないかスプーンで掻き回し探す。
…………入ってはいなかった。
自分を殺す気だったのだと、兄は確信する。
ぼそぼそと背後で声がした。
「私はガラス片なんか入れてないわ……貴方の皿にガラス片なんて入れてないわ……事故よ、事故だから殺さないでね私のこと……殺さないで、私のこと……私はガラスなんか知らない……知らないから殺さないで……」
床に手をつき、焦点の合わない瞳で懇願する。その顔はもはや死んでいた。
妹は兄の身体に四肢をまわし、強く抱きつく。彼女の全身は震えていた。
女の揺れていた眼球が、一点に集中して瞳孔を開かせる。
「私は何もしてない。あんたなんか死んじゃえばよかったのよ、私は死んじゃえ、何もしていない、死ね、あんたなんか、地獄へ、入れてない、死にたくない………」
唇から漏れる言葉は意味をなさず支離滅裂だった。それが余計に兄妹の恐怖を駆り立てる。
妹は今すぐにでも泣き出しそうだった。
兄は終わってくれと願った。妹に害をなすものは今すぐ止まってくれ。
彼の願いが届いたのか、長く続くと思われたそれは突然終わりを告げた。
彼女の夫となる男が帰ってきたのだ。女は扉の開く音に反応して喚くのをやめると、その場に崩れて嗚咽を漏らした。
兄は今のうちにと妹の手をひき、階段を上る。
階下でまた喚き声がしたのは、それから数分後のことだった。
「じゃあ、私達は行ってくるからね」
女は壊れていた。表立って変なことはしなかったが、常に暗い顔で何かを呟いたり、突然泣き出したりと心の崩壊は酷かった。
使用人は全て解雇されたのか、彼女を慰める人もおらず、主人が帰ってくるまで兄妹はそんな声を聞きながら生活するしかなかった。
そんな中、男は妻と二人で息抜きをすることを思い立つ。そして今日、夫婦は海を見に行った。
一応二人を見送るため、兄妹は玄関に立ったが、女の姿はもうすでに馬車の中へ消えていた。男だけが上機嫌で兄妹に笑顔を向ける。
やたら浮足立つその顔に、兄はこれ以上なく違和感を覚えた。
そして、その正体は帰ってきてから気づかされた。
あの女は溺死した。崖から足を滑らせたらしい。
そう男は声を詰まらせながら言う。しかし兄の目には、その裏で彼が笑っているように見えた。
やっと邪魔だった妻が死んだ。
きっと彼自身が手を掛けたのだろう。妻の体調を良くするなんて端から考えてはいない。
兄に期待していたのは人を殺す能力だった。だからこそ兄妹を引き取り、笑顔を向け、胸中で願っていた。
そして彼の手で願いは叶った。しかし彼の手だが、元凶は自分がつくったと兄は思った。自分のせいで女はトチ狂った。そしてそれが男の狂気に繋がった。
やっぱり自分は人を殺す…………
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