シンデレラのお話
冲田
シンデレラのお話
昔々、あるところに立派なお城がありました。そのお城は、この国の王宮で、もちろん王様やお妃様、王子様が住んでいらっしゃいます。とても平和で、王様はとても国民に慕われておりました。
そんな王様にも頭を悩ませるものがありました。王子様のことです。王子様はもう結婚なさっても良い頃だというのに、王子様にとっていま一番楽しいのは乗馬や猟りなどの遊びであり、結婚には一向に無関心なのです。
「おまえが結婚してくれないことには安心して死ぬこともできん。早く孫の顔がみたいものじゃ」
王様は王子様にたびたびこう言いますが、王子様は決まって言い返します。
「いえいえ、父上。死ぬなどと不吉なことは言わずに、どうか長生きして下さい。結婚したいと思うひとが現れましたら、ちゃあんと結婚しますよ」
そしてそそくさとその場から逃げるのです。王子様自身はまだ結婚なんて早いと思っていましたし、結婚したい相手もいませんでした。
しかし、王様が扉の前に立って行く手をはばんだので、今日は逃げられませんでした。
「結婚したい人が現れれば結婚すると言ったな。ではこうしよう。すぐにでも舞踏会を開く。そして国中の年頃の娘を一人残らず集めるのじゃ。家柄、身分も問わぬ!」
王子様の結婚相手をさがす舞踏会開催のおふれは、その日のうちに国中に出されました。
舞踏会の事を知った娘たちは、大騒ぎでした。
家柄も身分も関係なく、誰もがお妃様になれる可能性があるのです。こんなことはめったとあるものではありません。
次の日には招待状が配られ始め、お城では忙しく舞踏会の準備が進んでいました。進まないのは王子様の気ばかりです。
「こら! まてぇ!」
王子様が気も重く中庭を歩いていますと、派手なバタンという音と共に、白い背の高い帽子をかぶった、かっぷくのいいおじさんが勝手口から勢いよく飛び出してきました。
「今度見つけたらただじゃおかないぞ!」
コックのおじさんはふんっと鼻を鳴らすと、くるりときびすを返して勝手口から厨房へと入っていきました。
「お前か、灰かぶり。コックはもう行ってしまったよ」
王子様は足下を見ました。小さなねずみがコックから隠れるようにうずくまっていました。
灰かぶりと呼ばれたねずみは顔を上げると、お庭の噴水のほうに駆け出しました。
王子様も噴水に向かいました。お城の厨房に住む灰かぶりはよくこの噴水のそばにいました。
王子様もよくこの噴水まで散歩に来ては、灰かぶりを話し相手にしていました。
灰かぶりという名前を付けたのは王子様です。
本当は真っ白で毛並みのきれいなねずみなのですが、かまどの近くにいるせいなのか、いつも灰まみれでした。
「ねえ、灰かぶり。明日、国中の娘を集めて舞踏会をやることになったよ。まったく父上はどうかしている。なにもそんなに急いで私の結婚相手を探さなくても良いだろうに」
灰かぶりは王子様の方を見てちょっと首をかしげました。
「本当、まったくその通りね」
そう言っているように見えました。
灰かぶりはコックの目を盗んでこっそりと巣穴に戻りました。
「まあ、帰ってきたの。灰かぶり」
巣穴にはごろんと寝そべったお姉さんたちがいました。
「帰って来てもらわないと困りますけどね。だって明日は舞踏会だもの」
「そうよ。灰かぶりにはたくさん働いてもらわないと。舞踏会よ? ああ、きっとおいしいごちそうがたくさんあるわ!」
「いいこと? 灰かぶりはちゃんとごちそうを運んでくるのよ」
灰かぶりはうつむきました。
「でもお姉さま方、私……舞踏会に出たいわ」
姉たちはきょとんとしました。そしてすぐに大笑いし始めました。
「舞踏会に出たいですって? 何を夢のような話をしているの?」
「でも、身分も家柄も問わず、すべての娘が舞踏会にいっていいのよ」
灰かぶりは言い返しました。
「ばかね。人間の話よ。まさかあなた、あの人間の王子が好きなんじゃないでしょうね?」
「そういえばよく一緒にいるところを見かけるけどね、人間がねずみを相手にすると思って? 一緒にダンスも踊れやしないわ」
お姉さんたちはくすくすと笑いました。
「ダンスくらい踊れるわ。私練習したもの」
「いいかげんになさいよ。おまえは舞踏会に出ることはできないの。さあ、そんなことより、灰の中の豆を拾ってきて頂戴」
灰かぶりは悲しそうにうなだれると、かまどに向かいました。
灰かぶりだって、もちろん自分が舞踏会に出れないことくらいわかっていました。
華やかな舞踏会で王子様とダンスを踊るなんていうことは、夢物語でしかありませんでした。
「せめて一晩だけでも、人間になることができたらいいのに……」
灰かぶりは叶わぬ願いをぽつりとつぶやくのでした。
いよいよ舞踏会の日がやってきました。厨房はいつもと比べものにならないほど大忙しです。
いたるところでおいしそうな湯気が立ち上り、食欲をそそる匂いに満ちていました。
お姉さんたちはわくわくしながらその様子をのぞき見、鼻をひくひくさせていました。
料理が運ばれ始め、厨房に人がいなくなったら灰かぶりの仕事が始まります。
舞踏会のごちそうのおこぼれを、お姉さんたちのためにとってこなければならないのです。
夕方になりますと、お城には次々と馬車が到着しました。
馬車からはきらきらしたドレスを身にまとった娘さんたちが降りてきました。
王子はその様子をため息をつきながら眺めていました。
やがて、お城中に高らかなラッパの音色が鳴り響き、花火があがりました。舞踏会の始まりです。
あらかた仕事を終えた灰かぶりは、いつもの噴水に来ました。
そして、夜空に咲く花火を見てため息をつきました。
「舞踏会がはじまってしまった。今夜王子様は、お相手を見つけてご結婚なさってしまうのね。そうしたら私なんて見向きもされなくなるわ」
灰かぶりはつぶやきました。
「舞踏会に行きたいのね」
灰かぶりのつぶやきに、どこからかの声がこたえました。灰かぶりはきょろきょろとあたりを見ました。
「ここよ、私。いつもあなたたちを見守っていたのよ」
灰かぶりの目の前に、噴水から出てきた水の妖精が立っていました。
「あなたの願い、叶えてあげましょう。舞踏会にいってらっしゃい」
妖精が灰かぶりに魔法をかけると、灰かぶりは瞬く間に、それは美しい人間の娘になっていました。
誰にも負けない、素敵なドレスとガラスの靴もプレゼントしてもらいました。
「あぁ、妖精さん。本当に、本当にありがとう。私、人間になれたんだわ!」
灰かぶりはあまりのうれしさにダンスのステップを踏みました。
「いいえ、これは夢よ。灰かぶり」
妖精は言いました。
「真夜中の十二時になったら、魔法はとけてしまいます。気をつけて。十二時の鐘が鳴り終わったら、あなたはもとのねずみに戻ってしまいます。一夜限りだけれど、楽しんでいらっしゃい」
「わかりました、妖精さん。気をつけますわ」
広いホールの一番奥には王様とお妃様、そして王子様が豪華な椅子に腰掛けていました。
流れるワルツに乗ってダンスを楽しむ人たちを、そしてたくさん集まった女性たちを王様は満足げに眺めていました。
「これ王子、ぼうっと座っているばかりでなく、誰かと踊ってきてはどうかね」
「こんなにたくさんいては、どなたと踊るか迷ってしまいますよ」
王子様はそう言いながらあくびをしました。王様はその様子に顔をしかめました。
招待された女性たちは、いつ王子様にダンスに誘ってもらえるだろうかと、皆ちらちらと王子様のほうを見ています。
兵隊によってホールの扉が開かれました。遅れてきた娘さんが入ってきたのでしょう。
王子様は入り口の方に目を向けました。どうでしょう。そこには見たこともないほど美しい娘が、緊張気味に立っていました。
人見知りらしく、これ以上中に入っていくのをためらっている様子でした。王子様は立ち上がると、その娘の方に行きました。
すべての女性が、いったい王子様の目にとまった羨ましい女性は誰だろう、と王子様のあとを目で追いました。
「美しい方、私と一緒に踊っていただけませんか?」
王子様は後から入ってきた女性、灰かぶりにダンスを申し込みました。灰かぶりの緊張でこわばっていた顔がぱっと輝きました。
「……はい、よろこんで」
王子様はホールの中央に灰かぶりをエスコートしました。
選ばれなかった女性たちは悔しそうな、羨ましげな顔をしながら、王子様と謎の娘のために道をあけました。
二人のためにワルツが流れると、王子様と灰かぶりは楽しそうに踊り始めました。
王様はやっと重い腰をあげた王子様の姿を見て、嬉しそうでした。
灰かぶりは幸せでした。人間の娘として王子様と会い、今ダンスを踊っているのです。時間はあっと言う間に過ぎていきました。
「どうしてでしょう。私はあなたと初めてお会いした気がしないのです」
王子様が灰かぶりに言いました。
「きっと、どこかでお会いしたことがあるのですわ」
灰かぶりは答えました。
ゴーン ゴーン
夜中の十二時を知らせる鐘が鳴り始めました。灰かぶりは約束のことを思い出しました。
「いけない、時間だわ! 行かなければ」
「どこへ?」
「帰らなくては。それでは王子様、幸せな時間をありがとうございました」
灰かぶりは王子様の手をすり抜けるように走り出しました。
「まって! まだお名前も聞いていない」
「シンデレラですわ。王子様」
灰かぶりは少し振り返って答えると、お城の出口の階段をかけ降りて行きました。
途中、靴がぬげてしまいましたが、そんなことにかまっている余裕はありませんでした。
人目につかない中庭の生け垣あたりまで来たところで、最後の鐘が鳴り、灰かぶりはもとのねずみの姿に戻ってしまいました。
舞踏会の次の日、また国中に驚くべきおふれが出されました。
舞踏会の日に置き去られたガラスの靴が、足にぴたりと入った娘を王子様の花嫁とすると言うのです。
その日からお城の家来たちが、あのガラスの靴を持って国中の娘を訪ね回っていました。
しかし、ガラスの靴がぴたりと合う娘は一人として現れません。
足を無理矢理ねじ込んでなんとか入れた人もいたようでしたが、当然それはあの日の娘ではないと判断されました。
見つからないのも当然です。シンデレラは人間ではなかったのですから。
それから幾日もたち、王子様は落ち込んでいました。
王子様はガラスの靴を大事そうに抱え、中庭の噴水の縁に腰掛けていました。
灰かぶりの姿を見つけると、王子様はこっちにおいでと手振りしました。
「あの日の女性、愛しのシンデレラがまだ見つからない。彼女はいったいどこにいるだろう」
ああ、シンデレラはここにおります。王子様。
灰かぶりはそう言いましたが、ねずみの言葉が王子様に伝わるはずもありません。
灰かぶりは王子さまの手にあるガラスの靴の中に入り込みました。
「おや、お前もこの靴を試してみたいのかい? 灰かぶり。でも君にはちょっと大き過ぎるね」
灰かぶりは靴の中でちゅうちゅうと答えました。
「灰かぶり、お前もシンデレラという名前だね。ひょっとしてあの日の娘さんはおまえだったのかな?」
王子は冗談めかして言いましたが、目の前のねずみは大まじめに首を縦に振っていました。
「私の言葉がわかっているのだろうか。まさかそんなことは……」
灰かぶりはまっすぐに王子様を見つめています。いつものねずみと様子が違って見えました。
王子様はガラスの靴を芝生の上に置きました。
「どうぞ、靴をお試し下さい」
王子様はガラスの靴をさしながら灰かぶりにお辞儀をし、丁寧に言いました。
灰かぶりは一度靴から出るとかかとの部分に腰掛けるようにして片足だけ靴の中に入れようとしました。
王子様がガラスの靴を見ると、そこにはドレスの裾と人間の足がありました。
驚いて顔を上げると、ガラスの靴がぴたりと合ったあの夜の娘がいました。
「シンデレラ!」
「ああ、王子様。やっと見つけてくださった。シンデレラは私です。ねずみの灰かぶりです」
「何を言っているのです。美しい女性の姿をしているではありませんか」
奇跡が起こりました。
夜十二時までの夢であったはずなのに、灰かぶりは今、本当に人間になれたのです!
王子様はシンデレラの手を取りました。
「私の運命の人はこんなに近くにいたのですね。シンデレラ、私と結婚して下さいますか?」
シンデレラは幸せそうにほほえみました。
「はい、よろこんで」
それからすぐに、この国始まって以来の盛大な結婚式がとりおこなわれました。
ねずみのシンデレラはいついつまでも、王子様と幸せに暮らしました。
ところで、厨房の巣穴にいる灰かぶりのお姉さんたちですが、灰かぶりが幸せを手にしたことなどつゆ知らず、ごろごろしながら灰かぶりの帰りを待っていました。
そのうちに怠けんぼうのお姉さんたちは、あっさりコックに捕まってしまったんですって!
End
シンデレラのお話 冲田 @okida
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