第16話

 ファルトはランカには10時と伝えたが、自身は早朝に起床した。いつも通りのため特に問題はない。

 さっと身支度を整えて、最後に士官の黒コートを羽織り部屋を出る。部屋どころか王宮すら出た。


 門をくぐり大通りへ出て、細い道を慣れた足取りで歩いていく。一軒の集合住宅のような所につくと、ファルトは迷わず中へ入っていくと、床に描かれたシンプルな黒い円の中に立つ。すると円周を赤い光がぐるりと光るとファルトの姿が消えた。



 次に出た場所はファルトが王宮の部屋とは別に個人で借りている部屋だった。全体的に白いその部屋は入った場所からすぐに、さまざまな魔法道具が壁に並べられている。

 奥の部屋にいくと、ファルトは無造作にテーブルに置かれていた皮袋の中からいくつも同じぐらいのサイズの石を選び出す。これらは、魔力をこめることができる石で、魔力を込めたものは魔力石と呼ばれる。

 

 10個ほど似たようなサイズの石を取り出すと、近くにあったテーブルに置き、ゆっくりと魔力を込める。ファルトの魔力を示すように、石は次第に赤色に変わっていく。眩しいほどの赤色になったところで、魔力を込めるのをやめる。他の空っぽの石にも同じように込めていく。


「とりあえずこれぐらいあれば、今日の分は十分だろう」

 10個ほど同じ魔力石を作ると皮袋に入れて、さらにそれをブレスレットの空間仕舞い込んだ。

 

「あの魔法道具は、直接魔力を送り込むタイプだったから何か止められるものだけ……」

 適当に皮紐で縛るしかないなと思いつつ、何かもっとなかったかと、部屋棚を眺める。部屋の黒い棚には、自分で買った魔法道具を並べている。

 ファルトは魔法道具が好きだった。新しいものから古いものまで、製作者によって異なるデザイン性があるのも好きな理由の一つだ。

 

「流石に代わりになりそうな物はないな」

棚の隅に置かれていた魔法制御の腕輪だけ取ると、ファルトは諦めてさっさと部屋の入り口にある黒い円に再び乗り魔力を込めると部屋を出た。



 魔法道具置き場のような部屋を出るとファルトは再び大通りを歩き出した。

 約束の10時まではまだ時間がある。王宮とは反対方向へ歩き出したファルトは人が賑わう方へと歩いていく。


 マルメディで食事の調達はほぼできないからな。


 士官同士であれば昼食のために王都まで戻ってくることも構わないが、ランカの転移石酔いのことを考えるとそれも躊躇われる。昼食も事前に準備して置くべきだろうとファルトは判断した。マルメディには食事ができる場所もない。念の為の保存食や飲料水は保管されて調査対象の場所に置かれているが、それぐらいである。


 何を買おうかと思いながら大通りを歩いていると、溢れんばかりのハムサンドにかぶりついている人を見かけていいなと思う。今買っても昼まで保ちそうだし、温めたりすることを考える必要もない。

 朝から人で混み合っているパン屋に入ると何故かそこに赤毛の見慣れた男性がいた。

「ヴィザさん……」

 なんでこんなところで朝から会わなきゃいけないんだと思ったのが顔に出たのか、ヴィザは貼り付けた笑顔でファルトのところへやってきた。

「ここは俺のお気に入りだぞ。お前が踏み込んできたんだ」

「すみません」

 思わず謝った。初めて入ったのは間違いない。


「まぁいい。ここの店はなんでも美味いぞ」

「じゃあ、おすすめのサンド教えてください」

 どうせなら美味しい方がいいと思いファルトがそういうとヴィザが首を傾げる。

「サンド限定なのか?」

「お昼ご飯用なので」

 そういうとなぜかピンときたらしいヴィザが嬉々としておすすめを教えてくる。


「お前あれだろさっぱりしたのが好きだから、このちょっと酸っぱいドレッシングかかったやつとか好みだと思うぞ。あと女性におすすめなのは、このエビとアボカドのやつな」

「なんで女性のを薦めてくるんですか」

「え、マルメディの昼ごはんだろ」

 確信を持って聞いてくるあたりがさすがヴィザだ。

「そうですけど」

「なら当たりじゃないか」

 眉を寄せたファルトはいくつも並べられているうちの一つを手に取る。


「ランカならこっちかと」

 ファルトが持ち上げたのはこれでもかとローストビーフがサンドされたものだ。野菜もたくさん入っているが、なかなかの豪快なサンドだ。

「女性にそれは向かないだろ」

 ヴィザはそう言ったが、昨日の夕飯の様子だとランカは結構がっつり食べるようだ。

「まぁ、いくつか買っていきますよ」

「サンド以外もここは美味いぞ」

 キラキラとした目を向けてくるヴィザはただ自分の好きな店を自慢したいだけに見えた。


「……じゃあ、甘いもののオススメ教えてください」

「甘いものな。このデニッシュの上に甘さ控えめなカスタードとフルーツたっぷりのやつがいいぞ」

「じゃ、それにします」

「もっと悩め!」

「何でですか」

「もっとよく見ろ!どれも目移りするだろう?!」

 理不尽な。と思いながらオススメされたものをいくつか買った。




 10時少し前に士官寮へ向かうとランカが立っていた。決められた時間は守るタイプらしい。昨日の帰りと同様、転移石による酔いを軽減するため、移動場所を刻みながらマルメディに向かう。ランカは申し訳なさそうにしているが、ファルトにしてみれば魔力は有り余るほどあるので、何の問題もない。


 魔力量は生まれた頃には決まっている。体にたくさんの魔力を入れられる器があるかどうかにかかっており、基本的に先天的なものだ。

 つまりある程度一級魔法士になれるかどうかも、先天的に決まってしまっているとも言える。これを覆すのはなかなか現状は難しい。



 マルメディに着くと今日読解する魔法陣の場所に案内する。昨日とほぼ同じ大きさの円をした魔法陣だ。

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