第15話

 王宮の門前にいくつか店があるがよく行くのが<金の雀>と言う店だ。夜は酒場も兼ねている食堂で、王宮から近いこともあり士官たちに人気の店である。

 扉を開けるとすぐに見知った顔や後ろ姿を見つけたが、無視して端の席に座る。


 メニューを見ていると案外自分もお腹が空いていたんだと感じて、いつもより多めに注文する。前にいるランカも迷わずステーキを頼んでいるし問題ないだろう。


 注文を終えると予想通りと言うべきか、赤毛の先輩が席にきた。

「ファルトじゃないか」

 料理を待っている間に声をかけてきたのは、ヴィザだった。店に入った瞬間見慣れた髪色が見えて、しまったと思ったが手遅れだ。手にエールの入ったジョッキを持っており、興味深そうにファルトとランカを見た。

 

「君が今回の仕事のドミエの魔女殿か」

 ニコニコと笑顔でランカを見たヴィザが余計なことを言う前に、ファルトは牽制の意味を込めて声を掛けた。

「何か用ですか、ヴィザさん」

 いつもより低めの声で不機嫌さを表したのだが当然ヴィザは全く気にしない。

「珍しくお前が仕事を選んだのが気になってたんだよな。いつも仕事なんてこなすだけで、どんな仕事でも構わないって感じだったのに。なるほどねー」

 じろりと睨むとヴィザが笑って、店員に追加の注文をする。

「さっき料理しか頼んでなかっただろ?飲み物奢ってやるよ」


 余計なことを!

 経費で落ちる話をしたのに「奢る」なんて話を出したらその違和感に気づかれるかもしれない。


 するとすぐに店員がジョッキとグラスを持ってきた。ジョッキがファルトの前に置かれ、グラスはランカの前に置かれる。ジョッキの中身は明らかにエールだが、グラスの中身はオレンジ色っぽい色でグラスにレモンが刺さっている。


「酒飲めるかわかんなかったから、果実水な。ここの美味しいからさ」

 ヴィザはそう言って笑顔を向けた。向けられた方のランカも素直にお礼を言うと、「どういたしまして」と答えて元の席へ戻って行った。

 その席には別にもう一人見慣れた人物が座っていた。ミルクティーのような茶色の髪に、紫色の男性で、あまりこう言うところにくる人ではないため、ファルトは少し驚いた。


「すまない。悪い人じゃないんだ」

 突然声を掛けられて驚いたと思い謝るとランカは首を横に振った。

「奢ってもらったし」

 そう言ってグラスを掲げるとランカは一口飲んだ。ヴィザが奢ると言っていたことと経費で落ちる話の不整合には気づかなかったようで、ファルトは安心してジョッキのエールに口をつけた。



 食事を終え店を出ると外はすっかり夜だ。魔法石のランプで門前は明るいが女性が一人で出歩いていい時間帯ではない。

 

「部屋まで送る」

「え、流石に場所は覚えてるけど?」

 とぼけた返事をしてくるランカをファルトは無視した。


 もしかしたらあの森にいると危機管理能力がなくなるのだろうか?森は特殊で悪意があれば、森自身が行動して排除すると本に書かれていた。森にいれば彼女が危険に晒されることなどないのかもしれないが。


 にしても、警戒心がなさすぎないか?

 

 王宮の部屋までランカを送ると明日の予定を伝えた。

「明日は10時に出よう」

「遅くない?」

 ランカの反応に、ファルトは首を横に振った。

「今日が長すぎた。しっかり休んでくれ」

 それだけ言うとファルトはランカに背を向けた。

 

 止められなかった自分も不甲斐ないが、無理をさせてしまったのも事実だ。まだ魔法陣は残っているのだから、しっかり休むことも必要だ。



 ランカの部屋の反対側の男性士官の部屋が並ぶ方向へ歩き出す。このエリアも特殊な作り方をされており、割と狭い感覚で扉は並ぶものの、部屋自体はものすごく狭いという訳でもない。扉を開けた先の空間は魔法により空間が変えられている。随分昔の魔法士が王宮の個室が狭いことに文句を言って、自分で全部屋を変更したらしい。この国の士官は当然危険を伴う仕事も行う。個人の部屋ぐらいもっと良くしろと吠えたと言われている。他の士官の部屋までやってしまうのがすごいところだ。


 いつもの自分の部屋に戻るとあまりにホッとした自分に驚く。

 ベッドに机、本棚ぐらいしかないその部屋は本当に寝泊まりだけのためにあるような場所である。コートをハンガーに掛けて簡単な光の魔法でコートを綺麗にする。

 服や部屋を綺麗にする魔法は、何系統の魔法士かによって変わってくる。ファルトは赤系統の魔法士のため、光の魔法を使うが、青系統の魔法士であれば、風や水の魔法でも綺麗にすることができる。ただ、光の魔法の場合少々の汚れには対応するが、汚れがひどいものは向いていない。


 部屋でシャワーを浴びるながら一日の反省をする。これは別にランカとの仕事だからという訳ではなく、毎日のことでいつも通りシャワーの暖かいお湯に当てられながら今日合ったことを思い出していた。

 

 王宮の門前に迎えに行った時のことを思い出す。

 門に現れたランカは非常に目立っていた。光沢のある真っ黒な外出用のマントに、真っ黒なくにゃりと曲がったとんがり帽子。今では見かけない服装だ。しかし決して古びたようには見えず、彼女の銀髪がよく映えとても似合っていた。さらにしっかりメイクもされて美人度を上げたランカは、誰の目にも止まったに違いない。特に男性陣の。


 だからファルトは早く彼女の王宮内に入れることばかり考えた。とはいえ、入ってみたら王宮内も士官だらけなのだから、いやでも他の士官たちが彼女をみていた。ちなみに士官は八割が男性だ。

 なんとなく苛立ちを感じて、シャワーの出を強くする。


 しかし、問題はそれではない。彼女の読解をどのように中断させるかだ。始まって集中してしまうとどれだけ声をかけても全く彼女は反応しなかった。ファルトの声など聞こえないかのようだった。録音の魔法道具を手に持ち、顔のあたりに持ち上げたまま、ずっと古語を読んでいる。

 集中力はすごいと思うが、よくないレベルだ。士官にもそういうタイプの人間はいるが、健康状態が決して良いとはいえない。


「あの魔法道具が魔法石でも動くなら、一定量の魔力の入った石を用意して、時間毎に強制的に録音を停止させるか」

 恐らく今は魔法道具にランカが常に魔力を送り込んでいるが、それをやめさせて代わりに起動を魔力石を使うようにすれば魔法道具の起動が停止する。道具の発光も止まって仕舞えば流石に気づくだろう。ファルトが声をかけるよりよっぽど良さそうだ。

「勝手に追加で魔力を送らないように魔力停止のブレスレット用意して置くか」


 そう結論づけるとファルトはシャワーを止めて出た。

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