第17話
「今日からは、私が読解時間は区切らせてもらう」
ファルトの言葉に不満そうながらランカが頷いた。
「まず、その魔法道具」
結局昨日は見せてもらう時間はなかったそれを指差す。ファルトの言葉にランカがケースから取り出してくれる。小さなガラス板のような魔法道具で、魔力を込めていない今は起動していない。
「自分で魔力を込めるのをやめてほしい。同じ魔力量が入った魔力石を用意したから、これを代用してくれ」
そう言ってファルトは自分のブレスレットの空間から魔力石の入った皮袋を取り出した。ランカは出されたそれを受け取り、中を覗いていくつか手にとっている。
「うわー、几帳面ね」
驚いた顔をされたが、意味がわからず眉を寄せるとランカが笑う。
「本当にどれも同じ量だし」
「これぐらい普通だろ」
魔力を石に込めるのは簡単だが、その量をどれだけ入れるかは魔法士の腕によるところはある。それなりにばらつくもので、ファルトもばらついていると思うのだが、ランカからみると十分にばらつきが少ないらしい。
「その魔法道具は魔力石を入れるところはないだろ?とりあえず革紐で縛り付けるぐらいしか出来ないが」
「魔力石入れるところ作るとどうしても分厚くなっちゃって見た目が気に入らなくて。薄い方がかっこよくない?」
「それは間違いないな。魔力石の入れる場所を作るなら、そもそも魔力石自体も専用の薄型の石にして作った方がいいだろう」
「それは思ったけど、石の加工にも費用が上乗せになるし、ちょっと汎用性に欠けるよね。まだ魔力石の統一規格ってないし、どちらかというとどんな形でも入るものが好まれがちよね」
「ただ、魔力石の形の統一化は今後の魔法道具の小型化には必須だろ」
「魔法道具は個人の製作者に委ねられてるところが大きすぎよね」
「個々で突出した能力が高い人が多いからだろう。それぞれ考え方が違いすぎる」
そう言ったファルトに、ランカが堪えきれないと言うように吹き出した。
「貴方って、魔法道具好きよね!」
「そっちこそ。それ、自作だろ?」
そう返すとランカが楽しそうに笑った。
「そう。よくわかったわね」
「見たことないからな」
「まるで全ての魔法道具を見てきたみたいな言い方ね」
「ある程度は見てきた。現物は見たことないものもあるが」
ファルトの答えにランカはにやりと笑う。
「これ見たことないでしょ?」
そう言って、ランカ長い服の袖を捲る。細い白い腕と共に現れたのは、細い金色のブレスレットだ。見たことのない意匠のブレスレットだが、自分のしているブレスレットによく似ている。ただ、可愛らしい小さな花がいくつもついている。
「……、見たことない。ライカ氏の作品によく似てる気がするが、改造したのか?」
「違うわよ。正真正銘ライカの作品よ。この花のデコデコした飾りは小さい頃の私のリクエストよ」
そう言ってブレスレットを掲げる。
ライカとは魔法道具師の一人で、装飾系の魔法道具が得意で見た目の美しい魔法道具を作る人物だった。
今はもう亡くなっており、新しい作品ができることはない。ファルトもブレスレットはこのライカの作品が好きで好んで身につけている。
「ライカは私のひいおじいちゃんよ」
衝撃な発言にファルトは目を見開いて固まった。その表情と反応がよほど面白かったのか、ランカは目の前で声を出して笑っている。
名前は確かに似ている。しかし、この国で名前が似ていることは稀ではない。なんなら同じ名前の人も多数いるぐらいだ。まさかそんな繋がりがあるとは思わない。
「だから私がリクエストしたようにお花いっぱいにしてくれたのよ」
曾孫の特注ならそれはみたことないのも当然だ。珍しいものに思わず目が吸い寄せられる。
「よく見ると名前も入ってる」
「そう。可愛がってもらったんだ」
魔法道具師ライカはすでに亡くなっている。大切な思い出の品なのだろうと思う。大事そうに撫でる手つきからもそれが窺える。
「装飾系の魔法道具で敵うものなしだな」
ファルトの言葉にランカが嬉しそうに笑った。
「とりあえず今回は魔力石を縛り付けるよ」
「不恰好になるのは申し訳ない」
「いいよそれぐらい」
「あと、これ」
ファルトが手渡したのは魔力を止める腕輪だ。
「勝手に魔力を流さないためにってことだよね」
「絶対に君が不利になることはしないし、自分で外せるタイプだ」
魔法士にとって魔力の放出を止められるとこ言うことは、完全に魔法が使えず無防備な状態になると言うことだ。やむを得ずつけることを依頼することになるが、あまり渡される側が気分が良いものではないことは理解している。
しかし意外にもランカはあっさりとファルトの差し出した制御の腕輪を受け取ると、腕輪を眺めて笑う。
「これもライカの作品だよね」
まさか曾孫だとは思ってもいなかったため、恥ずかしい気分になる。
「魔法道具が好きな人に悪い人はいないでしょ」
ランカは受け取った腕輪をスッと自分の左腕に嵌める。嵌められた腕輪はランカの細い腕に合わせてシュルシュルとサイズを変えた。
「じゃあ、始めよう?」
ランカの屈託のない笑顔が眩しいと感じながら、ファルトは軽く頷いた。
それからは想定通りに休憩を挟みながら読解を続けることができた。
「なんか持ってるなーとは思ってたけど、まさかのちゃんとしたお昼ご飯」
キリのいいところでお昼にしようとして、朝買って来たサンドやパンを出すとランカがそう驚きの声をあげた。
「勝手に選んだから好みのものがないかもしれないが……」
いい終わる前にランカはローストビーフがたっぷり入ったサンドを指差してキラキラとした目を向けてくる。
「これ食べていい?!」
思わずファルトは吹き出した。そんなファルトの様子が珍しかったのか、ランカは目をぱちくりさせている。
「好みのものがあったみたいでよかった」
ファルトはそう口にしながら「だから言ったじゃないですか」とヴィザに向かって心の中で呟いた。
ローストビーフサンドをぺろりと平らげたランカは、その後にヴィザおすすめのフルーツの乗ったデニッシュも美味しそうに食べていた。
「はぁ〜美味しかった。王都内にあるパン屋さんなの?」
「あぁ、大通りにある人気の店みたいだ」
「へー。明日もお昼ご飯用意するなら私も行っていい?」
「同じところでいいのか?」
正真明日はどうすべきかヴィザに助言を得ようかと思っていた。
「美味しかったから自分で選んでみたい」
そう言ったランカに顔を覗かれて顔の近さに焦る。
「わ、わかった。ある程度早い時間じゃないと人気の品が残ってないらしいんだが」
「じゃあ早く行こう!」
やる気十分なランカの返事にファルトは頷くしかない。
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