四月七日(二〇四号室)
今日は日曜日。あの夜から一週間が経過していた。あれから深夜にお手洗いに立つたびに、怖いと思いつつ玄関横の小窓に視線が移ってしまう。あの左から右へ消えていった人間のシルエット。思い返すと小さく揺れながら移動していたような気がする。
どうせ何かの見間違いか、隣人が間違えて奥まで歩いていってしまったのだろう。そうに決まっている。分かっているのだが「オバケハイツ」というこのアパートの呼称と、小火騒ぎがあったという事実がどうしても脳裏にこびり付き離れない。大家は隠しているが、その火事で誰かが亡くなったのかもしれないのだ。
小火は隣室である二○三号室で起きたと聞いた。隣室には人が住んでいる気配はある。時折壁越しに声や足音も聞こえてくる。しかし、まだ隣人の姿を見かけたことはない。家を出る時間や帰宅時間に相違があるのかもしれないが、一週間も姿を見かけないことなどあり得るのだろうか。考えれば考えるほどに隣人の正体が幽霊なのではないかと勘繰ってしまう。
僕はその日から部屋にいるのが不気味で、日中は街に出てカフェ等で時間を潰すことが増えた。今日も街に出て買う気もないのに古着屋さんを巡っていたのだが、明日は朝から講義もあるので二十時頃には帰宅をした。隣人は部屋にいる様子はなかった。
それから時間は過ぎ、日が変わろうとしていたその時、突然隣室から女性の金切り声が聞こえてきた。細かくは聞き取ることができないが、誰かに向かってヒステリックに泣き喚いているようだった。やはり隣人は生きた人間だったのだという安心感と同時に、あまりに悲痛な金切り声に不安も抱く。やがて声は聞こえなり沈黙が流れる。
僕は隣人の様子が気になり窓を開けて隣室の方に顔を向けた。
「え?」
窓は真っ暗だったのだ。それどころかカーテンも掛けていない様子で、人の気配もなかった。カーテンは掛かっていないが、部屋の中の様子までは確認することができない。
芋虫が這うような感覚を背中に受けて脂汗が噴き出てくる。まさか本当に隣人は幽霊なのではないか。
「もしもし
僕はすぐにスマートフォンを取り出して近くに住む友人の康介に電話をした。ここには居られない。とにかくこの部屋から出たかったのだ。
幸い康介は嫌々ながらも付き合ってくれて、二人で新宿にある大衆居酒屋で一晩飲み明かした。今日の出来事や一週間前の出来事も話したが、康介は鼻で笑ってすぐに別の話題に切り替えられた。
そうだ馬鹿馬鹿しい。幽霊なんているはずがないのだ。
そう何度も心の中で唱えても、やはり心の隅で恐怖心が芋虫のように蠢いていた。
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