ケース8 じんめんそう㊺
米俵や茶箱が積まれた蔵の中、かなめはまるで導かれるようにまっすぐに進んでいった。
暗い方、暗い方へと。
やがて暗闇の奥に、油紙が灯す頼りない明かりが浮かび上がる。
そこには頑丈な
縦横一間ほどの長さの格子は、鉄の錠前で封がなされている。
座敷牢……
それに気がついたかなめの足が止まる。
暗い闇の中に封じられ、言葉を発することも禁じられた何者かが格子の向こうに存在する。
その姿を確認するのが恐ろしい。
しかしそれでも、ここから抜け出し卜部のもとに帰るためには、おそらく確認しないわけにはいかないだろう。
かなめはきつく身体を抱きしめ一歩踏み出す。
じゃり……という音が響くのと同時に、格子の奥から声がした。
「誰……?」
びくりと身体が跳ねた。
自分以外には誰もいない。
しかしこちらが見えてはいないはずだった。
「そこにいるんでしょ……?」
ズルズル……と、衣擦れの音がした。
闇の奥から、声の主がすり寄って来るのがわかる。
それでもかなめは身じろぎ一つせず、ただただそこに居竦むことしか出来なかった。
やがてか弱い明かりの領域に、血と泥で薄汚れた白い着物の少女が姿を表した。
その少女はお姉様と呼ばれていたにも関わらず、雅子よりも随分小さく見える。
袖からだらりと垂れた手は骨ばっていて、ひどく痩せているのが見て取れた。
「雅子ちゃん……? それともタツノさん……? ふふふふ……! 遊びに来てくれたの⁉ ふふふふふ……!」
そう言いながら少女は格子に手を掛けた。
同時に、ぬぅ……と格子から覗いた顔を見て、かなめは思わず悲鳴を上げそうになったのを何とか堪えた。
左右で位置の違う目と、腫れて垂れ下がった瞼。
唇はところどころ大きく裂けてそこから黄ばんだ歯が覗いている。
よく見ると格子を掴む指も普通とは違っていた。
五本の指とは別に、機能を果たしていない小さな指が幾本も生えている。
何故少女が幽閉されているのか、かなめはしかと理解した。
それと同時に堪らなく胸が苦しくなる。
この子は……何一つ悪いことなどしていない……
そう思った時には、かなめはすでに口を開いていた。
「わたしは……万亀山かなめです……」
聞こえるはずのない声が、暗闇に響き渡る。
すると少女は首を傾げて呟いた。
「かなめ……さん? 何処に隠れているの? 姿が見えないわ? ふふふ! 隠れ鬼ね? 私
少女に声が届いたことにかなめは驚いた。
それでもやはり姿は見えていないらしい。
いや。
もしかしたら、視力が弱いのかも知れない。
かなめはそこまで考えると、それ以上近づくことはせず、ゆっくりと言葉を選びながら座敷牢の少女に語りかけた。
「違うの……遊びに来たんじゃんないの。あなたとお話をしに来たの……」
「お話⁉ 私お話も大好きよ⁉ ふふふふふ! 源氏物語の初めだって読めるんですから!」
少女は男の声色を真似て、のそのそと歩き回りながら知っている箇所を暗唱した。
酷い……こんな子を蔵に閉じ込めておくなんて酷すぎる……
かなめが黙って聞いていると、少女はピタリと口を閉ざして再び明かりの中に戻ってきた。
「かなめさんのお話も聞かせて? 母様が来なくなってから、もう新しいお話をうんと聞いてないのよ? 退屈してしまったわ!」
「そう……でもわたしはあなたの話を聞きたくてここに来たの。お話を聞かせてくれる?」
震えそうになる声を抑えて、かなめはなるべく優しい声を出す。
すると少女は嬉しそうに身体を上下に揺すって了解の意を表した。
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