ケース8 じんめんそう㊸
目を覚ますと、そこは畳の座敷だった。
一瞬櫻木舞子の座敷かと思い身構えたが、どうも様子が違って見える。
広く大きな日本家屋であることは間違いなかったが、畳も障子も、どこかくたびれたような色褪せた気配がある。
しばらくそれを見つめていると、それすらも思い違いであったことにかなめは気がついた。
初めからそうなのだ。
工業的に作られた物ではない手仕事ゆえの丸みがそう思わせたのだと気がつくと同時に、なぜか背筋に薄ら寒いものを感じた。
ここはどこだろう……?
先生はどこにいるのだろう……?
起き上がって辺を見渡していると、背後の障子の裏でギッ……ギッ……と板間を歩く音がした。
「先生……?」
そうつぶやいて障子に手を掛けると同時に女の声がした。
「雅子様! お待ちください!」
「ふふふふふ……! ふふふふふ……!」
次いで少女の笑い声が聞こえかなめの身体が硬直する。
雅子……ちゃん……?
どくん……どくん……と心臓が音を立てた。
覚悟を決めて薄く障子を開くと、女中らしき質素な着物を着た女が艶やかな赤い着物の少女を追いかけているのが見えた。
見覚えのある赤い着物。
それは人形が着ていた着物にそっくりだった。
夢? それとも……?
雅子ちゃんの記憶……?
「たとえ夢だろうと、相手に自分の存在を気取られるな。夢は隔離された世界の断片だ。その世界にそぐわない行動を取れば、何が起こるかわからん」
いつかの卜部の言葉が蘇り、かなめはごくりと唾を呑んだ。
どういうわけか、自分は今、雅子ちゃんの世界に来てしまったらしい。
「とにかくバレないように出口を探さないと……」
そうつぶやいた瞬間、反対側の襖が勢いよく開いた。
咄嗟に振り返ると、鬼のような形相を浮かべた男がずんずんとこちらに向かって歩いてくる。
「あ、あの……! 違うんです! 決して怪しい者ではなくて……」
両手を突き出して弁解するかなめを無視して、男は障子も乱暴に開いて大声を出す。
「誰ぞおるか⁉ アレがまた喚き出した……! 人払いを急げ……!」
その声で先程の女中が慌てて戻ってくるなり深々と頭を下げて言った。
「直ぐそうのように……旦那様」
「頼んだ。儂はアレのところに行ってくる……」
そう言いながら男は懐から白木拵えの短刀を取り出し、もと来た方へと歩いていった。
「タツノ? また姉上が暴れているの?」
いつの間にか戻ってきた赤い着物の少女が女中に問いかける。
「そのようでございます。雅子様もお部屋にお戻りください」
「本当に迷惑な姉上ね……せっかくタツノとお遊びしていたのに」
「タツノは遊んでなどおりません……! さ、早くお部屋にお戻りになって算術の稽古を。男児がおらぬ上に姉上様があのご様子では、雅子様がしっかりせねばなりませぬ」
「お家の話はやめて! 雅子はこんなお家は出ていつかお大名様のところにお嫁にいきます!」
そう言って女中を睨みつけると、少女は板間を踏みしめながら屋敷の奥へと消えていった。
かなめが男と少女、どちらの後を追うべきか迷っていると何処からともなく甲高い悲鳴のような声が響き渡ってきた。
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