ケース8 じんめんそう㊴
嫌な静けさだった。
普段からは想像できなような暗い表情を浮かべたホーリーが、卜部の吐いた言葉を強めていた。
ホーリーさんが望んでるのは誰かを……
ゴクリと唾を呑み込む音で、静寂が破られる。
ホーリーはふぅ……と息を吐いて視線を落とした。
「分かってるわ……何が何でも実現させようって思ってるわけじゃないのよ……それでも、希望がちらつくと、どうしても期待しちゃうのね……」
「危ういな。いつかそれはあんたを破滅させる罠になる。悪いことは言わん。きっぱり諦めろ」
「そうね……」
ホーリーはそう言って静かに立ち上がると、それ以上は何も言わずに寝室の方へと去っていった。
声を掛けようとしたかなめを卜部が止める。
「やめておけ。簡単じゃないのはお前も分かってるはずだ……生者と死者の境界線は薄い薄い膜で区切られてる。あちら側が薄ぼんやりと透けて見えるほど薄い膜だ。ちらつく度に期待するが……その膜を無視したときに待っているのは、想像を絶する恐怖と後悔、そして破滅だ」
自分に向けられている言葉でないのは分かっていたが、息が詰まるような、重たい言葉だった。
そしてこの言葉は、ホーリーに向けられたものでも、きっとない。
まるで自分自身を戒めるように、下唇を噛みしめる姿から、かなめは卜部の背負う闇の一端を垣間見た気がした。
誰かを亡くしてるんだ……
そしてそれは愛する人を亡くした誰しもに言えるように、過去形ではなく今も続いている……
卜部はそんなかなめに気づいたらしく席を立って床に横になった。
「とにかく今は櫻木舞子の依頼に集中するぞ。浮ついた気持ちで片付けられるような甘い案件じゃない。朝が来たら、一旦事務所に戻るからそのつもりでいろ」
「はい……」
翌朝、東の空が白み始めた頃、二人はホーリーの家を後にした。
ホーリーは起きてこなかったので、かなめは置き手紙を机に置いていった。
感謝と、次に会う約束を書いた短いメモ書き。
そうしないと、もう二度とホーリーには会えないような気がしたから。
卜部はそれを黙って見届けると、まだ人がまばらな朝の街を、事務所に向かって歩み始めた。
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