ケース8 じんめんそう㊳


 なんとも気まずい空気だったがリビングに一同が会したこともあり、かなめは改めて卜部に尋ねることにした。


「先生。さっきの怪異が櫻木家の被害者ってどういうことですか……?」


 卜部はちらりとホーリーに視線をやった。どうやら聞けばただでは済まない話らしい。


 しかしホーリーは椅子を引き、マホガニーのダイニングテーブルへ手を伸ばす。


「あたしも占いで食べてる身よ? 秘密の一つや二つ、今更増えたってどうってことないわ」


「……」


 卜部は目を細めてホーリーをじっと見つめた。


 やがて何かを見つけたようで小さくため息をついて言う。


「いいだろう……何を期待してるか知らんが一つ言っておく。あんたの望みを叶える術はこの世界のどこにもない。さっさとことだ」


 それを聞いた途端、ホーリーは顔を強張らせた。明るいホーリーからは想像も出来ない泣き出しそうな顔をして、頬にも額にも冷や汗が滲んでいる。


 かなめには意味が理解らなかったが、あの短い言葉の中に本人だけが理解る核心が含まれていたらしい。


 あまりの狼狽ぶりに、かなめはホーリーの肩に手を触れて言った。


「ホーリーさん……大丈夫ですか……?」


「ええ……あなたの先生、あんなことになってたから大丈夫かしらと思ったけど……本物みたいね」


 ホーリーはかなめの手を何度かポンポンと叩くと椅子に座って大きく深呼吸をした。


 並んで座ったかなめとホーリーの向かいに腰を下ろすと、卜部が重々しい口調で話を始めた。


「あの家の歴史は相当に古い。かつては罪人の処刑を生業としていた一族だ……」


「処刑……じゃあさっきの女性ひとも……?」


 卜部はかなめの問に対して首を横に振った。


「ことはそんなに単純じゃない。処刑人というのは当時、医学にも精通していた。明治に入り、廃刀令で刀を失ってなお、櫻木家は医学……とりわけ薬学の分野において地位を確立し続けることになる……いや……おそらくは江戸の頃からすでに、そっちが本命だったんだろう」


「どういうことですか……?」


「処刑人に必要な能力は二つ。罪人を苦しまずにあの世に送る斬首の技術。もうひとつは罪人……もとい、お上に仇なす者を生かさず殺さず苦しませ、情報を吐かせる。拷問の技術だ……」


 その言葉が持つ冷めた響きが、かなめの脊髄をそっと撫ぜた。


 鳥肌が立ち、続く言葉が急に恐ろしくなる。


「櫻木家は大陸から持ち込まれたある植物の栽培に成功し、それを今でも続けている。押不蘆ヤヴルウ押不蘆おしぶらしとも言う。またの名を……」

 

「マンドラゴラ……」

 

 ホーリーが小さくつぶやき、卜部は小さく頷いた。

 

「御名答。曼荼羅草とも言う。古くはメソポタミヤやアラム語圏にも記述が残っている。Yahb−Kouhヤーヴ・コーウ……”生命を与える者”という意味だ。だがその実態は強力な麻酔作用を有する毒草。つまりは麻薬だ……」


「でも……マンドラゴラって……人間の赤ちゃんみたいな根で、抜くと悲鳴をあげる人面草ですよね? 実在するんですか……⁉」 


「ユダヤ戦記を記したヨセフスも、著書の中で触れている。周密の志雅堂雑鈔の中にも中国のマンドレイクとして押不蘆が登場する。だいたい……俺がその悲鳴で狂ってるのをお前も見ただろう……? 櫻木家は強力な麻薬植物を栽培し、それに呪詛を組み込んで第二次大戦時に莫大な富と地位を築いた。戦場で精神を病んだ兵隊に使う……捕虜を薬漬けにして情報を吐かせる……権力者の悪趣味な娯楽……使い方は何でもいいがな」

 

 吐き捨てるように言う卜部の顔には嫌悪が滲んでいた。

 

 そこからかなめは先程の怪異が生前受けたであろう非道を推し量る。

 

「つまりさっきの女性は……押不蘆を……」

 

「ああ。だが一般人が手にできる代物じゃない……大方どこぞの金持ちに目をつけられて面白半分で薬漬けにされたんだろう……」

 

 そこまで言ってため息をつくと卜部はホーリーの方を見据えて言った。

 

「言っただろ。あんたの望む代物なんかじゃない。万能薬など、ありはしない……ましてや死を癒やす薬など、どこにもない……」

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