ケース8 じんめんそう㊱
結局かなめは卜部の眠るソファのすぐ下に毛布を敷いて眠った。
ベッドを勧められたが、卜部から目を離してはいけないような気がしたから。
鳩時計がカチカチと音を立てて振り子を揺らす。
マンションの十二階は静かで、路上の雑踏も聞こえない。
カチカチと振り子の音だけが、常夜灯の点いた薄闇の中に響いていた。
微睡む意識の隅の方でカチカチと振り子が揺れている。
ばん……ばばん……
昼間の音が脳裏にこびりついて離れない。
黄泉平坂……
それは死者の国へと続く坂。
かなめちゃん……
かなめ……
パパ? ママ?
ばん……ばばん……
下り坂の先は闇に包まれていて見通せない。
そこにいるの⁉
踏み出そうとした足を誰かが掴んだ。
離して……! パパとママがすぐそこにいるの……!
死んだ魂が天国に行くのかは知らん。
行くべき所に行くだけだ。
パパとママがこんな暗い場所にいるはず無い……!
かなめちゃん……
かなめ……
ばん……ばばん……
曼荼羅の草薙……
足を掴む手を蹴ってかなめは闇へと躍り出た。
懐かしい後ろ姿があった。
記憶の奥に置き去りにした後ろ姿。
ママ……‼ パパ……‼
追い縋るが子どもの足では前を行く二人に追いつけない。
いつしかかなめは小さな少女に戻っていた。
足が止まる。
強烈な違和感が沸き起こる。
両親が死んだのは高校生の頃だ。
ならこれは……?
一体いつの話……?
忘れてしまった過去が、不気味な気配を放っている。
二人の彼方先には、もう一人、誰かが佇む気配がした。
どん……!
どどん……!
突然、はっきりと音がしてかなめは目が覚めた。
咄嗟に卜部を見上げるが、卜部は静かに眠っている。
今の音は? 夢……?
どん……
鈍い音だった。
誰かが何かにぶつかるような音。
寒気がして振り向くと、カーテン越しにベランダが見えた。
外の方が明るいらしく、外の様子が影になって映っている。
ゆっくりと起き上がり、窓に近づいた。
心臓が早鐘のように鳴っている。
ばく……ばく……
確かめなければ……
ばくん……ばくん……
かなめは薄い緑色のカーテンを、勢いよく脇に引いた。
どん……!
どどん……‼
女がいた。
上から女が落ちてきた。
それは地面にぶつかって血しぶきを上げると同時に、何かに突き飛ばされるようにして窓に激突する。
衝撃音は三つ。
どん……ど、どん……
潰れた女の顔がかなめを見つめてニタァ……と嗤う。
同時にかなめは大声で悲鳴を上げた。
女は潰れた頭部とハミ出した眼球を窓ガラスにへばりつけてかなめを見つめている。
ヒクヒクと痙攣する口元は、怯えるかなめを嘲笑っているように見えた。
ふと、その嘲笑に櫻木舞子が重なった。
邪悪を祓わなければ……
ローテーブルには文具の入った缶が置いてある。
かなめはその中に鋏を見出し、それを掴んで立ち上がった。
あの目だ……
あの目を刺せば……!
「あ゙ああああああああ……!」
かなめは叫び声を上げながら女の目めがけて鋏を振り下ろそうとした。
しかしピタ……と手が止まる。
女は相変わらず窓に張り付いている。
かなめは震えながら、ゆっくりと後ろを振り返った。
「先生……?」
そこにはかなめの腕を掴む卜部が立っていた。
「度胸は買うがな……そいつは祓うべき邪悪じゃない……」
「櫻木家の被害者だ……」
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