ケース8 じんめんそう㉟

 

 相変わらず卜部はソファで眠っている。

 

 時折びくんと身体を震わせる以外、目立った異変は見当たらない。

 

 とはいえ、このまま卜部が目覚めるとも限らない。


 目覚めたとしても、またあの状態だったら……? 


 そう思うとかなめは居ても立ってもいられず、落ち着き無く立ち上がっては座りを繰り返していた。

 

「もう! 大丈夫よ! 先生もこうなる直前に屋敷から自分を連れ出すように指示したんでしょ? 占いの結果も悪くなかったし、そんな調子じゃ先生が目覚めたときにかなめちゃんがまいっちゃうわよ?」

 

 ホットミルクを差し出すホーリーを不安げに見上げてかなめは頷いた。


 その様子にホーリーは小さくため息をついてから、かなめの隣に腰掛ける。

 

「ごめんなさいね。あの日、あの人からの占いを受けちゃって」

 

「いえ……! ホーリーさんのせいじゃないです! そもそもわたしがちゃんと断らなかったからこうなったわけで……先生にもいつも”お人好し”って怒られるんです……それで大変な目に遭うのはいつも先生で……助手として情けないです」

 

 ふーん……とホーリは相槌を打って眠る卜部に目をやった。


 それから小さな声でつぶやくように言う。 


「思ったより、先生もお人好しなのね……」

 

 思わぬ言葉にかなめが目を丸くしていると、ホーリーは続けて口を開いた。

 

「先生のオーラっていうのかしらね? 初めてプールで会った時、目的を達成するための揺るぎない覚悟みたいな、剣みたいな色をしてるって思ったのよ。寄り道なんて絶対しない、遊びのないタイプね。イケメンでも、アタシはそういう人って駄目。でもね……」

 

 クスクス笑っていたホーリーだったが、そこから急に真剣な目でかなめを見据えた。

 

 思わずかなめも背筋を伸ばす。

 

 その表情には、吉凶どちらも忖度せずに告げる、占い師として誠意が垣間見えた気がした。

 

「覚えておいてかなめちゃん。先生はそんな人なのに、あなたと寄り道することを選んでるの。人には自分の性質がある。だけどそれは裏を返せばどれだけ頑張っても、自分の性質以外のものにはなれないってことよ? 先生は自分には無いあなたの性質を必要としてる。だからあなたと一緒にいる。だから自分のさがを、自分自身で否定しても、いいことなんて一つも無いのよ?」

 

 思わず目が潤んで、かなめが袖で拭おうとすると、予期していたようにレースのついた可愛らしいハンカチーフをホーリーは差し出してウインクする。

 

 ふふ……と笑いながら涙を拭ったその時、かなめは背中に違和感を感じた。

 

 痒い……

 

 しばらくもぞもぞと掻き毟っているとそれに気づいたホーリーがかなめの背中を覗き込んだ。

 

「もう! 感動のお話が終わったと思ったらもぞもぞして!」

 

「すみません。なんだか急に痒くなっちゃって……」

 

「見せてみなさい」

 

 そうしてホーリーがシャツを捲ると、そこには虫刺されのような跡が残っている。

 

「虫に食われちゃってるわね。ちょうどワームムーンの時期だし、虫たちも動き出してるのね」

 

 ホーリーは奥から可愛らしい小瓶を持ってくると、赤く腫れた跡に中身を塗った。


 清涼感が痒みを和らげるの感じてかなめはホーリの方に振り返った。


「すごいです! 痒みがスーって引いていきました! なんですかそれ?」

 

「これはね、ムカデの焼酎漬けにハッカ油とドクダミを混ぜ特別製なの!」

 

 掲げた瓶の中にはハーブと一緒に大きなムカデが浮かんでいた。

 

「げっ……」っと言葉に詰まるかなめを愉快そうに見てから、ホーリーは寝床の準備に取り掛かった。

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